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2006年2月28日 (火)

『日本全国おでん物語』『太もも版画展』 

○2006年2月28日(火)
  『日本全国おでん物語』新井由己 生活情報センター
   佐藤隆一『太もも版画展』 
 午後7時過ぎに、仕掛かり中の仕事が終わった。
 まだ、しなければならないこともあったのだが、いささか気力も失せてきていたので、『日本全国おでん物語』という本を書いているライターの新井由己さんが、一日だけのおでんの店「とことん亭」を開いているという神田小川町にあるSPACE NEOにでかけた。
 小川町の交差点から一筋入った場所にあるSPACE NEOの扉をあけると、奥に細長い板の間の空間で、奥に厨房に通じる小さなカウンターがあり、その奥で新井さんが働いていた。
 佐藤隆一さんの「太もも版画展」の協賛イベントとして、新井さんが、1日おでんや開いているというのである。
 佐藤さんは、山形で、有機の米作りをしているお百姓さんなのだが、エコロジーショップ「GAIA」の広報誌「かわら版」の表紙を毎月描いているという。象や熊をモチーフにした戯画風の木版画が20点ほど並んでいる。ほのぼのとしていて、後で、話をした佐藤さんの性格が素直に表現されている。
 農薬を使わない庭つくりを提唱して、NPOまでつくってしまった曳地さん夫婦がいたので、その席にいくと、佐藤さんが一緒にいた。初対面の佐藤さんに紹介され、しばし歓談。「太もも」の名前の由来をきくと、「もも」は、時間をとられないようにと、ミハエル・エンデの「モモ」からとり、ちょうど、そのころ、ハイレグが流行っていたから、「」太もも」という協同作業の会社を作ったという、本当なのか、冗談なのかよく分らない話であった。
 新井さんの作ったおでんは、いわゆるおでんだねではなく、大根やさつまいもをじっくり煮たというか、一晩、鍋で味をしませた、あっさり風のおでん味の野菜でした。ヘルシーでいいなと思いながらも、その分、日本酒をしっかり飲んでしまった。
 

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2006年2月20日 (月)

『ブックカフェものがたり』 

○2006年2月20日(月)
 『ブックカフェものがたり』 矢部智子、今井京助ほか 幻戯書房

 事務所の近くにおいしいコーヒーを出す店がある。青山通りに面する小さなビルの2階に、5ー6人が座るカウンター席とテーブル席が2つほどある。土曜の午前、事務所に行く前に時々寄っている。時間をかけていれてくれるコーヒーの香りとその味はなんともいえない。
 ただ、この店のカウンターが、少し暗い。コーヒーがでてくるまでのしばしのひとときを読書ですごすのに向いていない。
 カウンターの左上の棚に、早川もポケミスが一列並んでいて気になるのだが、時とほこりのせいで、黄ばんでしまっていて、手に取る気もしない。ポケミスをこよなく愛する者として、悲しい気持ちになり、どうして、このようにしたまま置いているのだろうかという思いにとらわれる。コーヒーでは有名な店だけに、どうしてという思いが深まってしかたがない。
 
 本が好きなものにとって、ブックカフェを開くということは、一つの夢である。私も、老後に、のんびりとブックカフェを開きたいという思いがあるので、自然と、ブックカフェの特集をした雑誌や本に目を通すことになる。
 副題に、「本とコーヒーのある店づくり」とあるように、『ブックカフェものがたり』は、ブックカフェをしてみたいという人向けに、実際に、ブックカフェを開いている人たちを取材し、最後に、ブックカフェ開業講座まで用意されている。
 結論的にいうと、読み進んでいけばいくほど、ブックカフェを開くのは甘くないのだと、淡い夢は簡単に打ち砕かれてしまった。
 大規模書店の攻勢に、街の小さな書店が次々と消えている時代である。ドトールやスターバックスなどの攻勢で、従来型の喫茶店もみなくなった。
 半端な書店も、喫茶店も生きていくことができない時代である。従って、ここに登場する人たちの多くは、経済的な面では成功していると言い難い。ブックカフェを成功させるには、経営者は、書店でもなく、喫茶店でもない、別のセンスや稼ぎ方を必要とするようである。
 『ブックカフェものがたり』を読みながら、難しいとは思いつつも、自分なら、このような店をつくると夢想するのは楽しいのだが・・・

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2006年2月19日 (日)

『TRICK+TRAP』

○2006年2月19日(日)

