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2006年1月24日 (火)

『究極のライフル ハイパーショット』

○2006年1月24日(火)
 『究極のライフル ハイパーショット』 トレヴァー・スコット 扶桑社文庫
 
”父は第二次世界大戦に従軍しており、ベトナム戦争やアメリカ政府のやり口に対する憤懣やる方なきわたしの思いを解そうとはしなかった。「そいつらにはもともと残忍な資質があったんだ。人間はそう簡単に変わるものじゃない。戦争は、その人間の持って生まれた性質を捩じ曲げるだけだ。人間の本性を剥きだしにする。目をそむけたくなるような面までさらけだされることはあっても、本性そのものを変えうるものではない。戦争にいけば、敵を倒さなければならなかった。それが仕事だからだ。だが敵や、あまつさえ一般の市民を拷問にかけたり、なぶり殺しにしたり、レイプしたりするのは仕事じゃなかったはずだ。そこが兵士と蛮人の分かれ目なんだ。もう忘れたほうがいい、チック」”(p398)

 ワイアット・ストームは、ミズリー州の山中でボウ・ハンティングをしているときに大麻畑を発見し、何者かに銃撃されるが、弓矢で撃退する。
 町の保安官に通報するが、保安課は殺され、大麻畑も消えてしまい、友人のチックが保安官殺害の容疑者とされてしまう。
 ストームは、アメリカン・フットボールの元スター選手であったが、都会の生活を嫌い、スター選手の地位を捨て、ハンターの生活をしているが、二度従軍したベトナム戦争の後遺症にとりつかれている。ようやく倒したベトコンが、14歳くらいの少女であったことが夢の中に現れるのである。
 友人のチックもまた、命を助けた少女を、上官に強姦された悪夢に取り付かれている。
 
 ストームがボウ・ハンティングの途中、大麻畑を発見し、ドーベルマンに襲われ、銃撃されるイントロの場面は、魅力的なタフガイ・ヒーローの誕生を予感させ、自然の描写も新鮮である。
 ただ、このヒーローは心情吐露が多い感が否めない。タフガイ・ヒーローが多くを語りすぎるべきではないと思っている。
 2001年9月11日の同時多発テロ以後、自由なアメリカが変質してしまったことを反映して、9.11以後のハードボイルド・ミステリも、9.11をどうとらえていくのか、手探り状態である。
 スコットは、よくもこれだけ、ヴェトナムにこだわっているかと感心しながら、奥付をみると、1993年の作とあった。
 あとがきによれば、スコットは、2001年には、スキー場のナイトクラブ経営者を主人公とする新シリーズを開始したという。
 9.11は、ヴェトナム戦争の記憶をも奪ってしまったのであろうか。この点を確かめるためにも、新シリーズを読んでみたくなった。 

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2006年1月22日 (日)

『耽溺者(ジャンキー)』

○2006年1月22日(日)

『耽溺者(ジャンキー)』 グレッグ・ルッカ 講談社文庫

”店に入った瞬間にナタリーが気づいて片手をあげたので、そっちのテーブルに行きかけたところ、すみやかにメートル・ドテルにさえぎられた。目に入ったものがまったくお気に召さない様子だ。あたしの鼻ピアスのせいなのか、パイカーズ・ジャケットなのか、ブルージーンズなのか、それともブーツなのか。ひょっとするとホットヘッド・ペイザンのTシャツがいけなかったのかもしれない。色は白で、胸元には主人公ホットヘッドが飼い猫チキンとささやかなジグを踊っている姿がステンシルで染めつけてある。”(p60)

 久しぶりに、ひりひりとしたハードボイルド・ミステリを読んだ。
 ボディ・ガードのアティカス・コディアックのシリーズに登場する私立探偵ブリジット・ローガンが主人公のミステリである。
 ブリジットは、ボディ・ガードのナタリーの友人で、ナタリーを通じて知り合い、アティスカと恋仲となったのだが、アティカスがナタリーと一夜を共にしてしまったことにより、アティカスとの関係が危うくなる。ここまでは、アティカスを主人公とする「守護者(キーパー)」、「奪回者」、そして「暗殺者(キラー)」(いずれも講談社文庫刊)までの物語である。
 次作の『逸脱者』の前に、番外編として、ブリジットを主人公とする『耽溺者(ジャンキー)』が登場したのである。
 
