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2006年5月24日 (水)

『上流社会』

○2006年5月24日(水)

『上流社会』 監督チャールズ・ウオルターズ
 バスの中で、サッチモことルイ・アームストロングが歌っている。
 バスは、カリフォルニアの高級避暑地のニューポートに向かっているのだが、サッチモは、ビング・クロスビーの別れた妻(グレイス・ケリー)の結婚式を壊すのだと狂言回し風の歌詞の歌を唄っている。

 スキャンダル雑誌スパイの記者として、この結婚式を取材しに乗り込んでくるのが、フランク・シナトラである。クロスビーの家とケリーの家が庭続きで、互いに行き来ができるのだが、これにケリーの叔父さんの家が出て来たりして位置関係がよくわからない。ニューポートの住宅地を俯瞰する空撮で始まるのだから、もう少し、手際よく、家の位置関係をうまく見せることができたのではないだろうかと、こんがらかった頭のなかで思ってしまう。
 ストーリー自体、シナトラとケリーが恋に落ちて行き、キスをしたりなど、途中、クロスビーとシナトラが恋敵になってしまうの?と思わせながらも、クロスビーとケリーがよりを戻すというお手軽な展開である。
 軽々しく唄うクロスビーに対し、シナトラの方は、少し歌い方が堅く感じ、さすがクロスビー、シナトラよりは上と感がした。
 この映画の音楽を担当したのはコール・ポーターである。クロスビーとケリーが歌うトウルー・ラブは大ヒットし、スタンダード曲となっている。ケリーが本当に歌っているのだろうか?
 た久しぶりに、シナトラの歌を聴いてみようと思い、CDを引っ張り出した。あらためて、聴くと、メリハリの効いたシナトラの歌も結構いいなとも思ってしまった。聴いたのは、1953年から1962年にかけてのヒット・コレクションだから、油ののった時期のもので、バックもジャージーにスイングしている。晩年のシナトラを聴くと、また、印象が異なってくるだろうなと思いながら、この文章を書いている。

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2006年5月21日 (日)

 『文化財保存支援機構』

○2006年5月21日(日)
  『文化財保存支援機構』
 一足早い、台風の影響も収まり、さわやかな日曜日の朝、清澄白河の駅で地下鉄を降り、深川の町並みを抜けて、東京都現代美術館にでかけた。
美術館では、カルチエ・コレクションの展覧会が開かれているが、今日、来たのは、この展覧会が目的ではなく、地下の研修室で、NPO法人JCP(文化財保存支援機構)の定例総会と事業報告会が開かれるからである。
 JCPは、文化財の保存・修復を目的としている。文化財の技術者や専門家を中心メンバーとするNPO法人なのだが、縁あって、門外漢の私は、6年前の発足時から理事をしている。
 午前中の定例総会では、決算、予算、今年度の事業計画等の審議がおこなわれた。それなりに、事業規模が拡大しているが、慢性的な資金不足に悩んでいる。積極的な活動を展開するためには、広報活動を充実する必要があるのだが、そのためには先立つものが必要だということになり、堂々巡りの議論となりがちである。
 午後に開かれた事業報告会は、いずれも、JCPの会員が携わった文化財保護活動の報告である。
 最初の報告は、鷹島海底遺物の保存事業である。13世紀後半に、蒙古が日本に襲来し、神風が吹き、襲来した蒙古の船が沈んでしまった話はよく知られているが、沈んだのは鷹島付近で、その船の数は4400隻と聞いて驚いた。1隻に何人乗っていたのか分らないが、相当の数の人が乗っていたのであろう。全員、海の藻屑になったのではなく、上陸した者もいるだろうし、陸では壮絶な戦いが行われたはずであるが、このあたりの知識は全くない。今度、機会があったら、蒙古襲来の書籍を探してみようと思いながら、話を聞いた。海底から見つかったのは、鉄製品、非鉄製品、漆製品などであるが、いずれも、腐食が激しい。保存修復といっても、文化財の場合には、新品のように修復するのではなく、現在の状況から、腐食等が進行しないように処置することが多い。
 海底遺物については、特に、海底で見つけたということが重要なので、砂などを取り除くクリーニングをして、腐食が進行しないように、脱塩処理をすることにしたとのことであった。
 2番目の報告は、台風による高潮被害を受けた観音寺市の郷土資料館の文書の緊急保存措置である。資料館は基礎部分から140cm浸水したために、展示中の資料や、ロッカーに保存していた資料が水損したのである。水浸しになったといっても、ただの水ではなく、汚水も混じっている。放っておくと、すぐに腐ってくる。腐敗の進行を止めるにはまず冷凍するのが手っ取り早く、その上で保存措置を行うことになるが、一般にある冷蔵庫も業務用の冷蔵庫も、食品保存のためのものであるが、水損した資料を入れるには衛生上の問題があるので使えない。
 緊急措置として、どこにであるコピー用紙を使って、資料の一枚、一枚の間にはさみ、湿りを取る。キッチン・ペーパーを使ってもいい。
状態の悪い資料については、一枚一枚、水に浸して洗い、キッチン・ペーパー等に挟み、乾かす作業をする。気の遠くなりそうな作業だが、この方法は素人でも、応用できる。
 我が家でも、雨水が漏水して、本棚一つが濡れてしまったことがあった。一枚、一枚というわけにはいかなかった、乾かしてもぼさぼさになってしまったが、雨水はきれいであったので、読むのには差し支えなかったが,汚水であれば捨てるしかなくなる。新潟の中越地震でも、蔵などが崩壊して、雨ざらしになってしまったものも多いという。
   最後の報告は、中国が敦厚で行っている壁画の修復事業への技術協力である。東京文化財研究所が中国と行っている壁画修復に関する共同研究に、JCPは技術面で協力している。敦厚には、多くの洞窟があり、壁画がある。現在、修復を行っているのは、53窟であるが、水没したこともあり、非常に状態が悪い。これまで行われていた修復も試行錯誤している。修復の方法を見極めていくことは難しいものだということをあらためて認識した。

