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2005年6月11日 (土)

ロデオ・ダンス・ナイト

○2005年6月11日(土)
 『ロデオ・ダンス・ナイト』ジェイムズ・ハイム 早川文庫 ☆☆☆☆

 ”「どうにもならないこともある。自分が愚かに見えることのため、5時間も割くなんて意味がないと思った」”(P296)

 今日は、久しぶりに千葉までゴルフにでかけた。プレーをしている時間は、5時間くらいであるが、往復の4-5時間を入れると、10時間以上、時間を割いているのだから何をかいわんやである。最近、ゴルフに出かけるのは、本当に親しい仲間と一緒のときに限っている。我が身に残された時間を考えると、遊びでも、つまらない時間を過ごしたくないとの気持ちが強くなっている。
 昨日、梅雨入り宣言がされていたが、台風が思ったより早く東に抜けたので、雨に降られることもなく、午後にはさわやな風があり、うぐいすの声がゴルフ場に響き渡っていた。
スコアも、まあまあであったので、費やした10時間も惜しくはなかった。

 冒頭の引用は、伝説の名捜査官・元テキサス・レンジャーのジェレマイア・スパーが聞き込みに、カントリークラブに訪れたときに、ジェレマイアがゴルフについて言ったことである。
 ジェレマイアは、レンジャーを引退し、今は牧場の仕事をしながら、妻マーサと暮らしている。マーサは、酒浸りとなっている。娘のエリザベスは、同性愛者であると宣言し、以来、マーサとは不仲となっていたが、今は、ガンに侵され、余命はいくばくもない。
 10年前にロデオの夜に失踪した牧師の娘シシー・フレッチャーの白骨死体が発見された。選挙目前の保安官は、事件の解明をジェレマイアに託し、捜査からはずされた黒人の保安官助手は黒人差別だと憤る。その恋人の白人の地方検事はジェレマイアとは捜査にあたるのだが、牧師の息子マーティンが暴走を始める。
 テキサスの片田舎の小さな町には、田舎町のよさと鬱屈した人間関係が潜んでいる。小さな罪が複雑な様相を呈して、大きな事件となってしまう。
 600ページという大部の小説であるが、じっくり読み進むと、最後の50ページにたどり着いたとき、ジェレマイアの生きてきたことの意味が問いかけることの大切さが身にしみてくる。

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