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2006年4月27日 (木)

『恵みのとき 病気になったら』

  ○2006年4月27日(水)
  『恵みのとき 病気になったら』晴佐久昌英・詩・文 森雅之・絵 サンマーク出版

「病気になったら どんどん泣こう」という一節から始まる。
 見開きの右に、詩の一節が書かれ、左にイラストというか漫画風の絵が描かれている詩画集である。
 入院体験は一度だけある。40日といわれたが、25日ばかりで退院した。体調がすぐれず、近所の医者にかかり、検査を受けた。結果が出たその日の夕方には、入院をする準備が万端整っていた。有無をいわさず、入院をさせられた。入院中の仕事の段取りをするために、翌日の午前中、外出の許可をもらい、仕事場に出掛けたが、それ以外は医者の指示に従い、安静にしていた。
 入院といわれた段階で覚悟を決めた。ひたすら読書に専念することにした。安静にしていろといわれたのだから、読める限り本を読むことにした。
 雑誌BOOKMANを主宰していた瀬戸川猛史が、この本を全部読んで、書評をしろと、20冊近いミステリ小説を病室に持ち込んできた。あのとき以来、あとのきのように、集中して本を読んだ記憶がない。だから、また、入院をして本を読めたらと夢想しているのだが、今度、入院をするときは、命にかかわるときなのだから、このような悠長なことはいえないだろうと思っている。
 では、この詩のように、素直に泣くことができるだろうか。
 この詩を書いたのは、カソリックの神父さんである。彼は、足に腫瘍があるといわれ、書き綴ったのがこの詩である。腫瘍と告知され、悪性の場合には、足の切断をすることになる。不安の気持ちで、入院した病院には、様々な患者が入院していた。明日の生も知れない重症な人もいるし、幼い子どももいる。自分だけではないのである。その時の思いが、詩となっている。
 神父さんというイメージ?とは異なる素直で、軽々とした筆致に、素直に反応したくなる詩である。

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