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2005年9月 4日 (日)

『ピアノ・ブルース』 

○2005年9月4日(日)
 『ピアノ・ブルース』 監督クリント・イーストウッド

 素顔のクリント・イーストウッドが、スタジオにあるピアノの前に、レイ・チャールスと座り、ピアノがかなでるブルースの話をしている。
 レイ・チャールスが亡くなる直前の映像であるが、ブルースを語るレイは、すこぶるご機嫌である。つい先日、映画『レイ』を観たばかりである。レイに扮したジェイミー・フォックスが、レイの雰囲気を見事に演じていることが今更ながら、再認識した。
 そういえば、この間観た「或る殺人」に登場したデユーク・エリントンも、出てきていた。
 イーストウッドは、スタジオに招いたレイその他のピアノ・プレイヤーとブルース、そして、ピアノ・ブルースについて語り合うのだが、その合間に、ミード・ルクス・ルイスやアルバート・アモンズ、ピート・ジョンソン、マーサ・デイビスなど名前だけ知っているとか、名前も知らない様々なブルース・ミュージッシャンのプレイ・シーンが出てくる。
 冒頭、レイ・イッツとのファット・アイ・セイのシーンがでてくるように、オスカー・ピーターソンからファッツ・ドミノまで、すべてピアノ・ブルースというジャンルでとらえている。異質とも思えるミュージッシャンの各シーンのつなぎ方が非常にうまく、説得力があり、アメリカの音楽はすべてブルースだという気分がいっぱいの映画である。
 ピアノを弾く若きイーストウッドの映画シーンまで登場する。
 このドキュメントは、昨年のブルース・プロジェクトの一環で、テレビで放映されたのだが、イーストウッドは劇場公開を拒絶していた。劇場という堅苦しいところではなく、リラックスした家庭のソファで、気軽に観てもらうほうが、この映画の意図を理解してもらえると思ったのかもしれない。
 この原稿を書いている際にも、傍らにあるディスプレーに映像を流しているのだが、出演者の雰囲気も、その横で、リラックスして、聴き、会話をするイーストウッド、家庭的な照明、これらのすべてが、家で何度も観てほしいと語りかけてくるのだ。

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