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2005年9月25日 (日)

 『メディアの支配者』

○2005年9月25日(日)
『メディアの支配者』中川一徳 講談社

 近鉄とオリックスの合併問題を機に、一躍、世間に名前を知らしめたライブドアの堀江貴文が、フジテレビのアナウンサーに追いかけられている番組を観たのは何時のことであっただろうか。
 ニッポン放送の乗っ取り問題が収束した後、決着し衆議院が解散する前のことである。 堀江とフジテレビが表面的には握手をしたのであるから、フジテレビのバラエティ番組に登場しても不思議はないともいえるのだろうが、フジテレビの日枝は、金で何でもできると考えている堀江の人格を攻撃していたことを思い出すと、違和感をぬぐえなかった。
 このとき、日枝は、堀江のような若者を育てたことには、メディアにも責任もあると、自省を発言もしていた。
 ニッポン放送の問題が収束した後、フジテレビの番組作りは変わったとは思えない。相変わらずの面白ければいいという視聴率第一主義の番組がずらりと並んでいる。
 フジテレビが経済的支援をしている産経新聞は、戦後の教育をダメにしたのは日教組であると攻撃しているが、今、子どもたちに圧倒的な影響力を与えているのは、テレビであり、その象徴がフジテレビの面白主義であり、テレビの影響力の前には、教師の存在など、影が薄くなっている。
 産経新聞は、テレビの面白主義、バラエティ化についてどう考え、批判しているのであろうか、朝日新聞を批判すると同様のスタンスでフジテレビを批判することが多々あるのではないだろうか。
 最近のテレビの面白主義、バラエティ化は、観る者の思考を停止させ、同一パターンのものを繰り返すことによって、ある意味のサブミナル効果をもたらしている。
 一つの方向で大騒ぎをすることによって、すべてをそちらに向かわせる。飽きてきそうになると、次のことで大騒ぎをして、前のことを忘れてしまう。
 プロ野球への参入問題から、まだ、1年も経っていない。その後のニッポン放送の乗っ取り問題、そして、衆院選の出馬問題と話題には事欠かないが、マスコミが大騒ぎをすればするほど、風化も早い。その理由は、じっくりと、深く考えずに、表面的な事象のみを追いかけているからである。

 『メディアの支配者』は、鹿内信隆が、フジサンケイグループを作り上げ、支配をしていった歴史から始まり、後継者とした息子春雄の死、突然の後継者となってしまった娘婿の宏明のおかれた状況を克明に描いている。
 そして、ニッポン放送の乗っ取り問題で、マスコミにたびたび登場した日枝は、サンケイ新聞の代表者であった宏明の解任を画策し、フジサンケイグループからの放逐に成功していく。
 鹿内信隆から、日枝に至るまで、支配者となり、権力を振るっていく様は一環している。渦巻く権力の抗争の中には、メディアとしての資本主義的な戦略は生まれてくるかもしれないが、メディアのもつ意義が問われることがないことも一環している。
 ここに登場する各界の人たちも、この権力抗争の中にあっては、権力を掴んでいく者を見極め、権力に追従していき、理念をもって行動しているようには思えない。
 目についたのは、日枝の権力奪取に成功したときの司馬遼太郎である。日枝が、宏明の解任に成功した直後に、司馬は、産経新聞の幹部に「おめでとう。産経もよくなりますね。」とするファックスを寄せたという。司馬は、産経新聞のOBで、フジサンケイグループが誇りとする作家であり、その過程で、鹿内信隆らと、様々な確執があったであろうということは想像できなくないが、司馬がフジサンケイグループというメディアをどうみていたのだろうかが見えてこない。時代を見据えていたといわれる司馬は、日枝が推し進めていたフジテレビの面白主義をどうとらえていたのだろうか、と考えてしまった。
 
 
 

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2005年9月23日 (金)

