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2005年8月30日 (火)

『読むJ-POP』

2005年8月30日(火)
『読むJ-POP』 田家秀樹 朝日文庫

”団塊の世代というのは、戦前の価値観と違う新しい何かを見つけようとしてきたのと同時に、戦後という時代のありさまを原体験として持っている世代でもあるのだろう。”

 J-POPという言葉が使われ出したのは何時だろうか。『読むJ-POP』を書いた田家も、何時始まったのかははっきりとした記憶はないとする。
 今や、CDショップでは、J-POPのコーナーが大半を占めている。昔のように欧米
のポップスがそのままと流行ったりもしなくなったし、漣健児の「あのこはルイジアナ・ママ」(ルイジアナママ)とか、「かわいいベイビー ハイハイ」(可愛いベイビー)のように、日本語に訳したカバーポップスが流行るようなことも少なくなった。
 それに、若い子の間に流行っていても、大人には全く認知されていない音楽というのが当たり前の世界になった。その昔は、歌に関心がない者にとっても、時代時代に耳に残る音楽があった。これは、世代間の断絶というような言い方では、表現しきれない文化的な断絶ができてしまっているという気がしてならない。
 『読むJ-POP』は、副題に「1945ー2004」とあるように、日本が敗戦を迎えた1945年から現在に至るまで、日本のポップス・シーンを鳥瞰しようとする好著である。
 田家は、洋学的な日本のポップスの第1号は、服部良一作曲の「東京ブギウギ」であるとする。東京ブギウギを歌ったのは笠置シヅ子であるが、笠置シヅ子の「セコハン・ブギ」を歌ってデビューした10歳の美空ひばりがポップ・スターの第1号といってもよい。
 団塊の世代からみれば、美空ひばりは、「悲しい酒」、「柔」など、真っ先に演歌そもののヒット曲を思い浮かべてしまう。いわれてみると、戦後すぐに流行った「東京キッド」なぞは、歌謡曲というよりポップスそのものであった。
 日劇ウェスタン・カーニバル、「上を向いて歩こう」のヒット、TVの歌番組「ザ・ヒットパレード」、グループ・サウンズやフォーク・ソングの時代、荒井由美と中島みゆき、キャロル、ピンク・レディと山口百恵、矢沢永吉、尾崎豊、小室哲哉そして、宇多田ヒカルらまでの変遷が極めて、コンパクトであるが、刺激的に、J-POP・シーンを俯瞰している。今のPOPシーンもやはり連綿たる60年の歴史をもつものであることを改めて認識した。
 60年代ロック&ポップスの超マニアでもあり大滝詠一(1948年生)やポップ・ミュージック・フリークの山下達郎(1953年生)らの試みと重なる世界がある。
 若いJ-POPファンに、興味をもって欲しい本である。

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2005年8月28日 (日)

『言論統制列島』

○2005年8月28日(日)
 『言論統制列島』 鈴木邦男・森達也・斎藤貴男 講談社

 多様化の社会といわれながら、現実は、思考の単一化が進んでいる。個々の人たちと話している限り、個性豊かな多様な人がいることを感じることは多いのだが、日々、それを実践しているかというと、周囲を気にして、流れを見極めて、それに乗っていってしまう。
 他人のことをとやかくいえない。自分自身、なるべく、自分を貫いていこうという気持ちを持ち、実践しようと考えている。しかし、現実には、2ー3割程度しかできていないのではないか。すべてを通そうとすると、周囲と軋轢が生じるが、5-6割くらいは通してみたいと思っている。
 衆議院の解散による選挙が告示された。郵政改革か、否かがだという。しかし、その中身を理解している人はどれだけいるのだろうか。郵政以外にも懸案事項が沢山ある。
 年金の議論は一向に進んでいない。
 今年の12月に期限が到来する自衛隊のイラク派遣はどうするのか。
 北朝鮮の拉致問題をどうするのか。
 国連の常任理事国入りができなかったことの真摯な議論をしたのだろうか。同盟国とするアメリカも反対した。中国も、韓国も反対した。アフリカ諸国の賛意を得るために、費やした経済援助の約束はどうなっているのだろうか。
 憲法改正の問題もある。
 教育の問題もある。