 1996年モデルのポルシェを乗り回す身長185cmの女性の私立探偵というと、モデルのような女性を想像してしまうが、冒頭の文章で、ブリジットが独白しているように、レスビアンのテロリストを主人公とする漫画ホットヘッド・ペイザンを描いたTシャツに、ブルージーンズ、パイカーズ・ジャケットを着て、鼻にはピアスをしているというのだから、外見からして生半可な女性ではない。
 アティカスが自己の過ちをひたすらあやまり、仲直りを請う相手としては、違丈夫?という気もするのだが、この小説で、薬物中毒に陥り、更生中というブリジットの過去が証される。
 ブリジットが更生中に知り合ったライザは、やはり、更生中のジャンキーで、元売春婦で、息子を育てながら、救急救命士の死角取得を目指している。そのライザから、麻薬密売人のヴィンセントが、昔貸していた麻薬代金を返せ、返せなければ、昔のように売春をして返せ、と迫ってきたと、ブリジットに助けを求めてきた。
 ヴィンセントを遠ざけるためには、殺すしかないとするライザであったが、ヴィンセントが殺され、ライザが犯人として逮捕される。
 ブリジットは、ライザを救うために、麻薬密売組織に潜入する。

 薬物を誘う内なる声と戦っている身で、友を助けるために、身の危険を冒して、麻薬に近づいていくブリジットは、孤独、悲壮感が、読む者にざらざらと迫ってくる凄まじい。
 昨年、読んでいれば、2005年の「ベスト3」に入れていた1作である。

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2006年1月11日 (水)

『福音の少年』 

○2006年1月11日(水)
   『福音の少年』 あさのあつこ 角川書店

 ”それがとても怖い。全身を汗に濡らすほど怖い。来るなと叫び、飛び起きたことが何度もある。
   違和は感じていた。違和感という言葉すら知らなかった子どもの頃から、ここは自分の居るべき場所ではないという感覚がずっと付きまとっていた。それは、自分探しとか、居場所のない存在とか、どこか自己陶酔を含んだ甘やかな流行り文句とは全く異質のものだ。”(p81)

孤高の天才的な野球少年を描いた『バッテリー』(ⅠないしⅣは角川文庫、Ⅴ、Ⅵは教育画劇)で、ブレイクしたあさのあつこの野心的な小説である。
少年たちの野球の世界を独特の身体感覚でかいたあさのの世界がこの小説でも、高校生の少年二人の友情とも言い切れない交情を展開していく。
 火事で一人の少女が焼死した。少女が恋人とした永見明帆は全国でも有数の進学校に合格しながら、少女と同じ高校に進学した。少女の幼なじみで、アパートの隣室に住む柏木陽は、明帆に面と向かって、「人殺しの眼えしてたぜ」といい、少女にも、「永見は危ない。やめとけ」という。少女は、「アキくんとは別れない」と陽に答えるが、何故かとは聞かなかった。
 少女だけではなく、少女の家族や陽の家族も焼死した。隣町にアルバイトに行っているとした少女の話は嘘であった。
 陽と明帆は、少女は殺されたのだと確信する。このように話は、ミステリ的な展開をしていくのだが、あさのの関心は、大人の常識とは少しずれた少年二人の感情の動きと行動の方にあるようで、ミステリ的大団円とはなっていかない。

   ”真相を知ることと、全てが解決することは別問題だ。現実はドラマとはちがう。犯人がわかって終了ってことにはならんだろうな。むしろ、わかった後の方がずっと・・・”(p278)  