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2006年5月18日 (木)

『銀河のワールドカップ』

○2006年5月18日(木)
  『銀河のワールドカップ』 川端裕人 集英社

「以前、花島は自分のチームを自分の考えに染めた。たまたま手にしたカードを徹底的に利用し勝つためのサッカーにチームを鋳込んだ。その結果、優秀な選手の将来を奪ってしまった。
 このチームは型にはめない。チームがチームとして動いていく方向を読み、形を整えてやりたい。うまくすればそれだけで全国を戦える潜在能力を持っている。
 だから、試合中のコーチングは控える。敵のコーチは喉を嗄らしているが、あんなものはエゴの押しつけなのであり、自分は選手を信じるのみだ。」(p63)

 明け方、目を覚ましたら、昨夜見ていたテレビがつけっ放しになっていた。雨の中のサッカーの試合である。ホテルの窓から外を眺めると、雨が降っている。昨夜、私が泊まったホテルは横浜だが、テレビに流れる試合が行われているのは、パリのサッカー場である。
 ヨーロッパ・チャンピオンズ・カップ、バルセロナとアーセナルの試合であった。普段は、朝にテレビを観ることはないのだが、眠いとおもいながらも、見入ってしまった。
 カーンに代わって、ドイツの代表の座をうばったアーセナルのゴール・キーパーが早々に、レッド・カードを受けて退場処分を受けてしまった。それでも、10人で戦うアーセナルが1点をリードして、前半を終えた。
 雨のせいか、ボールのコントロールに苦労していたバルセロナが、後半になってようやく2点取り、逆転した。
 ワールドカップの試合も、この時間帯なのだろうかと、ベッドのうえで朦朧としていた。
このような朝を迎えた日に、読み終えたのが、『銀河のワールドカップ』というのも、何かの因縁なのだろうか。
 久々に興奮をしたスポーツ小説である。あさのあつこの『バッテリー』を読んだときに、主人公である天才肌の少年が、ピッチャー・マウンドで、ボールを投げる時のフィジカルな感覚を描き切った作者の文章の的確さに驚いたが、この小説に登場する少年たちの感じるサッカーの世界への皮膚感覚の鋭さには言葉を失ってしまう。正確にいうと、皮膚感覚の鋭さを描ききる川端の筆力のすごさである。
 登場するサッカー少年は、小学生である。少女が2人に、三つ子の少年たちの8人が、スペインでの世界大会を目指して、8人制サッカーの試合を勝ち抜き、スペインにでかけるが、決勝であっけなく、負けてしまう。少年たちがスペインにやってきた目的は、レアルのプロ選手と戦うことであった。
 小学生という設定であるが、子ども達の運動能力も思考のしかたも、どうみても小学生のものとは思えないのだが、作者の筆致の強さについ納得してしまう。
 子ども達のコーチを引き受ける花島は、指導した子どもの怪我に責任を感じていた。そして、コーチの座を負われたのは、子どもへのセクハラ疑惑のためであった。ここらへんの描き方も押さえ気味で、非常にうまく、説得力がある。
 ワールドカップを前に読む本としてもいいし、サッカーをする子どもやコーチにも是非読んでほしい本である。
 

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2006年5月13日 (土)