 自民党や民主党どちらの政策(マニフェスト)にも、全面的には同意できない。多様な社会であればあるほど、二大政党に単一化できるのであろうか。                     二大政党政治は、安定的な政権の交代という観点からは望ましいが、すべてを党議拘束のもとに、画一化されてしまうことはどうなのだろうか。重要法案にあればあるほど、十分な論議を尽くしたうえで、党議拘束をはずして議決をするほうがいいのではないだろうか。
 これからの日本の4年間を、郵政問題だけでどちらかの党に委ねてしまうということは怖い。衆議院の議員の任期が2年であれば、まだ、このような選択でもいいのかもしれないが、4年は長い。

 『言論統制列島』には、「誰もいわなかった右翼と左翼」という副題がついている。鈴木邦男が一水会という理論右翼の代表であったことは知っていたので、右翼と位置づけられるのは理解できるが、テレビや映画の制作者である森達也やジャーナリストの斎藤貴男が左翼とは知らなかった。
 この本は、この立場を異にする3人が現在の社会状況を論じるのだが、3人に共通するのは現在の日本の状況の危うさである。
 斎藤「いろいろな分け方があるけど、大きく分けて、全体の秩序を重視するのか、個人の尊厳を重視するのかという分け方がいちばん中止にあるんじゃないかなと思うね。だから、保守と言われている人でも、個人の自立性を重んじる人は、僕は好きですね。」「あと、現実の政治に関して言えば、一生懸命ものを考える人と、ものすごく短絡する人という分け方がいちばん正しいじゃないかと思うことがある。」(p28)
 森 「日本全体が一つの組織共同体になろうとしている。その過程で異物を排除する。つまり粛正です。このときの組織論的ダイナミズムは確かに左翼的体質なのだけれど、表層的に現れるのは、国家の誇りや民族の自尊心などの右翼的語彙。だから歪なんです。でも、これは変だよと世間に抗うと、お前は左翼と言われちゃう。二重、三重に倒錯している。」(p65)
 鈴木「左翼にはなりづらい、勉強しなくちゃいけないから。でも、右翼はだれでもすぐになれる。それで、ネットで書き込むのでも、左翼的なことというのは難しいけど、右翼は愛国心を訴えればいいから、だれでもできるんですよ。」(p191)

 右の意見も左の意見も、いちいち納得してしまう。彼らの言説の方が、議員のそれよりも、温厚なものにみえてしまう作今である。

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2005年8月26日 (金)

台風11号

○2005年8月26日(金)
 昨日から、大阪にきている。昨日の天気予報では、台風11号が東海地方あたりに上陸するといっていた。
 台風は、本土直撃のコースから東の方に変わり、千葉に上陸し、その後、太平洋に向かっているらしい。東京は、台風の余波で風と雨が強く、晴れてくるのは午後になってからだと、テレビのキャスターが話していた。
 新幹線からの外の景色は、台風一過の日差しがまぶしい。
 小学校の6年のときだった。父親に送られて、大阪の駅から横浜まで、一人旅をしたことがあった。やはり、季節も夏休みの終わりで、今日と同じように、台風一過の晴天であった。40数年前のことなので、新幹線はまだなかった。
 小さい時から、年に1回は、母に連れられて、北海道の名寄から、東京まで、列車で遊びにきていたので、旅慣れていたので、一人旅も何の不安はなかった。4人掛けのボックス席だったので、同席した大人が気遣って話しかけてくるのが煩わしかったことを覚えている。
 豊橋にさしかかったあたりで、列車が止まってしまった。台風の影響で降った雨により、河川が増水し、流木が流れてきて、鉄橋が不通になってしまったのである。確かに、前方に見える川は、氾濫はしていなかったが、濁流が岸近くまできており、流木は流れていた。
 しばらく、列車は止まっていたが、結局、代替のバスで、上流の橋を渡り、次の駅で別の列車に乗り換えることになった。横浜の家には、夕方6時頃に着く予定であったのが、家に着いたのが、午前0時を過ぎていたから、6時間以上、余分にかかった。
 乗り換えをした駅名やその後のことはほとんど覚えていないのだが、乗り換えで、煩わしかった大人たちから離れ、一人になってほっとして、バスに乗り、不通となった鉄橋の上流にある橋を渡り、川を眺めたことの記憶だけが鮮明に残っている。
 家への電話も、横浜駅に着いてからした。家で待っていた母も心配をしていたのであろうが、それほど心配をされたという記憶もない。
 一日が過ぎることが長かった子どもの頃の一夏の出来事を思い出して、これを書いていると、乗っているのぞみは名古屋を過ぎ、豊橋あたりを走っていた。

