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2005年11月 2日 (水)

『暗く聖なる夜』

○2005年11月2日(月)
『暗く聖なる夜』 マイクル・コナリー 講談社文庫 ☆☆☆☆☆

 自分のなかの記憶から覚め、ダイニング・テーブルにもどると、アート・ペッパーが《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》の演奏をはじめた。
   ジャック・シェルダンのトランペットとの共演だった。ペッパーがコール・ポーターのこのスタンダード曲を演奏しているうちの、すくなくとも二枚か三枚のヴァージョン違いのCDをわたしは持っている。いずれのヴァージョンでも、ペッパーはこの曲
に攻撃し、その臓腑をえぐりとっている。そうするのがペッパーの知る唯一の演奏方法であり、その容赦のなさがペッパーのいちばん好きなところだ。わたしがペッパーと共有したいと願っているところでもある。   
                            (上巻・p53)

 冒頭の場面に出会った時に、無性に、「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション」聴きたくなった。このアルバムの1曲目に《ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ》が入っている。
 マイクル・コナリーのハリー・ボッシュ・シリーズの新作である。
 ボッシュは、往年のサックス奏者シュガー・レイを探し出し、アルト・サックスを習っているほどのジャズ・ファンである。
 ついついボッシュのイメージとクリント・イーストウッドのイメージが重なってしまう。イーストウッドがジャズに傾倒しているということもあるのだが、マイクル・コナリーの『わが心臓の痛み』(扶桑社文庫)を原作とする映画「ブラッドワーク」のイーストウッドを思い浮かべてしまう。
 ただ、この映画では、イーストウッドは、心臓病のために引退した元刑事テリー・マッケイレブに扮しており、ボッシュとマッケイレブは、『夜より暗き闇』(講談社文庫)で一緒に登場するのだから、ボッシュがイーストウッドであれば、マッケイレブを誰が演じるのかということになってしまい、頭の中が混乱してしまう・・・。
 
 マッケレイブ同様、ボッシュもロス市警を退職したのだが、過去に担当した映画会社の社員である若い女性が自宅のの入り口で何者かに首を絞められて殺された事件を忘れることができない。ボッシュは、捜査にかかっているときに、殺された女性が勤めていた映画医会社の撮影現場で、小道具として運ばれてきた現金200万ドルの強奪事件に遭遇した。この2つの事件が関連しているのではないかという事態になって、市警本部の強盗殺人課が乗り出し、ボッシュは捜査から外されてしまい、事件も未解決となっていた。
 捜査に乗り出したボッシュに、今度は、FBIから厳しい警告を受け、妨害を受けるに至り、事件は思わぬ展開を呈していく。
 
 ヴェトナム戦争体験の影響を色濃く受けるマイクル・コナリーであるが、本書では、9.11の事件がサブ・テーマとなっている。9.11をどう受け止めるか、これからのハードボイルド・ライターの試金石である。

 ”「9月11日のあと、FBIの遵守すべきルールと手段を変更し、簡素化する法律を制定したとき、司法長官と下院が望んでいたのがまさにこのことだとわかってる?」
   「いや、わからない」わたしは答えた。「だが、彼らはなにが起こりえるか知っておくべきだったんだ。俗に言う、絶対権力は絶対的に腐敗するだったっけ? そんなものさ。いずれにせよ、この種のことがいつか起こるのは当然だったんだ。あらかじめ知っておくべきだった。この場合、違いは、かの地での中東の運び屋が相手ではないことだ。アメリカ市民なんだ。虐待されたのは、元警官、元警官で、任務遂行中に銃弾を受けて四肢麻痺に陥った人物なんだ。」(下巻 p46)

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