『インテリア』

○2005年9月23日(金)
   『インテリア』 ウディ・アレン監督

 ウディ・アレンの映画を観たくなった。
 三連休、久しぶりに、家にこもってのんびりしている。ウディ・アレンを観るのは心穏やかな時に限る。といっても、ウディ・アレンの映画を熱心に観ているわけではないし、映画の知識も特にない。
 砂浜に面した別荘、豪勢ではないが、落ち着いた木造の建物の窓からは、こどもたちが遊んでいる姿が見えている。
 静かな映画である。ウディ・アレン特有の過剰な会話はなく、会話よりは、音が記憶に残っていく。
 ストーリーも、淡々と進んでいく。三人の娘を持ち、経済的に裕福な一家の話である。長女は詩人、次女は作家、三女はテレビ女優、それぞれ悩みを持っているが、自立している。ある日、アーサーは、娘達に、30年連れ添った妻イブと別居をしたいと宣言する。インテリア・デザイナーでもあるイブは、自分なりの美意識をもって、家庭を支配してきたのだが、アーサーはそれに耐えることができなくなったというのである。こどもたちも、イブの美意識にはついていけないところがあるが、イブもアーサーを愛しており、二人を冷静に見守っている。
 イブは、アーサーの気持ちが理解できずに、さらに、狂気の世界に入りつつある。アーサーは、離婚をし、パールと結婚をしたいと宣言する。パールは、陽気で社交的な女性であるが、イブのもつ繊細な美意識とはかけ離れた存在である。
 
 イブが、別荘で、自殺を図る。ドア、窓の隙間に、黒のテープを張っていく。張られていくテープの画と音が静かに迫ってくる。
 過剰な会話がないように、家族が崩壊していくことの説明もそれほどない、こどもたちも、父や母にことさら優しく接していく。大声で、非難することもない。知的ではあるが、哀しい情景である。泣き叫んでも解決しないことを知っている。
 この家族の崩壊の原因は、アーサーにあるのか、イブにあるのか。観る者の立場や思い入れにによって異なってくるのであろう。イブの美意識の思い入れの強さの描かれ方に対し、アーサーの性格の描写が少ない分、アーサーに対する共感の方が大きいのかもしれないと思いながらも、原因は、どちらにもあり、どちらにもないという平凡な結論に辿り着いた。
 単純に、白黒をつけたがる最近の風潮とは異なる余韻に包まれた映画であった。

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2005年9月22日 (木)

『柳生薔薇剣』

○2005年9月22日
 『柳生薔薇剣(そうびけん)』  荒山徹 朝日新聞社

”一行がかの耳塚を目にしたのは、この時のことである。秀吉は朝鮮出兵の際、首級は重いからと、敵兵の死体のみならず生者、しかも女、子供を問わず鼻を削ぎ落とし、塩漬けにして桶に詰め、日本へ送らせた。その数は万余を超す。かかる蛮行の証が、京都方広寺大仏殿の門前に築かれた通称耳塚こと、その実「鼻塚」なのであった。”

 今日の午後、宇都宮に出かけることになっている。鞄に入っているのは、『メディアの支配者』の上巻、後100ページほどで読み終わるのだが、下巻は家に置いてある。つなぎに、読む本を物色するために、虎ノ門書房に寄ることにした。
 来月、乱歩の生まれ故郷の三重県の名張に行く。名張行は、ここ数年来の恒例となっている。名張から柳生の里に行ったことを思いだし、柳生物がないかと探していたら、平台に『柳生薔薇剣』が並んでいた。久しぶりの時代小説である。
 秀吉は、文禄元年(1592年)と慶長2年(1597)と2度にわたり、朝鮮に出兵をしている。「大系・日本の歴史」(小学館文庫)によれば、この2度の侵略戦争により、朝鮮の耕地は3分の1となり、日本に強制連行された朝鮮人捕虜は5-6万人をくだらないという。連行された捕虜は、陶芸や印刷などの文化を日本に伝える役割を担ったが、その多くは日本に定住したり、奴隷として外国に売られたという。

 「柳生薔薇剣」は、肥後隈本藩の貴月主馬のつ妻うねが、鎌倉の東慶寺に駆け込んだ。うねは、朝鮮で主馬のにより命を助けられたのが縁で主馬のつまになり、肥後で幸せな生活を送っていたのだが、日本に連行された朝鮮人を強制帰国させることを求める朝鮮の使節団の要求に応じ、うねの帰国を命じた主君に逆らい、東慶寺に駆け込もうと逃げたが、夫と3人の子どもは、討ち死にの目にあってしまった。
 うねをかくまう東慶寺の住持は、豊臣秀頼の遺児で、千姫の嘆願により助命された天秀尼である。天秀に想いを寄せる三代将軍家光は、柳生但馬守宗矩に密かに寺を守るように命じる。宗矩は、男子禁制の東慶寺に、実の娘を矩香を遣わす。矩香は、柳生十兵衛をもしのぐ、美貌の剣の使い手であった。
 三代将軍とその弟である忠長の対立を背景に、神子典善などの名だたる剣豪、剣豪伊賀の忍者や朝鮮の妖術師などの暗闘に、矩香は戦い抜くのだが、最後に相手となったのは、幼なじみの幕屋大休であった。

