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2005年8月30日 (火)

『読むJ-POP』

2005年8月30日(火)
『読むJ-POP』 田家秀樹 朝日文庫

”団塊の世代というのは、戦前の価値観と違う新しい何かを見つけようとしてきたのと同時に、戦後という時代のありさまを原体験として持っている世代でもあるのだろう。”

 J-POPという言葉が使われ出したのは何時だろうか。『読むJ-POP』を書いた田家も、何時始まったのかははっきりとした記憶はないとする。
 今や、CDショップでは、J-POPのコーナーが大半を占めている。昔のように欧米
のポップスがそのままと流行ったりもしなくなったし、漣健児の「あのこはルイジアナ・ママ」(ルイジアナママ)とか、「かわいいベイビー ハイハイ」(可愛いベイビー)のように、日本語に訳したカバーポップスが流行るようなことも少なくなった。
 それに、若い子の間に流行っていても、大人には全く認知されていない音楽というのが当たり前の世界になった。その昔は、歌に関心がない者にとっても、時代時代に耳に残る音楽があった。これは、世代間の断絶というような言い方では、表現しきれない文化的な断絶ができてしまっているという気がしてならない。
 『読むJ-POP』は、副題に「1945ー2004」とあるように、日本が敗戦を迎えた1945年から現在に至るまで、日本のポップス・シーンを鳥瞰しようとする好著である。
 田家は、洋学的な日本のポップスの第1号は、服部良一作曲の「東京ブギウギ」であるとする。東京ブギウギを歌ったのは笠置シヅ子であるが、笠置シヅ子の「セコハン・ブギ」を歌ってデビューした10歳の美空ひばりがポップ・スターの第1号といってもよい。
 団塊の世代からみれば、美空ひばりは、「悲しい酒」、「柔」など、真っ先に演歌そもののヒット曲を思い浮かべてしまう。いわれてみると、戦後すぐに流行った「東京キッド」なぞは、歌謡曲というよりポップスそのものであった。
 日劇ウェスタン・カーニバル、「上を向いて歩こう」のヒット、TVの歌番組「ザ・ヒットパレード」、グループ・サウンズやフォーク・ソングの時代、荒井由美と中島みゆき、キャロル、ピンク・レディと山口百恵、矢沢永吉、尾崎豊、小室哲哉そして、宇多田ヒカルらまでの変遷が極めて、コンパクトであるが、刺激的に、J-POP・シーンを俯瞰している。今のPOPシーンもやはり連綿たる60年の歴史をもつものであることを改めて認識した。
 60年代ロック&ポップスの超マニアでもあり大滝詠一(1948年生)やポップ・ミュージック・フリークの山下達郎(1953年生)らの試みと重なる世界がある。
 若いJ-POPファンに、興味をもって欲しい本である。

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