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2005年9月23日 (金)

『インテリア』

○2005年9月23日(金)
   『インテリア』 ウディ・アレン監督

 ウディ・アレンの映画を観たくなった。
 三連休、久しぶりに、家にこもってのんびりしている。ウディ・アレンを観るのは心穏やかな時に限る。といっても、ウディ・アレンの映画を熱心に観ているわけではないし、映画の知識も特にない。
 砂浜に面した別荘、豪勢ではないが、落ち着いた木造の建物の窓からは、こどもたちが遊んでいる姿が見えている。
 静かな映画である。ウディ・アレン特有の過剰な会話はなく、会話よりは、音が記憶に残っていく。
 ストーリーも、淡々と進んでいく。三人の娘を持ち、経済的に裕福な一家の話である。長女は詩人、次女は作家、三女はテレビ女優、それぞれ悩みを持っているが、自立している。ある日、アーサーは、娘達に、30年連れ添った妻イブと別居をしたいと宣言する。インテリア・デザイナーでもあるイブは、自分なりの美意識をもって、家庭を支配してきたのだが、アーサーはそれに耐えることができなくなったというのである。こどもたちも、イブの美意識にはついていけないところがあるが、イブもアーサーを愛しており、二人を冷静に見守っている。
 イブは、アーサーの気持ちが理解できずに、さらに、狂気の世界に入りつつある。アーサーは、離婚をし、パールと結婚をしたいと宣言する。パールは、陽気で社交的な女性であるが、イブのもつ繊細な美意識とはかけ離れた存在である。
 
 イブが、別荘で、自殺を図る。ドア、窓の隙間に、黒のテープを張っていく。張られていくテープの画と音が静かに迫ってくる。
 過剰な会話がないように、家族が崩壊していくことの説明もそれほどない、こどもたちも、父や母にことさら優しく接していく。大声で、非難することもない。知的ではあるが、哀しい情景である。泣き叫んでも解決しないことを知っている。
 この家族の崩壊の原因は、アーサーにあるのか、イブにあるのか。観る者の立場や思い入れにによって異なってくるのであろう。イブの美意識の思い入れの強さの描かれ方に対し、アーサーの性格の描写が少ない分、アーサーに対する共感の方が大きいのかもしれないと思いながらも、原因は、どちらにもあり、どちらにもないという平凡な結論に辿り着いた。
 単純に、白黒をつけたがる最近の風潮とは異なる余韻に包まれた映画であった。

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