『TRICK+TRAP』

 寒かった冬も終わりを告げ、春めいてきた。久しぶりにのんびりとした日曜日なので、散歩がてら、吉祥寺にあるミステリ専門書店『TRICK+TRAP』にでかけた。
 東京創元社で、長らく編集者をしていた戸川さんが臨時書店員をして店番をしている。戸川さんが、立教大学のミステリクラブを立ち上げたときに、私は慶応の推理小説同好会にいた関係で知り合ったのだから、かれこれ、30数年のつきあいということになる。
 その『TRICK+TRAP』が、本格的なミステリ専門書店として、2月の始めにリニューアル・オープンをした。
 書籍不況のなか、大書店の進出で、町の小さな本屋さんが姿を消している。何でも揃っていそうな大書店や便利なネット書店もいいのだが、そこに入れば、何かがあるという個性のある本屋さんも大事にしたい。
 わたしたちが町の本屋にできることは、出かけていって、本を買うことしかないのである。店の棚を眺めながら、戸川さんと会話をかわす。他に客がいるときは、会話を遠慮することも題字である。そこには、小さな書店でしか、味わえない楽しみがある。
 今日は、明治大学のミステリ・クラブの学生さんとも話すことができた。彼女が好きだという日本の作家については名前も知らなかった。若いミステリ・ファンと話すことも少くなったので、楽しいひとときである。
 紀田順一郎さんが編集をしている『書物愛』と大下宇陀児の『烙印』を購入した。わが家の近くに、大下宇陀児の表札がでている家がある。池袋の乱歩邸の近くに住んでいたことは知られているが、表札のある家に本当に住んでいたことがあるのだろうかと話をしながら、ひらいたかこさんの本も買おうとしたら、先に店にいた男の人が、ひらいさんのパートナーの礒田さんだという。軽妙な文章と味わいのある画で、いまをときめく作家・評論家・翻訳家・研究家・教授作家の書斎の様子を描いた『書斎曼荼羅』という本を出している人である。
 私も、この本を持っている。花巻駅から車で、1時間ほど入った温泉宿の売店のショーケースに、どういうわけか『書斎曼荼羅』が置いてあり、そこで買ったのだという話になった。
 『TRICK+TRAP』のリニューアルを機に、オリジナルの本のカバーができていた。単行本用は、ひらいたかこさんが描いたパイプをくゆらすホームズの画である。文庫本用には、いしいひさいちさんが描いたホームズの画であるが、こちらは、寝っ転がって、虫眼鏡を覗いている姿になっている。文庫本用のカバーもほしかったので、文庫を2冊ほど買うことにした。
 『TRICK+TRAP』では、作家のサイン会なども開いている。興味のある人は、http://www7.plala.or.jp/trick-trap/で、場所と営業時間を確認して、散歩がてらお出かけ下さい。

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2006年2月17日 (金)

『4TEEN』

○2006年2月17日(金)
『4TEEN』  石田衣良  新潮文庫
 
 中学生の息子に時折、本を買ってくる。息子は、目下、サッカーのコミックを集めると、ブック・オフに通っているらしい。活字の本を買うといっても、今、流行のファンタジー系の小説くらいである。
 私に対する息子のリクエストは、自分と等身大の少年が登場する小説である。
 というわけで、乱歩の少年探偵団シリーズの軽装版がでているので、このシリーズを買ってきていたのであるが、7-8巻目になって、どれも似たような話だといいだした。
 未だに、「名探偵コナン」の新作を読み続けているのだから、似たような話というより、同じトーンの活字に飽きたのだろうと思い、中断した。
 いまさら、子どものころに読んだ下山   の「次郎物語」や山本周五郎の「さぶ」のようなものをというのもどうかと思うと、私にとって未知の作家の小説から選ぶことになる。
 石田衣良の『4TEEN』は、まさしく、タイトル通り、14歳の中学生の4人組が主人公の青春小説である。
 数カ月前に、買ったのだが、部屋の書棚においたままであった。息子に渡す前に、読んでみようと思い、そのままになっていた。
 石田の名前は、「池袋ウェストパーク」の作者である程度の知識しかなかった。この小説も、数年前に買ったのだが、書棚のどこかに埋もれてどこにあるか分らない。
 池袋は、私の利用するターミナル駅であり、多少の土地鑑はあるのだが、なじみのある土地ではない。ウェスト・パークというのだからおそらく西口、西武デパート側ではなく、東武デパート側にあるのだろうが、何となく、近寄り難いイメージがある。そして、石田にも、何となく、無頼の部類の作家というイメージをもっていた。
 そのようなこともあって、息子に、味読のまま『4TEEN』を渡すことにためらいがあった。
 舞台は、月島である。東京で生活していても、月島はかちどき橋の向こう側にある、もんじゃ焼きの町というでのイメージしかない。最近では、リバーサイドに、高層マンションが林立しているというイメージもある。
 古い下町と、都会が入り交じった町に住む中学2年の同級生、ナオト、ダイ、ジュンとテツローの4人の青春が、8編のエピソードで綴られている。
 最初から、エロ雑誌の話や、援交の少女などが登場して、お父さんの立場としては、多少びっくりなのだが、全体を少年たちの目線で、DVやひきこもり、ホームレスの世界を描き、禁断の線を少し超えながら大人になっていく様子が、ほろにがく軽快なタッチで描いていて、日本版「スタンド・バイ・ミー」の世界である。
 石田は、あとがきで、この小説を書き出し、直木賞を得るにいたるまでのことを書いている。いい文章である。