 この本が、高校生を対象にしているものが、大人を読者としているのか、よく分からないが、今時の高校生が、この小説の少年たちにシンパシーを抱くのだろうかの方が、関心がある。

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2006年1月 8日 (日)

『高校サッカー』

○2006年1月8日(日)
 『高校サッカー』
 高校サッカーの決勝戦、鹿児島実業と野州の試合をテレビで観戦した。中学の息子は、サッカー部の仲間と国立競技場に出かけている。
前評判通り、パワー・ゲームを展開する鹿児島実業に対し、野州高校は独特のパス、ドリブルで、鹿児島実業の選手の動きをかわしていく。一進一退の試合は、延長戦の終了間際に野洲高校がヒールによるバックパスを起点に鮮やかなパスを展開して決勝点をいれ、勝負を決めた。
 高校サッカーを変えるというふれこみで、乗り込み、優勝した野州高校は、自在なフットワークで、鹿児島実業を翻弄していたが、バックパスを的確に決めるあたりは、相当修練をしたからこそのチームワークをと思えた。
 このサッカーを観たこどもたちに対する影響は大きいということは想像に難くないが、高校サッカーの指導者の胸中はどうであろうか。おそらく、野州高校のサッカーを苦々しく観ていた指導者も多いのではないだろうか。長時間の厳しい練習を経た鹿児島実業のサッカーこそ王道のサッカーだとする動きが目立ってくるような気がする。
 テレビで見えたシーンに限られるが、鹿児島実業の方がラフなプレーが目立った。その結果、イエロー・カードが多かったし、準決勝のイエローカードで決勝に出場できなかった選手もいた。イエローカードとされないプレーでも、気になるプレーが結構あった。
 テレビの中継では、その選手が決勝に出ていればという話題が何度かでていたが、イエローカードを出されるプレー、試合運びをもっと問題にするべきではないかと感じたのは私だけであろうか。 

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2006年1月 7日 (土)

『隣の芝生はPon Poco Pon』 

○2006年1月6日(木)

 『隣の芝生はPon Poco Pon』 
             Kids Dancers Family(Show Case Vol.)

 昨日と今日の2日間、ごんどうけん、泉岡 まさよさん夫婦が主宰するKidsダンサーズ・ファミリーのミュージカル『隣の芝生はPon Poco Pon』の公演が西東京市のこもれびホールで行われた。
 こもれびホールで行われた「こどもミュージカルワークショップ」に参加した子供たちを中心に、1999年に「Kidsダンサーズ」が発足し、ミュージカルを行うようになり、今回が、4回目の公演である。
 今年、高校1年になった娘は、このミュージカルにゲスト出演しているWest Fan Juniorに所属して、ダンスを踊っていた。
 普段は、内向的で、目立つことを嫌がる娘は、初めて自分から好きになり、やりたいと思ったものだとして、ダンスに熱中している。
 毎日、かかさず、柔軟体操をし、時折、ジョギングもするようになった。
 毎週の練習を終えた後、ごんどうさんと色々話をするのも楽しみのようである。みんな、ごんどうさんではなく、「けんちゃん」とよんでいる。
 大人と、面と向かってまじめに話すことも少ない最近の中学生にとって、けんちゃんは、大人への窓口という存在にもなっている。普段はやさしいのだが、ダンスやミュージカルの稽古となると非常に厳しいのだが、けんちゃんのいうことであれば素直に耳を傾けている。
 娘は、高校に進学したとき、中学で始めた部活をやめて、Kidsのグループに入り、ダンスに専念したいと言い出した。部活をすることも大事とは思ったが、本人の選択に任せるしかなかった。
 野球やサッカーの場合も同様であるが、子ども達の活動には、親たち、とりわけ母親たちの協力が不可欠である。練習場所の確保、会費の徴収等々しなければならないことが数多くある。
 ただ、親たちが一生懸命になればなるほどなのだが、子ども達にとって、そこに行けば、ダンスができて、発表会があるという楽しい場を与えられ、指示されたことに従っていればいいと場になってしまう側面もある。
 ミュージカルともなれば、主役もいれば、せりふもない子どもたちもいる。公演のための稽古に入る前には、配役のためのオーディションが行われる。当然、選ぶということの裏には、選ばれないという面がある。
 当初、小学生であった子ども達も高校生となり、今回の公演は、小学生から高校生、総勢110数人の出演となった。
 まあちゃん(泉岡まさ代さんのこと)が作る脚本は、できるだけ、全員が力を発揮するように作られていて、いわゆる端役の子どもがでないように工夫されている。しかし、鑑賞に堪える作品のためには、華のある役もあれば、日の当たらない役もでてくる。
だから、配役が決まるにあたっては、皆の中には、主役になって当然と思う子どもいれば、落胆している子どもいることは想像に難くない。
 このようなことを通して、世の中を知っていくものもいいものである。
 歌舞伎の世界でも、馬の足になる人がいなくなってきたと、憂えるの簡単だが、足に成り切れというのも難しい。
 明日、準決勝の高校サッカーでも、敗者がいなければ、勝者はいない。端役がいなければ、主役が映える舞台も成立しない。このことを、主役も含めて、みんなが知るようになってほしいと思っている。
 そして、ひとつのミュージカルでも、脚本家、演出家、舞台美術家などの協力必要だし、舞台裏には、照明、音響の専門家の人たちもいる。子どもたちには、このような仕事にも興味をもってほしいとも思っていた。
 