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2005年8月25日 (木)

『ビー・クール』

○2005年8月25日(木)
    『ビー・クール』 エルモア・レナード 小学館文庫
    ”おれは最初にプロットを考えてから、そこに登場人物たちをはめ込むようなことはしない、ってことなんだ。それよりはまず、いろいろな登場人物たちのイメージを描く。それから彼らがどこにおれを導いていくかを見きわめるだよ。”(p10)

     マフィアに関わりのある高利貸しであったチリ・パーマは、映画好きが高じて、貸し金の取り立てに来たハリウッドで、映画のプロデューサーになってしまったというのが、エルモア・レナードの「ゲット・ショーティ」(1990年)であるが,『ビー・クール』(1999年)は、この続編である。
     前作の映画化で、ジョン・トラボルタがチリを演じていたが、続編も、ジョン・トラボルタの主演で映画となり、9月には公開されるらしい。この文庫にも、映画のスチール写真が着いている。
     チリは、食事を共にしていたレコード会社の社長が射たれる現場を目撃する。高利貸しから映画プロデューサーになったチリは、デートサービスの電話で知り合った女性のイメージを膨らませて、映画を作ろうとしていた。
     チリの映画作りは、冒頭のチリの言葉の通り、映画に登場するキャラクターをイメージしていくことから始まるのだが、エルモア・レナードの小説作りも同様に、きちっとしたプロットを作っていくというより、登場人物のキャラクターを作りながら、筋を展開させていく。黒沢明の「用心棒」が敵対する陣営の間をあっちに行ったり、こっちに来たりして、自滅に導いていくように、チリも、ひょうひょうと敵の攻撃を切り抜けていく。
     この本を書いたときのレナードは75歳とのこと、この筆致を枯れたというのであろうか。レコード業界の裏話も面白いし、トラボルタの演技を想像しながらついつい読んでしまった。その上、エアロスミスが実名が登場したり、使われる歌詞も、実際に作曲を依頼したものだという、お遊びも満載。きっと、映画にも登場するのだろう。

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2005年8月20日 (土)

『君たちに明日はない』 

○2005年8月20日(土)
    『君たちに明日はない』 垣根涼介 新潮社
   
  ブラジル移民として棄民をされた日本人の日本政府に対する復讐の物語『ワイルド・ソウル』のことを書こうと思っている内に、『君たちに明日はない』を読み終えてしまった。大藪春彦賞、吉川英治新人賞、日本推理作家協会賞の三賞を取った「ワイルド・ソウル」は、流行りのテロ小説かと思わせながらの痛快なピカレスク譚で、しかも、しっかりと日本政府の棄民政策を描いていた。この感性といい、筆力といい、期待の作家である。
『君たちに明日はない』は、リストラを専門に請け負う会社の村上真介が主人公の話。真介の仕事は、リストラの対象となった社員と面接をし、あの手、この手の説得の策を試み、面接相手に退職を選択させていく。
  深刻な内容になりそうなところを一歩踏み止まり、面接相手の年上の女性と恋に落ちたり、田舎の同級生を面接することになったりと、さわやかさをもったエンターテイメントに仕上がっている。
  大藪春彦の存在は影が薄くなってきたが、大藪春彦賞は要注意の賞といえる。

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2005年8月19日 (金)

