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2005年9月13日 (火)

『牛泥棒』

○2005年9月13日(火)

    『牛泥棒』 ウィリアム・A・ウェルマン監督

    月1回の映画を観る会も、100回近くになった。
    今回は、ウィリアム・A・ウェルマン監督の『牛泥棒』。
    「ヘンリー・フォンダ主演。実話を基に製作された、幻の西部劇傑作!」とDVDジャケットにある。テレビ放映はされたようであるが、劇場未公開である。
    何の惹句もない、牛泥棒という素っ気ないタイトルであったが、何の気なしに購入したのだが、観れば観るほど、よくできている映画である。
    ネヴァダの田舎町の酒場、ヘンリー・フォンダら2人のカウボーイがやってくる。寂しい町である、1匹のやせた犬がとぼとぼ歩いている。
    フォンダは、酒場で、昔なじみの女と再会の約束をしているが、女は他所に行ってしまったという。そこに、牧場主が3人の牛泥棒に殺されたといい知らせが入り、自警団が組織される。リンチを戒め、捕まえたら裁判にかけり、時間のかかる裁判などじれったい、捕まえたらすぐに処刑をすることこそ、殺された男の仲間としてしなければならないことだとする議論が酒場の前で行われる。
    フォンダも自警団についていくことになり、途中、金持ちと結婚した女と会うなど、西部劇らしい伏線がでてくるのだが、ここらあたりの話は後に続いていかず、映画は、リンチの是非をめぐっての延々とした話になっていく。
    自警団は、野営をしている3人組を捕まえる。3人組は、牛は牧場主から購入したものだという。処刑をしてしまえ、町で裁判にかけろという議論が行われたが、多数決で処刑をしてしまう。
    町に戻った自警団は、牧場主は負傷したのみで、真犯人も捕まっているという知らせ受けるのであった。
    フォンダが処刑された男から妻に宛てた遺書を託されていた。その遺書には、「おれの苦痛は一瞬だが、彼らは終生、良心の呵責からのがれられまい。気の毒にさえ、おれは思えてくる」等等が書かれていた。遺書を読み上げたフォンダが去った町の通りには、ファースト・シーンに登場した犬が反対方向に歩いて終わる。
    痛快な西部劇ではないし、遺書も処刑寸前に書いたものにしては立派すぎるとは思うのだが、淡々と描きながらも、テーマ性をもつ西部劇としては秀逸である。
    この映画が作られたのは、1943年である。
    9.11によって失ってしまったアメリカの懐の深さを表した映画といえる。

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