 冒頭の文章に書かれている耳塚は、秀吉を祭る京都の豊国神社の西側にある。数年前、東山を散策していた折りに、耳塚を初めて知った。恥ずかしながら、秀吉の朝鮮出兵は、朝鮮征伐と頭の中にインプットされているが、その意味が理解できていなかった。その昔の西部劇のインディアンの掃討程度の認識でしかなかった。
 耳塚の存在から、朝鮮侵略や強制連行は、太平洋戦争だけのものではないことを認識した。この話を、文化財の修復をしている京都の友人に話したら、研修のために、日本にきている韓国人の技術者が、加藤清正に関わる文化財の修復はしないという。
 500年前のことでも、忘れない人がいるということである。
 日本でも、会津と薩摩、吉良と浅野が、やっと握手をしたという類の話があるし、古代神話の時代がいつ頃のことか知らないが、神代のからの歴史を大切にするのであれば、500年前のことも記憶しておく必要がある。
 著者の荒山徹は、新聞社、出版社勤務を経て、韓国に留学し、日本と朝鮮を舞台にした時代小説を書いているという。
 「柳生薔薇剣」は、朝鮮と日本の関係を背景に、柳生但馬守のおなじみの策謀を、魅力的な女剣士を絡めたエンターテイメント小説として楽しんだ。

 耳塚のことは、 http://www.kyoto-wel.com/mailmag/ms0202/mm.htmに書かれている。

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2005年9月18日 (日)

『シー・ウルフ』

○2005年9月18日(日)
  『シー・ウルフ』 監督アンドリュー・V・マクラグレン
   
    次回の映画の会は、戦争映画をという話になった。
    戦争映画には、あまり関心がない。映画の会は、私より、5-10歳程度上の人たちが多いということもあって、ヨーロッパ戦線であれ、太平洋戦線であれ、第二次大戦中の軍事行動に詳しいし、活躍した戦艦、飛行機などこともよく知っている。
    団塊の世代である私にとって、戦争といえば、ヴェトナム戦争である。ヴェトナム戦争を扱った映画といえば、「プラトーン」や「ディア・ハンター」などその恐怖に身につまされてしまい、家でDVDを観るのもつらい。
    戦争の形態も、ヴェトナム戦争あたりから、変わってきたことにもあるかもしれない。戦争でボタンを押すということは、かつては、核兵器のボタンを押すことであったが、現在は、ほとんどの戦争が、レーダーを使い、ボタンを押すという作業になってきている。さながら、ゲームによるバトルである。
    ボタンを押す者は、安全な場所にいて、人を殺すという作業は、ディスプレーの向こうで起きるに過ぎない。東京大空襲や、原爆投下も同じ側面があるが、自分の目で見るか、ディスプレーの向こうに見るかの違いは大きい。
    息子の塾の先生が、バトル・ゲームに興じる息子たちに、戦争になれば、君たちはすぐに、優秀な兵隊になることができるといったという。その言葉の真意はどこにあるか、不明なところがあるし、非常識として非難すべきことなのかもしれないが、多くの子供達にゲームに興じさせているという日本の社会は、きたるべき戦争に備えて、優秀な戦士を育てているという面があることは否めない。
    バトル・ゲームが、人を殺したり、殴り合ったりするものであるからけしからんということではない。それよりも、ゲームの世界が、反射神経の戦いで、ゲームに勝つためには、脳内の思考を停止し、ディスプレーからの情報に、指がいかに早く反応するかの戦いだからである。
   
