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2005年6月 5日 (日)

『打撃の神髄 榎本喜八伝』

○2005年6月5日(日)
『打撃の神髄 榎本喜八伝』松井浩 講談社

 根っからのオリオンズ・ファンである。毎日オリオンズのころからである。
 オリオンズの選手の中では、山内一弘が好きであった。初めて観たのは、西宮球場で行われたオールスター戦。山内は、独特の巻きつけるようなバッティング・フォームでレフトスタンドにホームランを打った姿は今でも目に焼きついている。
 その後、大毎オリオンズ、ロッテ・オリオンズとなり、現在では、ロッテ・マリーンズになっている。
 昨年、近鉄に続いて消滅するのではないかといわれたことがあるマリーンズであるが、今年は好調で、リーグも、交流戦も1位になっているが、長年下位を低迷している球団である。
 本拠地も、東京スタジアムから川崎球場、そして、千葉マリーン・スタジアムと移っている。そういえば、今、楽天の本拠地となっている仙台も準本拠地としていたこともあった。
 オリオンズの全盛時、榎本喜八、山内一弘、葛城隆雄のクリーンアップはミサイル打線といわれていた。
 オリオンズがパ・リーグを制覇し、三原監督率いる大洋ホエールズとの日本シリーズを戦ったが、あえなく4連敗してしまった。監督の西本は、オーナーの永田雅一の怒りを買って、クビになってしまった。この年、アラン・ドロンが主演した映画「太陽がいっぱい」の主題歌が流行っていた。でも、大洋は一敗もしなかった。
 2004年に、オリックスから阪神に移籍した葛城育郎外野手が、オリックスにいた当時、ラジオの中継したアナウンサーが、葛城のお父さんはプロ野球選手だったらしいですね、と言っていた。お父さんの葛城隆雄が打点王をとったのは、1958年と1959年だから、若いアナウンサーが知らないのも致し方がないといえば、致し方ないのかもしれない。
 榎本喜八は、小柄な選手であったが、シュアーなバッターで、山内とはまた違った意味で打撃の職人的な風格があった。バッティングのことを話し出すと止まらない山内のしゃべり方は記憶にあるが、榎本の話しているところの記憶はない。
 榎本は、コーチや解説者になることもなく、何時しか、球界から消えていった。
 沢木耕太郎だったか誰であったか、書いた人の名前を覚えていないが、ベンチで座禅を組むようになり、引退後には、真っ黒なタイツ姿で走っていた。そして、家に猟銃をもって立てこもった・・等の榎本の奇行を書いた文章を読んだことがあった。
 何が、榎本をそうさせたのか、気になっていた。
『打撃の神髄 榎本喜八伝』を書店の棚で見かけたときに、今、何故この本がでたのかと奇異に感じたが、迷わず購入した。
 伝わっている榎本の奇行は事実であった。何が、榎本をして、このような奇行に走らせたのか、著者は榎本の軌跡を追いかけている。

 練馬の貧乏な家に育った榎本は、プロ野球にどうしても入りたかった。
 早稲田実業の1番バッターであった榎本には、プロ野球から誘いはなかった。榎本は、学校の先輩の荒川博に頼み込み、毎日の入団テストを受けて入団をした。榎本のために特別に行われた入団テストに立ち会ったのは、荒川の他に、西本幸雄、別当薫、呉昌征、本堂保弥、沼沢康一郎の6人であった。
 別当を除けば、どちらかというと派手さはないが、渋い選手やコーチ達の目にとまったのである。
 榎本は安打製造器といわれる選手になったが、榎本の打者としての技術は、早稲田出身の先輩と毎日のように行われた野球談義から会得したものであった。
 ”榎本は、新人の年からバッターボックスに入れば、ピッチャーと呼吸を合わせることを心がけていた。ピッチャーの仕草や表情などから呼吸をはかり、ピッチャーの吸う息、吐く息に、自分の呼吸を合わせていく。すると、不思議なことに、ピッチャーの投げるボールとバットのタイミングがピッタリ合った。”(p90)
 そして、榎本は、荒川の紹介で出会った合気道の藤平光一の教えにより、臍下丹田(せいかたんでん)という世界にたどりつく。
 臍下丹田の世界を説明するのは難しい。
 臍と恥骨の中間点を何度も押していると、指の圧力がお腹の内側に意識される。”その意識を下腹部の厚みの3分の1まで届くようにする。それができたら、両手を組み、先ほどまで指先で押していた部分に添えてみる。すると、下腹がズシリと安定した感じがしないだろうか。その感じが、臍下丹田が意識できた感覚だという。”(p150)
 こうすると、全身の筋肉から無駄な力が抜けて、ゆらゆらゆらいでいる「動かざる」姿勢となり、ピッチャーの投げたボールを見極め、思い通りにバットが振れるようになる。

 榎本は、コーチとして、自己の到達した世界を若い野球選手に伝えたいと願うが、時代は、科学的トレーニング、データ野球に移行しており、榎本が入っていく場所はなかった。

 現在のプロ野球は、データ全盛の時代となっている。選手のスポーツ本能より、データや監督・コーチの差配が尊重されている。選手は、監督・コーチのサインを追いかけ、肉体と肉体が戦うというスポーツ本能は抑制されている。
 高校野球では、監督の絶対的支配のもとに、プロ野球以上に、選手が手駒のように動かそうとするが、選手の稚拙なほどの懸命さが監督の支配を超えてしまうところに面白さがある。これに対し、プロ野球では、試合が日常の仕事であるという宿命から、データ野球が重視されるほど、スポーツ本能による戦いの世界から遠いものとなっている。
 試合が始まると、監督の支配から離脱し、選手の世界となってしまうサッカーの面白さが、野球を凌駕しつつある理由ではないかと思っている。

 バスケットの世界に、古武道の「なんぱ走り」が取り入れらているように、榎本のような追求した世界は、一考に値するように思えるのは素人の考えなのだろうか。

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