『消えた直木賞 男たちの足音編』

○2005年8月19日(金)
    『消えた直木賞 男たちの足音編』 邱永漢、南條範夫、戸板康二、三好徹、有明夏夫
    メディアファクトリー
   
   ミッキー・マウスの50年の著作権が切れる寸前に、著作権の期間を70年とする法改正がアメリカで行われた。ディズニーのロビー活動が効をを奏したのである。
  日本でも、現在、同様に著作権法を改正しようとする動きがある。
  企業戦略上、特許、商標、著作権などの知的財産権の存在がクローズアップされ、知財(知的財産権を省略したこの用語にはなじめないのだが・・・)を専門とする弁護士が増え、若い弁護士の関心も大きい。
  著作権を50年から70年とすることは一見、権利の擁護のためにはよさそうに見えるが、問題があるといわざるを得ない。
  そもそも、50年も経済的価値を持ち続けるものがどのくらいあるのかということである。ミッキー・マウスはその希有な例に過ぎない。
  エンターテイメント系の小説に授与される直木賞が創設されたは、昭和10年である。以後、戦中、戦後の4年間を除いて、毎年2回、受賞作が発表され、純文学系の芥川賞とともに、新聞の社会面の記事となるので、読書に関心のない人にも周知度の高い賞である。
  ところが、現在、直木賞の受賞作品を全部読もうとしても、読むことができないことから、webデザイナーの川口則弘氏が平成12年「直木賞のすべて」というホームページを立ち上げ、これをもとに、平成16年に刊行されたのが、入手困難な直木賞作品9編を集めた『消えた受賞作 直木賞編』(メディアファクトリー刊)である。
  70年も経過すれば、入手困難なものもあるだろうと思うかもしれないが、このたび刊行された第2弾の『消えた直木賞 男たちの足音編』の巻末に掲載されたリストを見て、驚くなかれ、現在、入手困難な受賞作品が、昭和30年以降で29編、昭和50年以降で13編、平成元年以降でも3編ある。
  生島治郎の「追いつめる」、結城昌治の「軍旗はためく下に」、黒岩重吾の「背徳のメス」、多岐川恭の「落ちる」なども、重版未定などの理由により、入手が困難であるという。
  小説は、人に読まれてこそ小説なのである。著作権があると、出版をするには著作権者の承諾が必要となる。著作者本人の承諾を必要なのは致し方ないとしても、著作者の死後50年も著作権があると、相続人が著作権を有するので、出版する方の権利処理が結構面倒であるし、相続人自体が理不尽な理由で出版を拒むことがある。相続人がいないと権利は国に帰属することになる。
  50年という昔に遡って相続人を調査することも大変なことである。
  青空文庫というネット上の文庫がある。著作権が切れた小説を、ボランティアが入力し、ネットで公開している。このシステムを使えば、関心のある者は誰でも、アクセスできるのだが、著作権の期間が70年となるとアクセスできる範囲がより一層狭まってしまう。
   一見、権利を確保するように見えても、人の目に触れず消えていくものを増大せしめていくとしかいいようがないのである。
  ところで、『消えた直木賞 男たちの足音編』は、戦後に発表された推理小説・冒険小説のジャンルに入る5作品を選んだとする。5作品の内、戸板康二の「團十郎切腹事件」と有明夏夫の「鯛を捜せ」は謎解き風の展開になっているが、これを含めて5編とも推理小説的風味は少ない。その中では、三好徹の「聖少女」は、殺人を犯した少年と少年の心の内が気になる家庭裁判所の調査官の心象風景との交錯にミステリ的手法が生かされ、しみじみとした余韻がある。
  個人的な興味としては、邱永漢の「香港」が面白かった。お金の神様といわれている邱永漢の小説を初めて読んだのだが、戦後間もない時代の香港の世界が生き生きと描かれている。邱が株の本ではなく、中国の大衆社会の小説を書き続けていれば、日本の中国に対する理解がもっと違うものになったかもしれない。

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2005年8月16日 (火)

『スポーツを「読む」・記憶に残るノンフィクション読本』

○2005年8月16日(火)

『スポーツを「読む」・記憶に残るノンフィクション読本』重松清 集英社新書

”一人の村上は退屈の果てにあるものを見極めるために、もう一人の村上は退屈の表皮を剥ぎ取ったあとに露わになるものを探るために、祭りを描く。余りにも対照的な二人は、しかし、ともに退屈から目を背けず、それを乗り越えようとしている。”(p71)