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2006年2月12日 (日)

『GOSPEL』 『喜幸』

○2006年2月12日(日)
 『GOSPEL』 『喜幸』

 昨夜というか今朝というか分からないが、トリノ・オリンピックを観ながら、寝てしまい、夜中に目をさましては、また、観ながら寝てしまうという一夜であった。
 朝、モーグルをじっくりと観た。日本選手と外国人選手の力の差が歴然としていた。メダルと騒いでいるテレビや新聞の報道自体、いつものことながら、期待を持たせては、勝てなければ、残念がったり、たたくという番組作りはいい加減にしてほしいとうのが正直な感想である。それよりも、もっと、スポーツの面白さを見せてほしい。そういう意味では、ノルディック複合のクロス・カントリーの走者の競り合いは、マラソン以上のスリリングな展開であった。
 マラソンのように、テレビでじっくり中継をする機会が多ければ、人気がでるような気がする。数キロのコースを周回するのであれば、固定カメラをいくつか設置することによって、中継をすることも可能なのではないだろうか。
 
 午前、冬の特別拝観の一つ、相国寺(しょうこくじ)の龍の天井画を観にいくことにした。地下鉄で、今出川まで行き、同志社の法科大学院の新しい校舎を眺めながら、相国寺へとのんびりと散策した。午前11時過ぎであるが、拝観者は20名ばかり、京都見物は、冬、それも午前中にするというのが一番である。
 相国寺は、14世紀、足利義満が建立した寺であるが、数回、大火にあい焼失しており、現在の建物が完成したのは19世紀の初めとあった。臨済宗相国寺派の大本山で、金閣寺や銀閣寺も末寺の一つという。方丈には、法華教の経文の文字で描いた観音菩薩の画が掛けてある。遠目には、ただの観音菩薩像であるが、近くにおいてある拡大写真をみると、確かに、描線が極小の経文になっていた。
 方丈を巡ったあと、法堂(はっとう)を拝観する。豊臣秀頼によって再建されたという法堂の中央の天井に、「鳴き龍」といわれる龍の絵が描かれている。狩野光信の作の龍は、円形に張られた天井板に、墨で、荒々しく描かれている。素朴な絵であるが、天井からはい出てくるよう迫力があった。

 相国寺から、どこかで、昼を食べようと、百万遍の方に歩いてい行き、進々堂の軽食堂に入る。学校の講堂室を思わせる床も板張りの大きな部屋に、大きな板の机がいくつか並び、椅子もごく普通の木製のベンチである。年季が入った木の色といい、昔の学校の食堂の雰囲気ともいっている。今日は、休日なので、空いていて、相席になっても、わずわらしい雰囲気がない。普段は、大学生でいっぱいの学食風になるのであろうか。
 
 進々堂を出、東山の方に歩いて、哲学の道にでる。金閣寺近くになると、さすが、冬でも、観光客の姿が目につく。日は出ているのだが、雪がちらついいる。哲学の道に入り、少し、行くと、右手といっても、道路を隔てての向こう側に、白い木造の洋館がかいま見える。「GOSPEL」という看板のある玄関から、2階の階段を上がると、アンティックなテーブルと椅子がいくつか、並び、アンティックなスピーカーからは、アナログ・レコードのJAZZが流れている。アイリッシュ・コーヒーを飲みながら、しばしの間、グレッグ・ルッカの「逸脱者」を読みふける。ミステリとジャズに、この空間、このような静かな過ごし方を、東京でも味わいたい。
 