 高校生が多くなることにより、こどもの劇というレベルを少し超えて、厚みがでてきた。高校生が、小中学生の中で、おばさん役やおじさん役を演じても違和感なかった。
 歌唱力もあがっていた。ダンスも、これだけの人数が一挙に舞台に登場する中、統率がとれ、一人一人の技量もあがっていた。
 ゲネプロに始まり、3回の本公演すべてを観た。ストーリーは、人間に生活の場所を奪われた子ダヌキが、人間の子どもたちと協力して、危機に陥ったミュージック・スクールを助けるという話。「キャバレー」、「アニーよ、銃をとれ」、「フットールース」などのミュージカル曲や、アバやブルース・ブラザースのヒット曲が詞を変えて、非常にうまく織り込まれている。
 1回ごとに、目に見えて、子ども達が成長している。その都度、ダメだしもされていたようではあったが、不都合なせりふの変更も無難にこなしていたし、ちょっとしたミスもさりげなくカバーする余裕もあった。

 今朝、撮影を許されていた昨日のゲネプロの写真をパソコンの画面上で見た。娘が家では見せない笑顔で踊っている。200枚近くの写真の中の子どもたちの表情は生き生きとしている。何年も観ていると、自分の子どもより、1年振りに見る子どもの成長がよくわかる。

 今日の昼の公演の後、けんちゃんとロビーで立ち話をした。高校生達が、小さい子の面倒をよくみてくれていると喜んでいた。
 昨年の公演の後、毎年、ミュージカルでドラムの演奏をしてもらっている深見洋さんのジャズ・ライブのスポットで、偶然、けんちゃんと話をする機会があった。子どもたちが、けんちゃんの引き出しの中にあるもの、そのために、勉強していることを、もっと、好奇心をもたせてほしい。それには、ただ、お稽古に行くということではなく、舞台をつくるためのいろいろなことを経験させてほしいとお願いした。

 今回、高校生の子どもたちは、小学生の子どもの稽古につきあったり、舞台作りに少し参加するようになった。この子たちが、経験を積みながら、大学生になり、社会人になれば、地域の本物の劇団になっていくかもしれない。
 けんちゃんと話した僅かな時間の間に、このようなことを思い、最後の公演を観ることにした。
 
 夜の9時過ぎに家に帰り、ビールを飲みながら読んだ夕刊に、前田美波里の大きな写真とインタービュー記事がでていた。今、公演しているミュージカル「グランドホテル」のことだった。彼女は、中学の同級生で、机を並べたことがある。資生堂のポスター写真をまぶしい思いで眺めたのは高校生のときであった。
 彼女が出た「コーラス・ライン」を、小学生の娘と観に行ったことを思い出した。久し振りに、彼女の出る「グランドホテル」を観に行こうかと思った。