 まえがきの凡庸さに、あの重松清がこんなつまらない文章を書くのかというのが、この本の第一印象であった。阪神ファンの41歳のサラリーマンが読む報知新聞とデイリースポーツの記事の違いとその語り方から、前書きが始まる。
しかし、本文を読み進むと、杞憂であったことがわかる。
 山際淳司、沢木耕太郎、玉木正之、関川夏央らの実力派のスポーツ・ライターから始まり、浅草キッド、ホイチョイ・プロダクションまで、40人近いライターの本をソジョウニあげ、様々な角度から、スポーツを読むことの楽しさから、スポーツを書くことの難しさを論じている。
 その大半は、スポーツ雑誌「スポルティヴァ」に連載した文章とのこと、掲載された順番通りではないとは思うが、長ちょうばの連載とあって、中だるみをしているな感じるものもあったが、スポーツに関する文章批評といいながら、開高健、村上春樹、村上龍、三島由紀夫らに触れた文章では、重松らしい、文学論になっている。
 冒頭の二人の村上とは、村上春樹と村上龍のことである。二人のスポーツ記事に対する取り組み方の評であるが、これを、「『退屈』を『日常』あるいは、『戦後ニッポン』に、『祭り』を『性』もしくは『戦争』に置き換えて」みたらどうであろうかと、重松はいう。
至言である。
 金子達仁、最相葉月、小関順二、草野進らを扱った(Ⅳ)「対との距離の取り方が新しい興奮をつくる」では、スポーツに限らず、ノンフィクションにおける対象と書き手の関係、距離の取り方、描き方を、簡潔に例示しながら論じている。ライター志望であれば、一読の価値のある本である。

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2005年8月15日 (月)

『太陽の下の10万ドル』と『或る殺人』

○2005年8月15日(月)
 昨日は、家にたどり着くと、ビールを飲み、早々と寝てしまった。大概、5時間ほどで目がさめてしまう。夜な夜な、1時過ぎに起き出して、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『太陽の下の10万ドル』を観る。主演は、10万ドル相当の積み荷を載せたトラックを強奪して逃げるロッコのジャン・ポール・ベルモンドと、おんぼろトラックで追いかけるエルベのリノ・バンチュンラだが、リノ・ヴァンチャラの方が断然存在感がある。
 灼熱の北アフリカの砂漠をひたすら追いかけるエルベと逃げるロッコの戦い、ヒッチ・ハイクをする男、エルベを怒らせ、店を壊される酒場の男、道中、砂にはまって動けないエルベの車を助けるタンク・ローリーの運転手たちとのやりとりのユーモラスな感覚が秀逸である。トラック同士の追いつ、追われつの活劇映画ではあるが、フィルム・ノワール風のロード・ムービーの魅力といった方がよい。リノ・ヴァンチュラがジャン・ポール・ベルモンドをしのいでいるのは当然ともいえる。
 もう1本、映画を観たいなと思ったが、昼夜が完全に逆転してしまうのもまずいので、4時近くに、再度、ベッドに入り、本を読んでいる内に、眠りについた。

 7時過ぎに、目が覚めた。昨日までの疲れもとれ、快適である。家の片づけなどしなければならないことは沢山あるのだが、新聞の切り抜きをPDFファイルにしている内に、午前が過ぎてしまった。
 午後、オットー・プレミンジャー監督、ジェイムズ・スチュアート主演『或る殺人』を観ることにした。DVDは、プロジェクターで観る主義なのだが、わざわざ暗幕をつけるのも面倒なので、、14インチのディスプレーで観ることにした。
 人型の切り絵のタイトル・バックに、デユーク・エリントンのジャズが流れてくるではないか。この映画については、特に、前知識はなかっただけに、冒頭から惹きつけられてしまった。主人公は、釣りとジャズが趣味の元検事の田舎弁護士ビーグラーである。従って、仕事はありまない。そこに、ローラという女性から、自分を暴行した男を射殺した夫マニオンの弁護を依頼される。奔放なローラ、朝鮮戦争の英雄であったマニオン。ビーグラーは、マニオンの行為は、妻を暴行された夫の抗しがたい衝動によるものであること理由とする弁護を展開しようとするのだが・・・・。
 日本では、殺人事件の公判では、犯人の殺人に至る動機が問題にされる。殺人という行為が明らかであっても、検察側も弁護側も動機が何かを明らかにしようとする。もちろん、検事は検察側に有利に、弁護士は被告に有利な情状として提示しようとするのであるが。
 この映画では、検察側は、殺人と動機を切り離して裁判をすすめようとし、弁護側は何とか、動機の問題を法廷に引きずり出し、夫の「抗しがたい衝動による」殺人を立証しようとする。アメリカでは、殺人事件でも故殺と謀殺とに区別していて刑が違っていることが理由なのかどうかよく分らないが、このあたりの展開が飲み込めないとこの映画の流れが読みとることができない。
 ビーグラーは、「抗しがたい衝動による」殺人が無罪という古い判例を根拠に裁判を進めるのだが、「抗しがたい衝動」とは、怒りの衝動による行為がやむを得なかったということであろうか。これが何故無罪となるのは理解できないにしても、ここらあたりは深く考えないで観ていけば、結構、迫力のある面白い法廷映画であった。
 それにしても、釣り好きで、ジャズ・ピアノを弾く田舎弁護士を演ずるジェームス・スチュアートは楽しそうである。エリントンと連弾するシーンもある。
 エリントンのジャズに乗って、人型の切り抜きが動くタイトルバックだけでも一見の価値はあるし、160分という長さも忘れて最後まで観てしまった。

