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2006年4月14日 (金)

『銀座ギャラリー日記』 

○2006年4月13日(木) 
  『銀座ギャラリー日記』 栗田玲子 ガレリア・グラフィカ

 ガレリア・グラフィカの栗田さんから、『銀座ギャラリー日記』が届いた。
 昨年、朝日新聞の夕刊に連載をしていたコラムを小冊子にしたものである。本の見開きの左側の栗田さんの文章に登場する作家たちの絵やカタログなどの写真が右側に配置されている。
 私が画廊に気安く出入りするようになったのは、栗田さんと知り合いになったことからである。30年近く前のことである。当時は、有楽町のガード下近くの小さなビルの地下に、栗田さんの画廊があった。それから、銀座の中央通りに移り、今は、松坂屋の裏手の方の昭和通りに近いところにある。
 1階のbisは貸画廊として、若手の作家の発表の場になっている。その2階が、栗田さんのいる画廊ガレリア・グラフィカである。30代の頃には、学生時代の友人と、銀座のライオンでビール付きランチを食べた後、散歩がてらに画廊に寄り、お茶を飲みながら絵を見せてもらっていた。
 この小冊子に登場する作家の人たちの中にも、画廊で直接、話をした人が何人かいる。
 
 今朝、久しぶりに早く起き、2階の自分の部屋で、お茶を飲みながら、この小冊子を読んでいた。ページごとに登場する作家の顔や息遣いを感じる思いで読んでいた。
 栗田さんから、結婚祝いにギリシアのファシアノスの絵をもらった。その後、私も数点手に入れた。地中海らしい鮮やかな色遣いは現代的でもあるし、日本の田舎を思いださせるような素朴な世界が共存し、古代ギリシアを思わせる奔放な世界が繰り広げられている。 ファシアノスの絵は、アテネ五輪の記念切手に使われたが、その年、ファシアノスは日本にきた。画廊で、栗田さんに紹介され、握手をした。ギリシアにいかにもいそうな素朴な雰囲気の気さくなおじさんであった。
 
 数年前、亡くなった坂倉新平さんとは、個展のために、パリから帰っていた時に初めて会った。その後、日本に帰り、辻堂の方に居を構えた。色遣いが微妙に変わった。空気か風土の影響かは分からないが、作家が生きている時代と場所の息吹を受けていることを実感した。同時代に生きている作家を観る楽しさである。
 坂倉さんが亡くなる数年まえに、家族と一緒に、アトリエに遊びに行ったことがある。病状も進行していたが、多弁だった。描いている途中のキャンバスを何枚も見せてくれた。パリ時代のデッサンもたくさんあった。絵を描きたくてしようがないという思いが伝わってきた。
 
 栗田さんは、画廊主も、作家たちとともに歩いているという。私も、客といえるかは分からないが、長年、画廊に通うことにより、作家たちの軌跡に直接触れることができた。
 時間をかけることで、こちらの内側に醸成されていくものが豊饒となってくる。
 年を経ることによって、分かってくることも多い.

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コメント

haniです。先日はありがとうございました!
まだ少しだけしか拝見させて頂いてませんが「娘に語るお父さんの歴史」の中のメッセージを残したいお気持ち僕も一緒です。まぁ、僕の場合は携帯から写真(文章もホントは書き込みたいのですが)をポンポン放り込んで後から記憶をたどる足がかりに出来れば良いかなという程度ですが・・・

今後とも宜しくお願いします。

投稿: hani | 2006年4月17日 (月) 23時38分

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