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2005年7月11日 (月)

『眞説・光クラブ事件』

○2005年7月11日(日)
 保坂正康の『眞説・光クラブ事件』(角川書店)を読み終わった。
 光クラブ事件といっても、最早、知る人は少なくないと思う。「東大生はなぜ闇金融屋になったのか」という副題をみれば記憶の底にあるかもしれないが、昭和24年11月25日、東大の学生社長という触れこみで、光クラブという高利貸をしていた山崎晃嗣が青酸カリで服毒自殺を図った事件である。当時として3000万円ほどの借財が返済できなくなっての自殺とされた。高慢な思いが込められた遺書があったことから、「アプレゲげールの犯罪の走り」として、戦後の昭和史を彩った事件である。
 ミステリ・ファンであれば、高木彬光の『白昼の死角』、三島由紀夫の愛読者であれば『青の時代』のモデルとなった事件として、気になる存在であった。当方は、当然のことながら、「白昼の死角」というミステリの観点から関心をもって読み出したのである。
 山崎は、親は、医者であり、当時、木更津市市長をしていた名家の生まれで、一高、東大の法学部に進学し、在学中に高利貸しをするようになったのである。
 山崎の出自を読み始め、私の研修所時代の弁護教官であったI先生のことを思い出していた。I先生も、木更津の出身で、親が木更津市長をしていたことがあるということを聞いたことがあった。研修所を卒業した後も、研修所の同期の仲間とI先生と、年2回は、全国各地でゴルフをしていた。20年ほどは続いていたであろうか。そして、I先生がひいきにしていた相撲部屋のおかみさんと、私の妻が大学の剣道部での先輩・後輩ということもあって、何回か、相撲部屋の朝稽古の見学に出かけたりもしていた。
 I先生も一高、東大出身であり、木更津の名家ということであれば、山崎の人生とどこかで交錯しているのではないかと思い、本を読みながら、I先生の生年は何時なのかとしきりに気になっていた。
 読み進む内に、I先生のお兄さんが登場し、I先生も登場してきたのには驚いた。I先生は、木更津時代の同級生で、東大では一学年上であり、個人的にも話をしていた関係にあったのである。この本では、Iではなく、実名で登場しているのだが、このブログではあえて、I先生ということにしている。実名を知りたい人は、本書で確認していただきたい。
 本書では、I先生の話が重要な位置を占めている。I先生の語る内容は、50年という歳月を経て、I先生自身が一線を退いたという立場だからこそ明かすことができる内容に思える。10年前であれば分らないが、20年前であれば、明かすことはなかったのではないであろうか。
 I先生の現在の年齢は80歳を越えている。保坂正康が50年前の事件に関心をもったというタイミングもよかったのではないかと思うと、人生の妙である。
 三島由紀夫も、山崎の1年下であるが、「青の時代」の記述内容からして、山崎と個人的に親しかった節があるが、そこら辺は、三島はつまびらかにしていない。
 三島が市ヶ谷の自衛隊に侵入し、自害したのは、昭和45年11月25日である。11月25日に死んだことが、山崎の自殺の日と付合するのは偶然かどうかはわからないが、保坂のいうように、二人には、時代に対し怨嗟の念を抱いていており、その死には計算された演技という臭いがつきまとっている。
 ただ、三島には、書き残した小説が読む者に新たな視点を与えるが、山崎が残した文章を読んでも彼の持ち続けた怨嗟を読みとることができても、それ以上の感興を呼び起こすことはない。

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