    長々となったが、このようなことから、我が家のDVDの棚にある戦争映画は、「特攻大作戦」、「眼下の敵」、「頭上の敵機」程度である。未見のものが一つ、アンドリュー・V・マクラグレン監督の「シーウルフ」があった。1500円の特価ということで購入したものである。
    第二次大戦の末期、インド洋が舞台である。連合艦隊の軍艦が、ドイツの潜水艦Uボートにより、次々と撃沈されている。艦隊の情報が敵に漏れているのだ。
    ピュー中佐(グレゴリー・ペック)とキャビン・スチュワート大尉(ロジャー・ムーア)は、グライス中佐(デイヴィッド・ニーブン)の命により、インド西海岸に位置するゴアの町に潜入し、情報を流しているのが、ゴアの町に停泊しているドイツの商船であることをつきとめるが、ゴアが中立国にあるため、連合軍は、直接攻撃することができない。
    そこで、18世紀に設立されたカルカッタ軽騎兵隊が登場する。祖国のためなら何時でも立ち上がることを目的としたパートタイム志望兵の集まりである。従って、退役軍人などの中年の男たちの集まりである。
    おんぼろの船で、カルカッタからインド西海岸にあるゴアまでの航海も、船酔いに襲われたり、エンジンが壊れたりと、中年の男のようによたよたとゴアの町に辿り着き、商戦の攻撃を開始する・・・。
   
  1980年製作の映画であるから、一番若いロジャー・ムーア(1927年生)でさえ53歳、グレゴリー・ペック(1916年生)は64歳、デビッド・ニーブン(1910年生)は70歳である。
  二枚目俳優の老いた姿を観るのはつらい部分もあるが、いかにその老いをうまく見せるかというのも、映画の面白さである。ヘンリー・ファンダの「黄昏」のようにしっとり見せるのもいいが、クリント・イーストウッドの「スペース・カーボーイ」のように、プロットに老いをうまくからませると、上質なエンターテイメントとなる。
  「シーウルフ」は、後者の映画であるが、ロジャー・ムーアが007の頃の2枚目風の役を演じているあたりは苦しい役どころであった。もっと、若い俳優を使って、老兵との対比を際だたせたほうがよかったように思える。
  このような気分で、映画を観終わると、若いと思っている内に、還暦が目の前となり、現実をどのように振る舞っていけばいいのかととまどう我が身がそこにあった。

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2005年9月16日 (金)

『勝利への脱出』

○2005年9月16日
『勝利への脱出』 ジョン・ヒューストン監督

 久々に、午後9時頃に帰宅した。若干、二日酔いで、寝不足気味ということである。
10時前に、食事を終えたので、映画を観ようと思うのだが、何を観るかが決まらない。このような時には、肩の凝らない映画に限ると、ジョン・ヒューストン監督の『勝利への脱出』を久々に観ることにした。
 第二次大戦中の捕虜の脱走映画といえば、スティーブ・マックイーンの「大脱走」をはじめ数多くあるが、「勝利への脱出」は、ペレやボビー・ムーアなどの往年のサッカーの名選手が登場するサッカーのからんだ脱走映画である。
 舞台は、ドイツのゲンズドルフ収容所。鉄条網の中で、サッカー・ゲームをする連合軍捕虜たちの中に、英国ナショナル・チームの代表選手であったコルビー大尉がいる。ドイツの代表であったシュタイナーは、コルビー大尉にドイツ兵と連合軍の捕虜のサッカー試合をもちかける。コルビーたちは、サッカーの試合を利用して脱走計画を進めようとし、ドイツ軍は、この試合を対外宣伝に利用しようとする。

 コルビー大尉に扮するのはマイケル・ケインである。往年の名選手という役柄でなのだが、サッカーをするには少し太り気味で、鈍重そうである。
 マイケル・ケインといえば、「探偵スルース」や「アルフィー」などもよかったが、「国際情報局」や「10億ドルの頭脳」などのハリー・パーマー・シリーズのあおの飄々としたケインが何ともいえず好きなので、鈍重なケインを観るのはつらいところもあった。
 サッカー・シーンも全体的に、中年おじさんの動きだし、ゴールを守るシルベスタ・スタローンもいまいちからまわり風。やはり、光るのは、ペレのバックでのシュート・シーンである。その昔、ロードショーで観た時の感激の気持ちを思い出した。
 1981年製作の映画であるから、20数年前のことである。Jリーグもなかったし、ワールド・カップも身近なものではなかった。サッカーといえば、高校生の天皇杯サッカーくらいだったと思う。それでも、ペレの名前くらいは知っていた。
 サッカー・シーンを鈍重に感じたのは、こちらの見る目が肥えてきたのかもしれない。大リーグの試合を見慣れてしまうと、日本のプロ野球が鈍重にみえてしまうのも、仕方がないことか・・・。