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2005年8月14日 (日)

「やなぎみわ」展と「コーチ・カーター」

○2005年8月14日(日)
 朝一番に、北品川にある原美術館に行こうということになった。
 品川の近くにきたとき、妻が品川は11時開館だと思い出した。まだ、時間が少し早いので、品川プリンス・ホテルの方に車を向けたが、ホテルの駐車場に入ろうとする車が渋滞している。水族館にでかける家族連れが多いのであろう。
 裏道をゆうくりと走る内に、11時になってきたので、寄り道をせずに、原美術館に行くことにした。ここは、駐車場が5台分程度しかないので早めに来るのが正解である。、
 「やなぎみわ」の『無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語』展である。受付の奥には、人が10人も入ればいっぱいになる円錐形の黒テントがあり、中に入ると、テントの反対側の隙間から見えるスクリーンにモノクロの映像が映し出されている。円錐の大きな帽子状のものをすっぽり被り、そこから下がっているカーテン状の間からは老女の手が、下からは少女の足が見えている。何を象徴しているのだろうか、この「砂少女」が砂の上を歩いている。
 次の部屋には、「眠り姫」や「ラプンツエル」などのグリム童話をモチーフにした写真であるが、少女の身体に、老醜な顔や手が描かれている。この対立的なイメージを交錯させることによって、何を描こうとしているのか、しかとつかめないが、一つ一つが何かを訴えようとしてしている。
 「ハウルの動く城」という明るい空間では描ききれていないものが、ここにあるのかもしれない。
 2階の展示室では、「sunaonna・砂女」の10分程度のヴィデオが流れている。スペイン系の女の子がおばあさんからsunaonnaの話を聞き、sunaonnaを求めていく。

 午後は、一転して、新宿の高島屋タイムズスクウェアで、「コーチ・カーター」を観る。中一の息子は、「妖怪大戦争」を観たいというのを、押し切った。
 チケットを買おうと売り場に行くと、夫婦の一人が50歳以上であると割引ということで、妻と高一の娘と合わせて4人で4000円であった。何か、得をした気分で、入場したが、映画館の中は満員で、前から2番目、右端に近い席しか空いていなかった。
 私は、新聞の時評などで映画のストーリーを知っていたが、子どもたちはどのような映画なのかは知らなかった。私の方も先入観を与えたくないので、バスケットの映画だとだけ伝えていた。
 犯罪のうずまく街にあり、大くの生徒が卒業できないというリッチモンド高校のバスケット・コーチを引き受けたカーターは、部員に、学校の成績を2.3以上とること、授業を最前席で受けること、試合の時はネクタイを着用して行くことを要求し、契約書にサインを求める。
 厳しい練習のもと、リッチモンド高校のバスケット・ボール部は全戦全勝のチームとなっていくが、カーターは、6人の部員の成績が不良であることを知り、体育館を閉鎖し、対外試合もキャンセルしてしまう。子どもたちの唯一の希望をつぶすと、カーターは非難され、公聴会で、カーターの意見にかかわらず、体育館閉鎖の解除が決定される。
 実際にあった話をもとにしたものだという。
 全編乗りのいいラップ調のロック・ミュージックが流れ、バスケット・ボールの試合も迫力がある。
 生徒たちとの契約というが、信頼関係のある者たちの約束であってこそ、意味あるものであるということをここでは言っているような気がする。
 先日、おきた明徳義塾の高校野球部の甲子園出場辞退の事件では、不祥事を知りながら予選を戦い抜いた部員と、指導者との間にはどのような話し合いが行われていたのであろうかということを考えていた。

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2005年8月13日 (土)

