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2005年7月22日 (金)

『震度0』

○2005年7月22日(水)
  『震度0』 横山秀夫 朝日新聞社
   
 兵庫淡路大震災の朝、N県警の警務課長が失踪した。警務課長に、自分の不始末の処理を依頼した本部長と警務課長の上司である警務部長は、国家公務員試験のⅠ種に合格した警察庁キャリアである。刑事部長、生活安全部長、交通部長は、地元ノンキャリアの出世頭であるが、そろそろ引退の時期で、退職後の道も気になるころである。国家公務員試験Ⅱ種に合格した警備部長は、キャリアでもなく、ノンキャリアでもない、準キャリアである。
 横山は、警務課長の失踪という事件が、彼らとその妻たちに思わぬ波紋をひろげていく様子を、時間を追って、各人の視点を通して、キャリア、ノンキャリアそれぞれの思惑と自己保身が交錯していく様が、巧妙に描かれている。
 県警の内部なぞ、この程度なのだろうと思わせる横山得意の警察小説であるが、いつもの軽妙さにかけるような気がしたは何故だろうか、
 県警幹部の思惑を書き分けようとするあまりの力が入った分、堅さがでたのか、それとも、時間を追っての短いカットをつないでいくというせわしない場面の描き方のなせるせいなのかは、分らないが、どうなっていくのだろうかという余韻を残す秀逸なラストの場面がもう一つ生きていなかったのではないかと思ってしまう。
 
 先日のロンドンの同時爆破テロでは、英国中の監視カメラの存在の威力が明らかになったが、N県の捜査でも、警務課長の乗る車を監視カメラのNシステムで補足しようとする場面がさりげなく登場する。大沢在昌の「」や、垣根涼介の「ワイルド・ソウル」にも、当然のごとく登場している。犯人の割り出しということには威力を発揮することはあるのだろうが、防犯という面からはどの程度有効かというと疑問もある。そういう意味では、このシステムは、日本でいう防犯システムではなく、監視システムというのが適当なのであろうが、だからといって、このシステムに異を唱えることは非常に難しい世の中になっていることは間違いないと思うと、暗澹な気分になってくる。

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