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2006年4月25日 (火)

『ルート66』

○2006年4月25日 
  『ルート66』 東理夫 丸善新書

 カントリーの演奏者であり、ミステリ作家でもある東理夫が書いている本であるから、ナット・キング・コールの歌で流行った「ルート66」の曲にまつわる蘊蓄の本だろうと軽い気持ちで読み始めたのだが、予想がはずれた。
 本の副題に「アメリカ・マザーロードの歴史と旅」とあるように、第1部は、ルート66の栄枯盛衰の歴史を、第2部は、ロスアンジェルスから、シカゴへのルート66の旅の話の2部構成となっている。

 ルート66の歌詞にでてくるように、この道は、シカゴから、ロスアンジェルスに通じる道路である。アメリカのハイウェイは、東海岸から西海岸への道が偶数、北のカナダ側の国境から南の海岸や国境に南北の道は奇数の番号がつけられている。
 ルート66は、シカゴから南下し、セントルイス、オクラホマ、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナから、ロスアンジェルスに至る道である。
 この道を建設した人たちは、当初、「ルート60」と命名しようとしたが、東海岸から大陸横断する道路ではないとして、反対があったために、「ルート66」に落ち着いたらしい。
 この道が通過する都市名は、「ルート66」の歌詞にでてくるので、何となく馴染みがある。「セントルイス、ミズーリのジョプリン。オクラホマ・シティ。アマリロ、ニューメキシコのギャラップ。アリゾナのフラグスタック。ワイノナ。キングマン、バーストウ、サン・バーナーディノ」等々である。このルートの道が繁栄したのは、この沿線に周辺に、訓練基地や兵器の修理工場などの軍事施設が作られたことによる。
 このために、ルート66沿いの人口が増加し、交通渋滞が起きるようになり、新たにインターステート・ハイウェイが建設されたのだが、ハイウェイの建設により、ルート66沿いは繁栄から取り残されることになる。日本でも、新幹線の開通により、歴史のもつ町が取り残され、寂れていったのと同様である。
 「ルート66」という歌は、ナット・キング・コールのヒット曲であるが、1962年に、日本でも放映されたテレビ映画「ルート66」の同名の主題歌をジョージ・マハリスが歌い、ヒットした。私の世代からは、マハリスの歌の方が馴染み深い。
 テレビ映画「ルート66」は、ジョージ・マハリスとマーチン・ミルナーの2人の大学生トッドとバズが、コルベットコンバーチブルでルート66に沿って旅をし、様々な人と出会っていく物語であった。
 この本によれば、このテレビがアメリカで作られた1960年には、時代から取り残されていたルート66を旅する若者たちが、アメリカの抱える様々な問題に直面していくというシリアスなロードムービーであるという。今、思い返せば、確かにそうなのである。 しかし、豊かではなかった当時の日本の若者から見ると、同時期に放映されたハリウッドを舞台とする「サンセット77」ほど華やかな世界ではないが、大学生2人が、スポーツカーに乗って旅をしていること自体がまぶしい存在で、シリアスな時代背景をもったドラマであることの認識はなかった。
 歌やテレビ映画を通じて知った「ルート66」という道は、私たちの世代の者にとって、アメリカで最も馴染みのある道路であるといえる。

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