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2005年9月15日 (木)

『モンスター』

○2005年9月15日(木)
 『モンスター』 ジョナサン・ケラーマン 講談社文庫

 久々に、ジョナサン・ケラーマンを読んだ。
 小児臨床心理医のアレックス・デラウェアが主人公のシリーズ物である。

 日本の社会も、精神科医、カウンセラー、臨床心理士という職業がなじみ深いものになってきた。軽い鬱症状を訴える人から、統合失調症などの症状を呈する人も目につく。仕事柄もあるが、私もこのような症状をもつ人に接することが時折ある。
 精神科の医者にかかったらとか、カウンセルを受けたらなどと、アドバイスをする。精神的な問題といっても、病的な疾患から、単なる心理的な相談で対処できそうなこともあるが、その境界がよくわからない。まずは、精神科医に相談をしてから、そのアドバイスに従って・・・ということになるのであろうが、これが結構難しい。
 
 臨床心理医の仕事の内容を知りたいとネットで検索したら、医者ではなく、臨床心理士という資格の情報が数多くヒットする。
 時代の状況に合わせて、心理学やカウンセリングを学びたいとか、臨床心理士になりたいとする人たちも多く、実際に臨床心理士の資格を取得する人も年々増えているらしい。
 臨床心理士は、国家資格ではなく、文部科学省認可の財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定する資格である。1998年の創設後、2004年までの15年で、有資格者は約12,000人になるという。
 彼らは、臨床心理士とかカウンセラーなどという名称で、仕事をしている。
 この他にも、産業カウンセラーなどの資格もあるが、これも国家試験ではないようである。
 これに対し、精神科医は、医学部を卒業して国家試験を通り、2年間精神科の研修を受けることが必要である。日本では、患者さんの症状を聞いたあと、薬を処方するといった薬物療法が中心の精神科医が多く、精神療法を行う医者は多くない。精神療法が浸透しないのは、健康保険の点数になりにくく、患者はいわゆる3分間診療しか受けることができないというの実態のようである。
 これに対し、臨床心理士は、心理検査や心理療法を通して、心の問題の相談に乗っているのであるが、薬を処方することはできない。
 当然のことながら、精神科医や臨床心理士といっても、その資格者であれば誰でもいいというわけではない。精神科医と臨床心理士が、連携をとって、時間をかけて対処してもらうの望ましいようであるのだが・・・

 アレックスはどうかというと、現在は、臨床心理医の仕事より、もっぱらロス・アンジェルスのコンサルタントの仕事をしているようである。報酬をどの程度もらっているのか、分からないが、少なくともこの本では本業をしていない。
 俳優の卵に続いて、女性心理医のクレア・アージェントが殺される。2人とも、喉を裂かれ、目をつぶされていた。アレックスは刑事のマイロとともに、クレアの勤務先であるスタークウェザー病院を訪れる。殺人を犯した精神病患者を収容している病院である。
 クレアは、郡立総合病院の研究職を辞め、スタークウェザー病院に勤務している。病院の関係者からも、離婚をした夫の話からも、クレアの実像は浮かんでこない。
アレックスらは、クレアの同僚職員から、クレアが関わっていた患者アーディス・ピークが、クレアの死を予言していたという話を聞く。ピークは、16年前、一家4人を惨殺し、モンスターと名付けられた精神病患者である。
 しゃべることもなく、精神病院に収容されたピークは、果たして「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターなのかという興味で話は進んでいき、ケラーマンらしい心理学的な知的な謎の解明となっていく。
 ストーリーの展開により、関心が拡散してしまって残念なのだが、クレアが連続殺人を犯した精神病患者を身近に観察し、のめり込んでいく動機が身につまされる。クレアの兄は近所の家族を惨殺している。
 このような兄をもった家族が世間の目にさらされるとき、どう対処していくのだろうか。
クレアの解決方法は、世間に心を開くことなく、殺人を犯した精神病患者の心を開いていくということだったのであるが・・・。

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2005年9月13日 (火)