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2006年1月 3日 (火)

インファナル・アフェア

○2006年1月3日(火)
インファナル・アフェア 無間道 (2002)
           アンドリュー・ラウ、 アラン・マック監督
インファナル・アフェア Ⅱ無間序曲(2003)
インファナル・アフェア III 終極無間 (2003)

 正月は、気楽にアクション映画を観ようと、暮れに、インファナル・アフェア3部作のDVDボックスを買ってきた。
 第1部には手こずった。中々ストーリーに入り込めなからである。登場する俳優が薄っぺらに見えて、感情移入が出来なかった。
 何回か、居眠りを繰り返すうちに、やっと、本筋に入り込むことができた。
 マフィアから警察に侵入したスパイと、マフィアに進入した警察のスパイが、入り乱れて、お互いを探り出そうとするする緊迫感溢れる物語である。携帯電話が日常的に使われるようになった時代である、警察も、マフィアも携帯電話を駆使して、連絡を取り合う中、モールス信号が使われたり、真空管式のアンプが登場したりと、小道具の使い方のうまさが光る映画であった。互いに、スパイを追いつめようと、話は、二転三転していき、その内に、自己のアイデンディティが、マフィアか、警察か、分からなくなってくるあたり、正義の味方のつもりが、いつのまにか悪の手に染めていってしまう手合いの話は多いが、この映画では、マフィアのスパイが次第に警察官としての職業意識に目覚めていき、次第に、無間地獄に陥ってしまう様は、なかなか面白かった。

 Ⅰのヒットに続いて、製作されたのがⅡとⅢである。
 Ⅱは、ゴッドファーザーと同様に、Ⅰの前史の話である。突如、携帯電話が、一昔前の大きなもので登場する。これで、すぐに、Ⅰの前史の話であることが即時に理解できる。
ただ、ゴッドファーザーのように、続編がⅠを超えることができたかというと、Ⅱは物足りない。Ⅲは、警官になることができなかった、マフィアのスパイの話であるが、その経緯がいまいち説得力にかけていた。

 それにしても、香港の俳優の一人一人を見ている内に、日本の俳優の面影を見、日本人と錯覚してしまう。
 日本と中国とは、血のつながりが近いということを改めて、認識した。映画やテレビで、香港映画や韓国テレビが非常に身近なものになってきているが、水を差しているのは、誰かと、この映画を観ながら、考えてしまった。

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2006年1月 1日 (日)

 『鴛鴦歌合戦』 

○2006年1月1日(日)

   『鴛鴦歌合戦』 マキノ正博監督

  待望していたマキノ正博監督の『鴛鴦歌合戦』(1939年)がようやくDVDで発売された。
  大晦日恒例の紅白歌合戦を観なくなって、何年経つだろうか。というよりも、大晦日にテレビを観ること自体しなくなった。暗くした部屋で一人、プロジェクターでDVDを観るというのが、恒例の大晦日の過ごし方である。
  家族の方は、大晦日には、紅白、正月には、芸能人がやたら馬鹿騒ぎをする番組を観ているが、このようなテレビに大事な時間を奪われるのは口惜しいというか、腹立たしくなるので、スポーツ中継以外はテレビを観ないことにしている。
  今年の大晦日は、庭掃除から、樋に詰まった落ち葉をとり、ガラス磨きまでと、自分としては、結構働いたので、夕食での一杯が効いて、早々と寝てしまい、目が覚めた時には、12時を回り、元旦になっていた。
  家人は風呂に入っているので、一人、年越しそばを年を越してから食べるということになってしまった。
  それから、やおら、スクリーンを下ろして、待望の『鴛鴦歌合戦』を観ることにした。
  冒頭、丁稚を連れた豪商の娘・おとみ(服部富子)が登場し、おとみを追いかける商家の若旦那連が、「おとみちゃん」と口説きの文句の歌を合唱し、おとみも歌でつれない返事をし、付き添う丁稚も歌で若旦那に引導ををわたす。このように、軽快で愉快な場面で始まるオペレッタ時代劇は、最期まで、この軽い楽しいのりの調子が続く。
  話は、至って単純。長屋に隣同士に住む貧乏浪人の浅井礼三郎(片岡知恵蔵)と、日傘を作って生計を立てている志村狂斎(志村喬)の娘のお春(市川春代)は気になる仲なのだが、おとみや武家の娘(深水藤子)らも、礼三郎に思いを寄せ、3人のさや当てが始まる。これに、ディック・ミネの殿様がお春に一目惚れしてしまったことから、大騒動が起きるという他愛もない話であるが、これまた、楽しさに溢れた映画となっている。
 
