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2005年8月28日 (日)

『言論統制列島』

○2005年8月28日(日)
 『言論統制列島』 鈴木邦男・森達也・斎藤貴男 講談社

 多様化の社会といわれながら、現実は、思考の単一化が進んでいる。個々の人たちと話している限り、個性豊かな多様な人がいることを感じることは多いのだが、日々、それを実践しているかというと、周囲を気にして、流れを見極めて、それに乗っていってしまう。
 他人のことをとやかくいえない。自分自身、なるべく、自分を貫いていこうという気持ちを持ち、実践しようと考えている。しかし、現実には、2ー3割程度しかできていないのではないか。すべてを通そうとすると、周囲と軋轢が生じるが、5-6割くらいは通してみたいと思っている。
 衆議院の解散による選挙が告示された。郵政改革か、否かがだという。しかし、その中身を理解している人はどれだけいるのだろうか。郵政以外にも懸案事項が沢山ある。
 年金の議論は一向に進んでいない。
 今年の12月に期限が到来する自衛隊のイラク派遣はどうするのか。
 北朝鮮の拉致問題をどうするのか。
 国連の常任理事国入りができなかったことの真摯な議論をしたのだろうか。同盟国とするアメリカも反対した。中国も、韓国も反対した。アフリカ諸国の賛意を得るために、費やした経済援助の約束はどうなっているのだろうか。
 憲法改正の問題もある。
 教育の問題もある。

 自民党や民主党どちらの政策(マニフェスト)にも、全面的には同意できない。多様な社会であればあるほど、二大政党に単一化できるのであろうか。                     二大政党政治は、安定的な政権の交代という観点からは望ましいが、すべてを党議拘束のもとに、画一化されてしまうことはどうなのだろうか。重要法案にあればあるほど、十分な論議を尽くしたうえで、党議拘束をはずして議決をするほうがいいのではないだろうか。
 これからの日本の4年間を、郵政問題だけでどちらかの党に委ねてしまうということは怖い。衆議院の議員の任期が2年であれば、まだ、このような選択でもいいのかもしれないが、4年は長い。

 『言論統制列島』には、「誰もいわなかった右翼と左翼」という副題がついている。鈴木邦男が一水会という理論右翼の代表であったことは知っていたので、右翼と位置づけられるのは理解できるが、テレビや映画の制作者である森達也やジャーナリストの斎藤貴男が左翼とは知らなかった。
 この本は、この立場を異にする3人が現在の社会状況を論じるのだが、3人に共通するのは現在の日本の状況の危うさである。
 斎藤「いろいろな分け方があるけど、大きく分けて、全体の秩序を重視するのか、個人の尊厳を重視するのかという分け方がいちばん中止にあるんじゃないかなと思うね。だから、保守と言われている人でも、個人の自立性を重んじる人は、僕は好きですね。」「あと、現実の政治に関して言えば、一生懸命ものを考える人と、ものすごく短絡する人という分け方がいちばん正しいじゃないかと思うことがある。」(p28)
 森 「日本全体が一つの組織共同体になろうとしている。その過程で異物を排除する。つまり粛正です。このときの組織論的ダイナミズムは確かに左翼的体質なのだけれど、表層的に現れるのは、国家の誇りや民族の自尊心などの右翼的語彙。だから歪なんです。でも、これは変だよと世間に抗うと、お前は左翼と言われちゃう。二重、三重に倒錯している。」(p65)
 鈴木「左翼にはなりづらい、勉強しなくちゃいけないから。でも、右翼はだれでもすぐになれる。それで、ネットで書き込むのでも、左翼的なことというのは難しいけど、右翼は愛国心を訴えればいいから、だれでもできるんですよ。」(p191)

 右の意見も左の意見も、いちいち納得してしまう。彼らの言説の方が、議員のそれよりも、温厚なものにみえてしまう作今である。

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