『牛泥棒』

○2005年9月13日(火)

    『牛泥棒』 ウィリアム・A・ウェルマン監督

    月1回の映画を観る会も、100回近くになった。
    今回は、ウィリアム・A・ウェルマン監督の『牛泥棒』。
    「ヘンリー・フォンダ主演。実話を基に製作された、幻の西部劇傑作!」とDVDジャケットにある。テレビ放映はされたようであるが、劇場未公開である。
    何の惹句もない、牛泥棒という素っ気ないタイトルであったが、何の気なしに購入したのだが、観れば観るほど、よくできている映画である。
    ネヴァダの田舎町の酒場、ヘンリー・フォンダら2人のカウボーイがやってくる。寂しい町である、1匹のやせた犬がとぼとぼ歩いている。
    フォンダは、酒場で、昔なじみの女と再会の約束をしているが、女は他所に行ってしまったという。そこに、牧場主が3人の牛泥棒に殺されたといい知らせが入り、自警団が組織される。リンチを戒め、捕まえたら裁判にかけり、時間のかかる裁判などじれったい、捕まえたらすぐに処刑をすることこそ、殺された男の仲間としてしなければならないことだとする議論が酒場の前で行われる。
    フォンダも自警団についていくことになり、途中、金持ちと結婚した女と会うなど、西部劇らしい伏線がでてくるのだが、ここらあたりの話は後に続いていかず、映画は、リンチの是非をめぐっての延々とした話になっていく。
    自警団は、野営をしている3人組を捕まえる。3人組は、牛は牧場主から購入したものだという。処刑をしてしまえ、町で裁判にかけろという議論が行われたが、多数決で処刑をしてしまう。
    町に戻った自警団は、牧場主は負傷したのみで、真犯人も捕まっているという知らせ受けるのであった。
    フォンダが処刑された男から妻に宛てた遺書を託されていた。その遺書には、「おれの苦痛は一瞬だが、彼らは終生、良心の呵責からのがれられまい。気の毒にさえ、おれは思えてくる」等等が書かれていた。遺書を読み上げたフォンダが去った町の通りには、ファースト・シーンに登場した犬が反対方向に歩いて終わる。
    痛快な西部劇ではないし、遺書も処刑寸前に書いたものにしては立派すぎるとは思うのだが、淡々と描きながらも、テーマ性をもつ西部劇としては秀逸である。
    この映画が作られたのは、1943年である。
    9.11によって失ってしまったアメリカの懐の深さを表した映画といえる。

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2005年9月11日 (日)

『ゲット・ショーティ』(

○2005年9月11日(日)
    『ゲット・ショーティ』(バリー・ソネンフェルド監督)
   
 土曜の夜ではなく、日曜の午前2時過ぎに起き出して、DVDを観るのが習慣となりつつある。
 「ビー・クール」が公開されているが、これを観る前に、eエルモア・レナードのチリ・パーマー物の第1作『ゲット・ショーティ』を観ることにした。
 マイアミで高利貸しの取り立てをしているチリ(ジョン・トラボルタ)は、大の映画好きである。借金を払わずに、姿を消したクリーニング屋を追って、ラスヴェガスからロス・アンジェルスにやってきたチリは、映画プロデユーサーのハリー(ジーン・ハックマン)と意気投合し、映画作りにのめりこむ。ビッグ・スターと出演交渉を始めたチリだが、当意即妙に、金を求めて群がる男たちをかわしていく。
 この映画のジョン・トラボルタも、ジーン・ハックマンもそれほど、魅力的ではないのだが、テンポのいい展開と小気味のいい語り口のセンスが光るコメディ映画である。
 夜な夜な観るには、肩の凝らず、興奮もしない心地よい映画なので、午前4時過ぎ、さほどの就眠儀式もせずに、眠りにつくことができた。
 「黒い罠」のオーソン・ウェルズや「リオ・ブラボー」のディーン・マーチンなどの映画の場面がでてきた。次は、「黒い罠」でも観ることにしよう。