  この映画は、和製オペレッタ映画第1号といわれているが、解説によれば、「エノケンの近藤勇」(1935年)が日本のミュージカル映画の先駆作といわれているという。
  オペラはクラシック音楽、ミュージカルはポピュラー音楽と漠然としたジャンル分けがあるが、オペレッタもクラシック音楽で、これはオペレッタ?という気もするが、その区別はよく分からない。
  ネットで調べると、東京オペレッタ劇場の「オペレッタとは何か」http://operetta.jp/newpage1.htmlというサイトがあった。そこには、このように書かれていた。
 ”「オペレッタ(operetta)というのはオペラ(opera)の小規模なものを意味する指小語である。」”
 ”広辞苑には、
    オペレッタ【Operetta】 娯楽的要素が強く、軽快な内容の歌劇。独唱や合唱の歌に対話を交える。軽歌劇。小歌劇。
   国語辞典なので詳しい解説はもとより求むべくもないが、オペレッタの特徴のいくつかを端的に説明されている。しかし、実際にこの言葉はきわめて多義的に使われ、それらが指し示す音楽ジャンルにどのような共通点があるのか、明確に把握できない場合も少なくない。また、類似ジャンルであるオペラやミュージカルとの相違も、明確な線引きをすることは難しい。オペレッタに対するコンセンサスが音楽家の中でも一致していないのである。”
   ただ、”オペレッタという言葉はしばしば、「音楽劇」「歌芝居」と訳するのが適切だと思われる使われ方をすることがある。幼稚園や小学校の学芸会などで上演される創作オペレッタなどはこの意味合いで用いられる。”
 
  「鴛鴦歌合戦」を和製オペレッタとするのは、要するにこの最後の「歌芝居」という意味程度に過ぎないであろう。
   しかし、この映画は、このようなしかめつらしい議論をするにはふさわしくない、ただ、心底楽しめる映画なのかということである。
   ここに登場する人物は、恋のごり押しをする悪人役の殿様でさえ、ディック・ミネがさわやかに歌うのである。若き片岡知恵蔵は、歌は吹き替えとのことであるが、ルンバのリズムに乗って立ち回りをしたり、登場する人物が全員楽しげに演じている。
   黒沢明の映画の常連の志村喬も、軽いノリで歌っており、これが結構、味がある。
   1939年といえば、昭和14年である。
   昭和14年頃といえば、昭和モダン・ジャズ・英字8といわれた時代で、二村定一、エノケン、川田晴久、あきれたボーイズなどの、モダンな音楽が流行っていた頃である。詳しく、知るところではないが、庶民も、オペレッタ、ジャズなどを身近なものとして楽しんでいたような時代で、もしかすると、今よりも、ずっとモダンな時代であったともいえる。
   このような背景があったからこそ、『鴛鴦歌合戦』のようなモダンな映画が生まれたともいえる。この映画は、白黒であるが、傘がずらーっと並んでいる場面など、色鮮やかな傘に見えてくるし、これをカラーでリメイクすれば、面白いなと見入ってしまった。

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