 タクシーで、ホテルに戻り、一休みしてから、居酒屋を探して、いっぱいと思い、木屋町方面をぶらつく。30年近く前に、通った店は、すでにない。西木屋の路地に入っていくと、『喜幸』という小さな店に入った。カウンターが10席ほどの小さな店である。70歳を越えた主人に、おかみさんと若い娘がカウンター内で働いている。
 酒を飲みながら、お通しにでた青大豆の汲み豆腐を食べる。主人は、豆腐屋の三男だか、四男で、豆腐屋をつぐわけにはいかなかったので、豆腐を出す、料理屋をすることにしたのだという。そして、川魚の唐揚げが絶品、和紙にいかにも泳いでいるような姿で並んでくる。
 主人が、鴨川で、投網でとるという。それも、二条付近という。そのあたりは、伏流水がでていて、清流で、川魚が沢山とれるという。白ハエというらしいが、カウンターの右端にある水槽に泳いでいる。料理に使わなかった川魚は、川に戻し、新たに、捕るのだという。
 植物園に行って来たという近くに住む夫婦、京都検定のために京都にきたという東京の夫婦あど、相席になったひとたちと、心地よい会話となり、お酒もはずんだが、いい酒であった。

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2006年2月11日 (土)

『西陣さらさ』

  ○2006年2月11日(土)
  『西陣さらさ』

 久しぶりに、京都に来ている。
 京都に来ても、訪れる寺社仏閣に行くのは、1日、一ケ所と決めている。
 今回は、ブックカフェ物語の影響もあってか、カフェめぐりをしようと思っている。
 河原町四条近くの小さな店で、和食弁当を食べてから、出かけようということになった。店名を忘れてしまったが、4畳半程度の帳場風の畳敷きを囲んで、カウンター席がある。椅子に座ると、お店の人が畳に座って、注文を取りにくる。お弁当といっても、お盆風の器に、焼き物などが並んでいる。外は寒いので、熱燗を飲みながら、ゆっくりとお昼を楽しんだ。その昔、帳場のところに、こわいおばあさんが座っていて、酒の飲み過ぎはよくないなどと、客も厳しくしつけられていたのだが、今は、優しい人になったとのことであった。
 数年前、『西陣さらさ』という面白い場所があるよと聞いていた。ネットで探すと、北区紫野東藤ノ森町の住所がでてきた。タクシーに乗って、東藤森町と言っても通じなかった。運転手が、無線で住所を確認したところ、鞍馬口通り、智恵光院東入るだという。
 やはり、京都は、住所より、東西の通りと南北の通りの名を告げて、東入る、西入るとか、上がる、下がるとかいわないと、地元の人も分らない。
 大きな木造建物の入り口は、神社の社風の屋根がついている。ガラス戸越の内部は、薄暗く、のぞき込まないと、よく見えない。東京で見かければ、銭湯であるとすぐわかるのだが、京都にいると和風の建物が珍しくないので、一瞬、これは何?という思いにとりつかれる。
 戸を開けると、手前右手、男風呂の脱衣室であったところが、ソファの席になっている。奥の風呂場との境の壁は取り払われ、男湯と女湯を隔てる壁も一部を残して、取り壊され、椅子席となっている。
 グラス・ワインを飲みながら、昼下がりをゆったりとした気分で雰囲気を楽しんだ。
壁面のタイルの落ち着いたグリーンの色が何ともいい感じである。上の方には、ピンクの花柄がタイルが並んでいる。精緻なものではないが、味のあるタイル、日本のものではなさそうである。
 帰りがけに、店主らしき男性に聞くと、すぐ近くにある船岡温泉のオーナーが趣味のようにして、昭和5年に作った銭湯を借りて、改装したとのことである。
 船岡温泉も入ってみると面白いので、是非、いってみたらといわれたが、またの機会にすることにした。

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2006年2月 6日 (月)

『容疑者Xの献身』

○2006年2月6日(月)