 「ねむのきの木のこどもたちとまり子」展・「江里佐代子・截金(きりかね)の世界」

○2005年8月13日(土)
 朝食後、ホテルから歩いて、泉屋博古館分館の「江里佐代子・截金(きりかね)の世界」にでかける。
 朝、人がまばらな美術館はの雰囲気は、何ともいえない清々しさがある。
 きりかねとは、薄い金銀箔を数枚焼き合わせて、厚みをもたせ、竹のナイフで、線状や様々な形にきり、箱、鞠、棗、衝立などの、表面に貼っていく技法である。
 江里は、日本画を学んだ後、結婚した仏師の夫が制作した仏像にきりかねをほどこす仕事から、様々な工芸品を作り出してきている。
 棗や風呂先屏風などの伝統的な工芸品にあっても、繊細な色遣い、文様等には現代的な息吹がほとばしっている。宇宙と名付けられたその世界は、この伝統的な手法がもつ広い未来性が感じられた。

 午後は、一転して、江東区の木場公園にある東京都現代美術館にでかけた。
 まずは、「ハウルの動く城・大サーカス展」に入場した。スタジオ・ジプリのアニメ映画「ハウルの動く城」を見ていないので、現代的な美術館の大きな空間に、サーカスを擬した見せ物的な人形が展示してあるのだが、今一しっくりとこなかった。唯一、面白かったのは、フランス人の大道芸人が展示物の前でしていたジャグリングなどのパーフォーマンス。サーカスのもついかがわしさが少しだけ感じ取ることができた。
 「ねむのきの木のこどもたちとまり子」展を見に2階に行った。ねむの木学園は、女優であった宮城まり子さんがつくった身障者のための施設である。こどもたちとあるが、今は大人になっている人たちもいる。ここに展示されている絵を描いた人たちは、みな、まり子さんを母と思い、まり子さんはこどもと思っている。
 最初の部屋には、掛川にあるねむの木学園の施設を紹介する写真とまり子さんのメッセージが並んでいる。その次の部屋の絵には、いささかショックを受けた。ほんめとしみつの「おかあさん」と題する一連の絵である。黒い線で描かれたおかあさんの顔の輪郭に、微妙なグデュエーションのある赤色で彩色されている。おかあさんの大きな目がこちらを見つめている。シンプルな絵であるが、強く、強く何かを訴えかけている。愛を語りかけている陳腐な表現になってしまう。何か、もっと大きなものだ。
 この絵は画集で見ていたが、実物の大きさに、手触りをしたくなる味わいに、何度もとって返して見に行った。
 この絵だけではなく、会場には、他のこどもたちの絵が多数並んでいる。身障者が描いた絵という先入観などはふっとんでしまう。美術館に展示するにふさわしいのである。
 会場には、多くの人が来ていた。入場料は無料であった。
 多くの人に見てもらいたいというまり子さんの希望もあるのだろう。「ハウルの動く城・大サーカス展」を観にきていた親子がどの程度きているのだろうかとも思った。
 まり子さんは、会場の一隅で、画集にサインをしていた。会期中、毎日、椅子にすわりサインをしていた。往年のやせた小さなまり子さんではなく、太ってどっしりとしている。病気で入院していたこともあって、体調は万全ではないと思うが、元気そうであった。
 昨年、銀座の小さな画廊で、最近力をいれているガラス工芸の作品展を見た。今年も、秋にするという。

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2005年8月12日 (金)

麻布十番の蕎麦屋とギャラリー

○2005年8月12日(金)
 家族の夏休みの日程がどうなっているのか、確認しているうちに、8月に入ってしまった。結局、お盆の頃しか、家族全員の休みが揃わないことが判ってきた。帰るべき田舎もないし、行楽地はどこに行っても混んでいるので、遠出をする気にはならない。
 というわけで、都心のホテルに泊まって、美術館めぐりでもしようと考えた。
 夕方、事務所に来た息子と車で、赤坂にあるホテルにチェック・インし、妻と娘が来るのを待った。
 夕方は、麻布十番にある蕎麦屋にでかけることにした。この街には、老舗の蕎麦屋が3軒あるらしいが、十番温泉の向かいにある店に行くことにした。
 蕎麦屋の看板が見えたところで、タクシーを降りると、左手に、ギャラリーの看板が見える。家族を先に店にやり、覗いてみることにした。
 マンション風の建物の狭い階段を下りると、思いもかけない広い空間に、小さな素焼きの人形が並んでいる。1000個近くの野辺の地蔵が列をなしている。指でつまみ、目、眉、口、鼻が、へらでシンプルに刻まれていて、一つ一つの表情が異なっている。
 作者は、千野誠治さんというおじいさんで、六本木ヒルズの近くに住んでいるアマチュアらしい。丸太の上、草花のそばなど、いろいろな風景の中にいる人形の写真もある。何ともいえない、やさしさがこもる写真である。
 徳島で買ったムンクの叫びのビニール人形が我が家にある。これをいろいろなところに持参し、写真を撮ろうと思っているのだが、大きいのと、ビニール製だということで躊躇していた。2-3cmのこの人形であれば、持ち運びにもいいし、どの景色にも似合うと思い、売っているのかというと、売り物ではないという。というわけで、500円で、5枚セットの写真を買った。今、この写真を見ながら、これを書いている。こころ和むいい写真である。