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『有栖の乱読』

○2005年9月9日(土)
    『有栖の乱読』 有栖川有栖 メディア・ファクトリー
   
 少年探偵団、ルパン、ホームズ物から、本格的なミステリを読むようになったのは、小学校の6年の頃である。
 小学生の頃は、叔父の家にあった早川ポケット・ミステリ・ブックスを借りてきては読んでいた。「本格的なミステリ」といっても、本格ミステリではなく、エド・マクベインの87分署シリーズ、E.S.ガードナーのペリー・メイスン・シリーズを読んでいた。ミッキー・スピレーンやカーター・ブラウンなども読んでいた。借りて読んでいたので、今は手元にない。
 自分でミステリを買いだしたのは、中学に入ってからである。中島河太郎の『推理小説ノート』(社会思想社)がガイドブックであった。文庫本で、一番手軽に手に入ったガイド・ブックであった。
 クイーン、クリスティ、カーなどの諸作は、この本の記載に従って読んでいった。ただ、好みは、本格ミステリには行かず、ロス・マクドナルドやチャンドラーなどのハードボイルドミステリの方に向いていた。
 それでも、ミステリを読む基礎知識は、「推理小説ノート」にあげてあるミステリを読むことによって培われたものが大きかった。
 ミステリの出版が飛躍的に増え、ミステリ小説を愛好する人も沢山いるが、ミステリの面白さの醍醐味を感じさせる本にどれだけたどり着くことができるのかというと、出版点数だけがやたら多いだけ、難しいともいえる。
 『有栖の乱読』には、有栖川が子どもの頃からミステリ作家を目指したとしており、その遍歴が書かれている。小学生や中学生のあたりは、私の読書体験と50歩、100歩といったところだが、高校時代となると、ミステリだけではなく、ラディゲやランボー、三島由紀夫、さらにはカフカ、ドストエフスキーなどと、一時代前の文学青年かと思うほどに幅が広くなっている。
 その有栖川のお薦めの100冊のミステリが1冊、1ページ宛紹介されている。
 シャーロック・ホームズや怪盗リュパンから、奥泉光や京極夏彦まで、欧米から日本、古典(といっても、ミステリでは1920年代のものとなるが)から現代まで、ホラーからSFミステリまでと、その視野は広い。
 若者向けの読書誌ダ・ヴィンチに連載されたものだから、非常に懇切、丁寧なガイド・ブックになっている。
 初心者向けといいたいところだが、私も読んでいない本が沢山ある。このガイドに、日本のミステリを読んでいこうかと思うのだが、品切れとの記載があるものが目につく。
 まずは、本を探すことから始めよう。

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2005年9月 6日 (火)

『天使のナイフ』 

○2005年9月6日(火)
 『天使のナイフ』 薬丸岳 講談社

 大阪にいるTさんから、今年の乱歩賞は当たりだよとの電話があった。
 当方の感性がにぶってきたのか、書店で棚を眺めても、感興を呼び起こされることが少なくなった。乱歩賞ということで、購入はしていたのだが、読もうとする意欲がわかず、机の上に積んだままにしてあった。
 『天使のナイフ』は、窃盗に入った少年たちに妻を殺された男が主人公である。男は、一人で幼子を育てながら、コーヒー・ショップを経営している。店の近くの公園で、妻を殺した少年の一人が殺害され、男は容疑者となる。男は、妻を殺した少年たちを殺してやりたいと、テレビで話したことがあった。
 罪を犯した少年の厳罰化、加害者の人権よりも被害者の人権をという最近の流れにそったストーリーが展開していく。
 弁護士をしていると、現実に、加害者側の相談を受けることもあるし、被害者側の相談を受けることもある。それに、事件も、一つ、一つが異なった様相を呈しているので、一概に語ることができない。それだけに、最初の内は、また、この手の話かという印象が強かった。平成13年度の「13階段」なども、もういいやと思い、途中で投げ出してしまった。
 ただ、「天使のナイフ」は、謎の引きづり方がうまく、最後まで一気に読み通した。謎の展開のしかたが、小説のテーマと首尾良くシンクロし、輻輳する事件に深みを与えている。最後の弁護士との対決シーンについては、唐突という感じもするのだが、読む者によってそこがいいという人もいるのだろうとか。
 最後に、作者が参考とした20冊以上の文献の一覧を掲載している。この一覧を観ても、作者のバランスのいい目配りのよさが見えてくる。小説を書く以上、この程度の勉強はしなさいということであろう。

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2005年9月 4日 (日)

