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2005年8月15日 (月)

『太陽の下の10万ドル』と『或る殺人』

○2005年8月15日(月)
 昨日は、家にたどり着くと、ビールを飲み、早々と寝てしまった。大概、5時間ほどで目がさめてしまう。夜な夜な、1時過ぎに起き出して、アンリ・ヴェルヌイユ監督の『太陽の下の10万ドル』を観る。主演は、10万ドル相当の積み荷を載せたトラックを強奪して逃げるロッコのジャン・ポール・ベルモンドと、おんぼろトラックで追いかけるエルベのリノ・バンチュンラだが、リノ・ヴァンチャラの方が断然存在感がある。
 灼熱の北アフリカの砂漠をひたすら追いかけるエルベと逃げるロッコの戦い、ヒッチ・ハイクをする男、エルベを怒らせ、店を壊される酒場の男、道中、砂にはまって動けないエルベの車を助けるタンク・ローリーの運転手たちとのやりとりのユーモラスな感覚が秀逸である。トラック同士の追いつ、追われつの活劇映画ではあるが、フィルム・ノワール風のロード・ムービーの魅力といった方がよい。リノ・ヴァンチュラがジャン・ポール・ベルモンドをしのいでいるのは当然ともいえる。
 もう1本、映画を観たいなと思ったが、昼夜が完全に逆転してしまうのもまずいので、4時近くに、再度、ベッドに入り、本を読んでいる内に、眠りについた。

 7時過ぎに、目が覚めた。昨日までの疲れもとれ、快適である。家の片づけなどしなければならないことは沢山あるのだが、新聞の切り抜きをPDFファイルにしている内に、午前が過ぎてしまった。
 午後、オットー・プレミンジャー監督、ジェイムズ・スチュアート主演『或る殺人』を観ることにした。DVDは、プロジェクターで観る主義なのだが、わざわざ暗幕をつけるのも面倒なので、、14インチのディスプレーで観ることにした。
 人型の切り絵のタイトル・バックに、デユーク・エリントンのジャズが流れてくるではないか。この映画については、特に、前知識はなかっただけに、冒頭から惹きつけられてしまった。主人公は、釣りとジャズが趣味の元検事の田舎弁護士ビーグラーである。従って、仕事はありまない。そこに、ローラという女性から、自分を暴行した男を射殺した夫マニオンの弁護を依頼される。奔放なローラ、朝鮮戦争の英雄であったマニオン。ビーグラーは、マニオンの行為は、妻を暴行された夫の抗しがたい衝動によるものであること理由とする弁護を展開しようとするのだが・・・・。
 日本では、殺人事件の公判では、犯人の殺人に至る動機が問題にされる。殺人という行為が明らかであっても、検察側も弁護側も動機が何かを明らかにしようとする。もちろん、検事は検察側に有利に、弁護士は被告に有利な情状として提示しようとするのであるが。
 この映画では、検察側は、殺人と動機を切り離して裁判をすすめようとし、弁護側は何とか、動機の問題を法廷に引きずり出し、夫の「抗しがたい衝動による」殺人を立証しようとする。アメリカでは、殺人事件でも故殺と謀殺とに区別していて刑が違っていることが理由なのかどうかよく分らないが、このあたりの展開が飲み込めないとこの映画の流れが読みとることができない。
 ビーグラーは、「抗しがたい衝動による」殺人が無罪という古い判例を根拠に裁判を進めるのだが、「抗しがたい衝動」とは、怒りの衝動による行為がやむを得なかったということであろうか。これが何故無罪となるのは理解できないにしても、ここらあたりは深く考えないで観ていけば、結構、迫力のある面白い法廷映画であった。
 それにしても、釣り好きで、ジャズ・ピアノを弾く田舎弁護士を演ずるジェームス・スチュアートは楽しそうである。エリントンと連弾するシーンもある。
 エリントンのジャズに乗って、人型の切り抜きが動くタイトルバックだけでも一見の価値はあるし、160分という長さも忘れて最後まで観てしまった。

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