『容疑者Xの献身』 東野圭吾  文藝春秋

 「このミステリがすごい!」の他、昨年のベスト・ミステリ・セレクションの1位を総なめした『容疑者Xの献身』をようやく読了した。評判を聞いていても、買いそびれてしまうと、読む気がおきない。
 今回、直木賞を受賞したということもあったが、ミステリ・マガジンの601号記念特集号の巻頭に、二階堂黎人vs.笠井潔として、2人の作家がこの本について書いている。
 面白そうな議論なので、この評論を読む前に、この本を読もうと思ったのである。
 離婚をして平穏に暮らしている母娘の二人が、金をせびりにきた元暴力夫を殺してしまい、アパートの隣室に住む高校の数学教師が二人の窮境を救うために、隠蔽工作を行うという倒叙形式で話が進んでいく。
 数学者として将来を嘱望されていた高校教師と、帝都大学で同窓であった探偵役の湯川助教授の知恵の絞り合い、さえない男の隣室の女性に対する恋慕心、殺人を犯してしまった母娘とそれを庇おうとする隣室の男、等々、面白い素材がちりばめられているにもかかわらず、何故か、小説的感興が沸いてこない。
 ミスディレクションもそれなりに、よくできている。途中の互いの心理の読み合いも面白いのであるが、話はそれをめぐって淡々と進んでいく。
 知恵比べならもっと知的な興奮を呼ぶものになるだろうし、高校教師のストーカー的偏愛を描くのであれば、極めて現代的主題の小説になったであろうし、このような高校教師に庇われることにより、身動きならぬ状況に陥った母娘というのであれば、これまた、面白いものになったのではないかと、読後感は消化不良気味としかいいようがない。
 佳作ではあるが、ベスト1だの、直木賞だと、もてはやす小説なのかというと、疑問である。
 もしかすると、現代のミステリの指向性なのかもしれないと思うと、こちらの感性の方がずれているのかと考え込んでしまった。
 とりあえず、これから、二階堂黎人、.笠井潔の論客の文章を読んでみようと思っている。

 
 

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2006年2月 4日 (土)

『隣のマフィア』

○2006年2月4日(土)
    『隣のマフィア』    トニーノ・ブナキスタ   文春文庫

 東京駅発の午前9時13分発の新幹線に乗った。一時、緩んださむさが、ここ数日、ぶりかえしている。このところの忙しさにゆっくりしたい週末であるが、明日、広島で開かれるフォーラムに出席するので、早めに出かけて、広島のホテルでのんびりしようとかんがえての早立ちである。
 2時間もたつといささかくたびれてくる。
 数日前に読み始めた『隣りのマフィア』にてこずっている。
 文庫で260ページほどの薄い小説であるし、既視感のあるプロットや場面展開なのにである。
 マフィアのボスであったジョヴァンニ・マンゾーニは、自身の罪を免れるために司法当局と取引をし、証人となり、東海岸を支配するボスたちを投獄させた。以来、マンゾーニ一家は、ブレイク一家はとなり、FBIの証人保護プログラムのもとで生活をしている。
マフィアの復讐の手を逃れて、フランスの片田舎で、静かに暮らそうとするのだが、マフィアの生き方が染み付いているブレイクは何かと騒ぎを引き起こしてしまう。
 隣りにマフィアが引っ越してきたことからのてんやわんやを描いたものとしては、ネルソン・デニルの「ゴールド・コースト」という傑作があるし、題名を忘れたが、自叙伝を書こうとしている引退したマフィアをめぐるドタバタのミステリもあった。
 映画「隣りのヒットマン」も、隣りに越してきたマフィアの殺し屋をめぐってのコメディ映画であったが、極め付きは、映画「グッドフェローズ」で、自分の命を救うために、兄貴分を裏切り、証人保護プログラム下に入った男の物語である。
 作家を気取ったブレイクは、「グッドフェローズ」に関する講演をするはめになり、善良このうえない町の人たちに、本気になってマフィアの日常生活を語っていくあたりは抱腹してしまった。
 軽い話の中に、イタリア人気質のニューヨーク子と片田舎のフランス人という対比があちこちにちりばめられているので、軽く、流し読みというわけにはいかなかったが、面白い1冊であった。

 午後1時過ぎにたどり着いた広島は、ちらちらと雪が舞っていた。
 ホテルにチェックインをしてから、広島ならば、まずはお好み焼きと思い、外に出るが、寒さが身に染みるので、遠出はやめて近くのビルの7階にある店のカウンターに座った。壁のメニューには、広島風と関西風とがあったので、肉のそばを頼んだ。目の前の鉄板に、薄く皮を延ばし、キャベツをのせ、しばらくしてから、鉄板で温めたそばをのせる。さらに、肉をのせ、薄く焼いた卵焼きをのってできあがりである。
 中に、数個の牡蛎がふっくらと入っていて、牡蛎の味がなんともいえなかった。
 広島に来ているという実感がわいてきた。

 

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