« 『暗く聖なる夜』 | トップページ | 雑誌「NUMBER」640号 「圧勝」 »

2005年11月 3日 (木)

『獣たちの庭園』

○2005年11月3日(木)
 『獣たちの庭園』ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫 ☆☆☆

 ジェフリー・ディーヴァーの『獣たちの庭園』は、ナチスの政府高官ラインハルト・エルンスト大佐の暗殺の命を帯びたポール・シューマンが、1936年、ベルリンで開催されたオリンピックの選手団に混じってベルリンに潜入する話である。
 マフィアの仕事を請け負う殺し屋であるポールは、米国海軍情報部に、殺人の証拠を握られ、刑を免除するとの約束で、ドイツの再軍備を図るエルンストの暗殺を引き受けた。
 ポールが親しくなるアメリカの選手として、陸上のジェシー・オーエンスが登場する。
 ベルリンに潜入したポールは、仲間との会合地点で起きた殺人に巻き込まれてしまう。この殺人事件の犯人を執拗に追う刑事警察クリポのコールは、ナチスの突撃隊や親衛隊に対し、違和感を抱いている。
 一方、エルンストと対立するゲッペルス宣伝相は、エルンストを陥れようとする。
 ジェフリー・ディーヴァーお得意の次から次へのスリルとサスペンの連続を期待すると肩すかしをくってしまう。どちらかというと、1936年という時代背景に沿っているかのように、ひと時代昔のジョン・バカンのスパイ小説風ののんびりとした展開である。ポールは次々と事件に巻き込まれていくあたり、結構、まどろっこしいところもあるが、後半になると、ディーヴァーらしさの展開が見えてくる。
 まどろっこしいと思える展開、そして、ヒトラーではなく、エルンストを暗殺の標的としていることは、ナチスがドイツの実権を握り、第二次大戦に進む前夜のドイツ社会の雰囲気、ナチスの指導に疑問をもちながらも、体勢に従って行く市民たちの様子を、ナチスの台頭がヒトラー一人によるものではないことを、声高ではない調子で描いている。

 「地獄に堕ちた勇者ども」に登場した突撃隊のことが気になっていたが、「獣たちの庭園」にも登場するので調べてみた。
 突撃隊は、ナチス党の準軍事組織である。1925年ヒトラー個人を警護するための親衛隊(SS)が突撃隊から選抜された隊員たちによって結成される。そしての親衛隊の指導者となるのが、この小説にも登場するヒムラーである。
 突撃隊を率いるレームと対立するヒトラーは、1934年、レームら突撃隊指導部を粛清し、親衛隊は突撃隊から独立し、勢力を拡大する。「地獄に堕ちた勇者ども」の突撃隊の隊員が撃ち殺される場面は、「長いナイフの夜」と呼ばれるこの粛清を描いたものである。
 ベルリン・オリンピックは、日本では、水泳の「前畑頑張れ」や、陸上棒高跳びの西田修平と大江季雄が銀・銅メダルを半分ずつに割って作った『友情のメダル』の話はよく知られているが、ベルリン・オリンピックは、ヒトラーによるナチスの威光を世界に宣伝する場であった。
 『獣たちの庭園』のエピローグには、「アメリカのユダヤ人ランナー、ストーラーとブリックマンがリレーを欠場させられた」とある。
 アメリカは、ナチスの意向に屈したからなのだろうか。

|

« 『暗く聖なる夜』 | トップページ | 雑誌「NUMBER」640号 「圧勝」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『獣たちの庭園』:

« 『暗く聖なる夜』 | トップページ | 雑誌「NUMBER」640号 「圧勝」 »