『ピアノ・ブルース』 

○2005年9月4日(日)
 『ピアノ・ブルース』 監督クリント・イーストウッド

 素顔のクリント・イーストウッドが、スタジオにあるピアノの前に、レイ・チャールスと座り、ピアノがかなでるブルースの話をしている。
 レイ・チャールスが亡くなる直前の映像であるが、ブルースを語るレイは、すこぶるご機嫌である。つい先日、映画『レイ』を観たばかりである。レイに扮したジェイミー・フォックスが、レイの雰囲気を見事に演じていることが今更ながら、再認識した。
 そういえば、この間観た「或る殺人」に登場したデユーク・エリントンも、出てきていた。
 イーストウッドは、スタジオに招いたレイその他のピアノ・プレイヤーとブルース、そして、ピアノ・ブルースについて語り合うのだが、その合間に、ミード・ルクス・ルイスやアルバート・アモンズ、ピート・ジョンソン、マーサ・デイビスなど名前だけ知っているとか、名前も知らない様々なブルース・ミュージッシャンのプレイ・シーンが出てくる。
 冒頭、レイ・イッツとのファット・アイ・セイのシーンがでてくるように、オスカー・ピーターソンからファッツ・ドミノまで、すべてピアノ・ブルースというジャンルでとらえている。異質とも思えるミュージッシャンの各シーンのつなぎ方が非常にうまく、説得力があり、アメリカの音楽はすべてブルースだという気分がいっぱいの映画である。
 ピアノを弾く若きイーストウッドの映画シーンまで登場する。
 このドキュメントは、昨年のブルース・プロジェクトの一環で、テレビで放映されたのだが、イーストウッドは劇場公開を拒絶していた。劇場という堅苦しいところではなく、リラックスした家庭のソファで、気軽に観てもらうほうが、この映画の意図を理解してもらえると思ったのかもしれない。
 この原稿を書いている際にも、傍らにあるディスプレーに映像を流しているのだが、出演者の雰囲気も、その横で、リラックスして、聴き、会話をするイーストウッド、家庭的な照明、これらのすべてが、家で何度も観てほしいと語りかけてくるのだ。

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2005年9月 3日 (土)

『報復という名の芸術』

○2005年9月3日(土)
 『報復という名の芸術』ダニエル・シルヴァ 論創社

 ”「復讐は悪いことではないということだ。復讐は健全なことだ。魂を清める」
  「復讐は次の殺しと復讐へと導くものでしかない。テロリストを皆殺しにしても、自ら石でも銃でも手に取り、出番を待つ少年が絶えることはない。サメの歯みたいなものですよ。一本だめになれば、代わりに一本生えてくる。」”
 
  絵画の修復士であるガブリエル・アロンは、イスラエルの諜報機関<オフィス>のお暗殺工作員である。ガブリエルの標的は、パレスチナ人のテロリストであるタリク・アルホウラニ。
  アロンは、ブラック・セプテンバーの一員であったタリクの兄を殺害した。タリクは、その17年後、アロンの妻と子をアロンの目の前で殺して復讐を遂げていた。
  ファッション・モデルのジャクリーヌは、オフィスの女性工作員として、タリクの一味に潜入し、アロンに協力する。アロンとジャクリーヌは、テロリストの暗殺作戦を共にし、一時は愛し合う仲であったが、アロンの妻子の死により、2人の関係は途絶えていた。
  タリクは、イスラエルとの和平交渉を進めるアラファト議長の暗殺
  ジャーナリスト出身のシルヴァは、イスラエルの諜報機関のアロンを主人公にはしているが、アロン、タリクそして、ジャクリーヌの出自と現在を通して、パレスチナとイスラエルとの相克の歴史を的確に描こうとしていることには好感をもてるが、近時のパレスチナ・テロリスト対欧米の諜報機関という図式を超えてはいない。ただ、タリクがアラファトと相まみえる終章のシーンはきらっと光るものがあった。
 
  今年の刊行された外国のミステリは、著作権が切れたような古い作品ばかりが目につき、新しい小説にこれといったものがない。
  門外漢ながら、ここ数年、文化財の保存修復に携わっているNPOに関わっている。主人公が絵画の修復士という表紙の惹句に飛びついたが、絵画の修復の場面にはそれほど新味はなかった。次作以降に、ストーリーとどのように絡んでくるのか、期待している。

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