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2005年12月21日 (水)

『カリフォルニア・ガール』

○2005年12月21日(水)

  『カリフォルニア・ガール』      T・ジェファーソン・パーカー 早川書房

”テレビではベトナム関連のニュースが報じられていた。今日のわが国の人的被害は死者二十二名と発表されました。九月の戦死者の総数は五百三十九名です。この"紛争"でこれまでに一万八千四百八十名が犠牲となりました。敵の今日の死者数は二十六名です。次に、ジヨンソン大統領が画面に登場し、アメリカの決意は今後揺らぐことも変わることもないと述べた。
 続いて、村を救うために村そのものを破壊するという論埋について、ふたりのニュースキャスターが意見を戦わせた。
 画面がコマーシャル・・・・バニラクリームがよりクリーミーになった新しい<オレオ>・・・に切り替わると”   (p168)

 1968年10月、カリフォルニア州南西部の町で、頭を切り落とされた若い女性の死体が発見される。
 被害者のジャニル・ヴォンは、保安官事務所の部長刑事であるニック・べーカーの幼なじみであった。べーカーの4兄弟は、ヴォンの兄弟と殴り合いのけんかとなり、父親につられて、ヴォンの家を訪れたことがあった。ヴォンの家は貧しく、末娘のジャニルは、虐待を受けているように見えた。
 その後、ジャニルは家を出、町のミス・コンテストに選ばれたが、プレーボーイ誌のカバーガールになり、ミスの冠を剥奪されていた。
 カリフォルニア・ガールとは、オレンジの出荷用の木箱に貼られたラベル「オレンジを手にする漆黒の髪の美女」である。カリフォルニアの明るい太陽のもと、底抜けに明るいイメージをふりまく若い女性である。
 1965年にリリースされたビーチボーイズの代表的なヒット曲「カリフォルニア・ガール」は、「ウェスト・コーストには太陽があり、女の子はみんな小麦色」「アメリカに帰って、世界一キュートな女の子に会いに行こう」と歌っていった。
 この曲がリリースされた1965年は、アメリカが北ヴェトナムに爆撃を開始した年である。ヴェトナム戦争を開始した当初のアメリカは、強いアメリカを信じていた。ヴェトナム戦争の配色が濃くなり、厭戦気分に陥っていくのは、この後である。
 小説『カリフォルニア・ガール』は、カリフォルニア・ガールのジャニルの生と死の真相を軸に、べーカー兄弟が生きてきたアメリカという時代の実相を描いている。
 殺人の容疑者とされ、犯人として刑を受けたのは、現場近くにいたホームレスの男テリーであった。ニックは、テリーの容疑に疑問を持ちながらも、テリーを犯人とした。ニックの弟で、新聞記者であるアンディも独自に調査を進める。牧師となった長兄ディヴィッド、そして、CIAに入り、ヴェトナムで戦死した三男のクレイたち、4人の人生、生き様が物語に厚みを増している。
 何の変哲のないアメリカの一地方都市が、アメリカという国の中にどのように取り込まれているのか。
 この小説は、2004年という現在から、過去を振り返り、現在にいたって判明した真相へと長い時代をまたがっている。
 2004年という時代からすれば、アメリカは、ヴェトナム戦争の時代を忘れてしまい、9.11同時多発テロに関心が移り、テロ防止のためには、無差別な監視や盗聴などを正当化し、自己が正しいとする正義の御旗を振り続けている。
 今、何故、ヴェトナム戦争か。
 この時代を知る著者は、9.11ではなく、ヴェトナム戦争の時代を描くことこそ、今のアメリカにとって大切なことであるとしているに違いない。

” テトニー(FBIの捜査官)はさらに言葉を続けた。わたしたちは犯罪者のように考える術を身につけなければなりません。なぜなら、最近わが国で発生する殺人事件に"質の変化"が見られるからです。これまで人々は、お互い知り合いで近くに住んでいる人問に殺されていました。いまでは社会が流動的になり、それに合わせて新しい種類の殺人が起きる可能性が高まっています。いわゆる"行きずりの殺人"と呼ばれるものです。犯人は面識のない人問を犠牲者に選びます。それも、性的衡動に駆られて犯行に及ぶケースが多いのです。今後十年問にアメリカ社会はますます流動的になり、その一方でますます安定性を朱うでしょう。殺人事件の発生率は上昇し、解決率は低下するでしょう。流動性の増大と安定性の減少は、白由で豊かた杜会の証しと見なされていますが、それは同時に、礼会のパランスを保っている昔ながらの伝統や慣習の衰退を招くことにもなるのです。
 それはそれとして、テトニーの言うとおりだ。変化はすでに始まっている。これまでは、国がまずい方向に向かっているという漠然とした思いを、テトニーの言う社会の流動化と結びつけて考えたことは一度もなかった。
 それでも昨年あたりから、杜会は今後ますます混迷の相を深めていくのではと危惧の念を抱いていた。べトナムでは、村を救うために村そのものを破壊している。国の対外政策として相互確証破壊戦略(他国からの核攻撃にそなえ、相手を確実に壊滅できるだけの報復核戦力を保持して相互抑止を狙う戦略)がとられている。国内では合成ヘロインからLSDまで麻薬が蔓延し、警官が殺されている。村だけでなく、自H分たちの心を、自分たたち暮らす街を、世界を焼き払おうとしている。”(p276)

 グローバル化という名の下に、日本はここ30年、大きく変わってきた。それによって、もたらされたものは、30数年前からアメリカが経験してきたことを、確実に後追いしているといえるだろう。

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