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2005年4月30日 (土)

勇気ある追跡

○2005.4.30
 午前中、息子の中学の授業参観と保護者会に出かける。都心に乗り入れている有楽町線が便利なのだが、途中、待ち合わせ時間が長い。途中、妻は、別ルートに乗り換えようかと言い出したが、座ることができたので、そのまま乗っていくことにする。
 多少が時間がかかっても、本が読める空間を毎日持つことは大事である。そういえば、私も中学の時から、1時間以上の電車通学をしていることになるが、そこでの読書時間は貴重である。最近になって、車で通勤することが多くなってくると、極端に読書量が減ってくる。
 授業参観は、1時限目が幾何、2時限目が美術だった。幾何は、図形の移動、平行・回転そして、ひっくり返す、反転?(記憶力の減退である。)。美術は、思い出の風景という題で絵を描くという趣向。すでに、2時間ほどデッサンに費やし、今日から3時間かけて、画用紙に絵を描いていくということだが、デッサンがすでにできているのものから、まだ、手つかずの状態の者まで様々である。受験に関係のない科目のせいか、美術に対する感性が弱いのではないではないかとの印象が強い。
 全体の保護者会が終わり、学級別の保護者会が教室があった。クラス全員の母親が出席していたことに驚いたが、父親の出席は私を含めて2名ということも驚いた。授業参観や全体の保護者会の時はもっといたはずだが、大半は帰ってしまっている。全体の保護者会での先生の話で学校の全体の教育方針はみえるが、クラスの子どもがどういう子なのかという方が大事である。
 息子のクラスでは、自己紹介といっても、住んでいる場所と息子の紹介というか親の観る息子という話が多かったが、親の性格や息子が話題にしていた生徒はあの親の子なのかなと推測ができて出席した甲斐があった。
 夜、ジョン・ウェインの④『勇気ある追跡』をやっと見終える。今週、何回かチャレンジしたのだが、その都度、寝入ってしまっていたのだ。
 父親を殺された少女が、ジョン・ウェインが演ずる連邦保安官ルースター・コグバーンを雇って、犯人を追跡するのだが、これにテキサス・レンジャーに扮するグレン・キャンベルがからんでくる大らかな西部劇である。理屈ではなく、素直に楽しむことができる映画である。1970年、ジョン・ウェインはこの映画でアカデミー主演男優賞を受賞している。

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2005年4月12日 (火)

私の家は山の向こう テレサ・テン十年目の真実

○2005年4月12日
 有田芳生の『私の家は山の向こう テレサ・テン十年目の真実』(文芸春秋社・1857円)を読了。
 有田氏とは、銀座にあるおでんやの「てつ」のカウンターで時折、顔を会わせることがあった。有田氏は映画を観た帰りということが多かった。そのようなこともあって、有田氏のホームページ「有田芳生の今夜もほろよい」http://www.web-arita.com/をよく覗いている。
 さて、『私の家は山の向こう』である。有田氏がここで描きたかったことはなんであろうか。ひとくちでいうと、台湾と中国との狭間に翻弄されたテレサ・テンの生きざまということなるのだろうし、その死に関して、中国のスパイ説、エイズによる死亡などと、さまざまな無責任な憶測記事がながされたことに関する検証ということになるのだろう。
 そういう意味では、その死の状況についてはきちっとした取材をもとにかかれているし、自由化を要求する学生たちを中国政府が圧殺した天安門事件に対し、抗議の行動をするテレサの様子などには、当時のテレサの気持ちがよく描かれている。
 ただ、東南アジア全域人気のあった台湾の歌手が、日本で流行歌手となっていたときのテレサのジレンマなど、人間テレサの実像とその心に関してはもっと迫ってもよい題材があったかのように思え、ノンフィクションとしての物足りなさを感じた。
 まるで、みてきたかのように描くノンフィクションなどありえないよというのが、有田氏の答えなのかもしれない。この本を書いている最中の有田氏のHPには、方法論を模索し、葛藤している様子がたびたび書かれていた。その記事を探して、再読してみる必要がある。

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