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2005年8月 7日 (日)

 『化石の森』

○2005年8月7日(日)
  『化石の森』
 午前1時過ぎ、『化石の森』を観ていたときに、地震があった。
 ついに来たかと思い、しばらくじっとしていたが、長かった割には強くなかった。
 ハンフリー・ボガートの主演作と思って購入した「化石の森」だが、主演はレスリー・ハワードとベティ・デイヴィスであった。
 アリゾナの砂漠にある一軒家にあるガソリン・スタンドとレストランBAR-B-Qが舞台である。フランスから流れてきた作家アラン(レスリー・ハワード)は、ヒッチ・ハイクでメープル親子が営むBAR-BーQに立ち寄る。娘のガブリエル(ベティ・デイヴィス)は、母が住むフランスに行くことと、絵を描いていく夢を持っていた。
 ガブリエルとアランは、互いに惹かれるが、アランはすぐに旅たつが、アランがヒッチハイクをした車が、殺人を犯して逃亡するデューク・マンティ(ハンフリー・ボガート)のギャングの一味に奪われ、BAR-BーQに戻ることになる。
 BAR-BーQに現れたマンティ一味に、アランやガブリエルたちは監禁されてしまう。
 
 若さあふれる美貌のベティ・デイヴィスと端正な顔立ちのレスリー・ハワードのカップルの戦前の映画的な甘いロマンスの雰囲気に対し、髭面に、異様な眼差し、小刻みに震えるような歩き方の犯罪者を演じるハンフリー・ボガートの存在感が際だっていた。
 部屋の中の動きもせりふの少ないボガートを中心に、レスリーの独白が続き、ガブリエルに対する愛が告白される。舞台劇の映画化らしい緊張感にあふれていた。
 特典映像によれば、ハンフリー・ボガートは俳優として行き詰まっていたところを、レスリーの強力な推薦で、この役を得、俳優としての転機となった演技だということである。1936年のこの映画の製作当時、脱獄をしたギャングのデリンジャーの仕草をまねているというその演技は、どちらかというと押さえ気味であるが、主演のレスリーをしのぐ、怪演である。
 ハンフリー・ボガートは、レスリーに対する気持ちの表われとして、娘にレスリーと名付けたという。

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2005年8月 6日 (土)

『鉄槌』

○2005年8月6日(土)
 『鉄槌』 ポール・リンゼイ 講談社文庫 ☆☆☆☆

”誰にだって、二人の人間がいるんだーなりたい自分と、甘んじて受け入れている自分と。あんたの場合、そのギャップが少しばかり大きいんじゃないかな。”

 シカゴにある刑務所に、大型爆弾が仕掛けられた。移動も、無害化も不可能な爆弾である。銀行の夜間金庫に仕掛けたトラップで盗みを働くFBI捜査官キンケイドと腫瘍のために片足を切断し、義足の捜査官オールトンは、協力して、爆弾犯を追う。
爆弾犯の目的は、3年前に誘拐された娘の捜査であったが、2人は娘と犯人の死体を発見するのだが・・・

 またもや、テロリストの話かと思って読み出したところ、途中で、爆弾犯はあっさりと捕まってしまう。そして、話は誘拐された少女を殺した真犯人の捜査へと進んでいく。
 キンケイドの犯した罪を知るオールトンとの交情、捜査官としてぬぐえない罪を償うかのように捜査に専心するキンケイドの心情が読みどころである。冒頭の言葉は、オールトンがキンケイドに投げかけたものである。

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