 『ペリー・メイスン・シリーズ』

○2006年5月13日(土)
 『ペリー・メイスン・シリーズ』
 アール・スタンリー・ガードナーのペリー・メイスン・シリーズに関する原稿の依頼があった。
 早川ポケット・ミステリ・ブックスのペリー・メイスン・シリーズを読んでいたのは中学生の頃であるから、40年以上も前のことである。
 叔父の家の離れの書棚に、初期の頃の、ポケミスがたくさん置いてあった。祖父のところに遊びに行ったおりに、10冊くらいまとめて、ポケミスを借りてきて、読んでいた。その中には、カーなどもあったが、私の関心は、カーター・ブラウンのアル・ウィラー警部シリーズやミッキー・スピレインの探偵マイク・ハマー・シリーズのような軽ハードボイルドにあった。お色気たっぷりの扇情的なミステリは、今からすれば、他愛のないものであるが、思春期まっさかりの中学生にとっては、エロ本のような禁断の書として読んでいた。
 このような本と一緒に借りてきた中には、ガードナーのペリー・メイスンやエド・マクベインの87分署シリーズもあった。マクベインの「警官嫌い」に出会ったのは、小学6年生の時であったが、衝撃的であった。ポーの「盗まれた手紙」の手口がこのようになるのかと感嘆した。ポーといっても、子ども向けに訳されたミステリであったが、これを現代風にアレンジするとこうなるのかと思ったことを覚えている。
 それに対し、ペリー・メイスン物にはそれほどの記憶がない。それよりも、ガードナーがA・A・フェア名義で書いていたドナルド・ラム&バーサ・クールの探偵コンビのシリーズの方が気に入っていた。
 というわけで、ペリー・メイスン・シリーズを結構読んではいたが、書棚にはそれほどの数はなかった。この際、少し読もうかと思い、ジュンク堂に出かけて、パソコン検索をしたところ、大半が版元品切れとなっており、手に入ったのは、ポケミス発刊45周年フェアで復刊された「偽証するおうむ」だけであった。
 弁護士としてアンフェアな行為をするというのが、ペリー・メイスンのイメージであったが、今回、読み返してみて見直した。1930年代に書かれたものでも、古さを感じさせないのである。全作とはいわないが、面白いものを厳選して、復刊してもらいたいと思っているが、無理であろうか。
 

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2006年5月10日 (水)

『羽仁智治ジャズ・ライブ』

○2006年5月10日(水)

『羽仁智治ジャズ・ライブ』

 仕事の帰りに、吉祥寺の東急デパートのそばにあるライブハウス「チャチャ」に出掛けた。
 最近、知り合いになったジャズ・ピアニストの羽仁智治さんが出ている。http://www.tomoharuhani.com/

階段を降りると、ライブハウスとしては、意外に広い吹き抜けの空間があり、ピアノ、ギター、ドラムのトリオが演奏している。
 ソウル系のライブハウスにあわせてか、ソウル風のジャズである。キーボードに向かう羽仁さんは、物静かな風貌に、白の襟付きシャツ姿。白衣をきた理科の先生という雰囲気である。
 トリオをバックに女性のヴォーカルが歌う。正直いって、最初のステージにはこちらがついていけなかったが、最後に、今日が誕生日のカップルのために、ハッピバースディの歌を歌い出したあたりから、リラックスしてきた。セカンド・ステージはいいのりであった。ここで、曲名をあげて、印象を付け加えればいいのだろうが、いかんせん減退した記憶力では思い出せない。灰色の脳細胞は灰色ののままということであろうか。
 それでも、その場で感じた雰囲気はいまでも肌に感覚としてのこっている。
 たまには、このような夜の過ごしかたもいいものである。

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2006年5月 3日 (水)

『あるサッカーの試合』

  ○2006年5月3日(水) 『あるサッカーの試合』

 気持ちのよい五月晴れの祭日である。息子のサッカーの試合を観に、八潮公園の多目的グランドまででかける。
 モノレールの大井競馬場前駅から、10分位の歩いたところにある。ひっきりなしに、グランドの奥の緑の向こう側から、飛行機が上昇していく。
 グランドの近くで、前の試合を観戦していたら、そのすぐ近くで、息子達がこれから試合をする相手方の中学生がボールを蹴りだした。
 息子たちよりも、身体は大きいし、球さばきもうまいので、互角に戦えるのかなと思いながら、前の試合を観戦した。
 途中から観たので、得点が何点なのかは分からなかったが、引き分けで、PK戦となった。双方、登場した5人の選手が、連続してシュートを決め、緊迫した状況になった。
 そして、10番の背番号をつけた6人目の選手がついにゴールをはずしてしまった。ゴール前のその場で、崩れおれて、泣いている。
 緊迫したPK戦であっただけに、泣き崩れている選手の気持ちが痛いほどわかる。数人の仲間が近寄っていき、抱きかかえるように、センターラインで待つ仲間の下につれてきた。それでも、まだ、泣きやまない。
 中学生の試合、それも、区の大会を勝ち上がった最初の小さな試合にもドラマがある。失敗した選手がどのような思いをしているのかというだけではなく、この子はチームの中でどのような存在であったのだろうか、これからどうしていくのだろうか、とこちらの思いは勝手に膨らんでいく。1時間もすれば、この子は、今の思いを忘れているのかもしれないが、それに比して、こちらが勝手に膨らませた思いは、あれこれと妄想に近くなる。
 これが、自分の息子だったらどうなのだろうかと・・・

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2006年5月 2日 (火)

『タイタス・アンドロニカス』

○2006年5月2日(火)

『タイタス・アンドロニカス』 蜷川幸雄演出

 さいたま芸術劇場に「タイタス・アンドロニカス」を観にいった。蜷川幸雄のシェイクスピア劇である。
 一昨年の初演も観に行った。友人の画家夫婦に誘われていったのだが、終演後、翌日が休みの日ということで、画家の友人である役者さんたちと、飲みに行き、楽しい時間を過ごした。
 さいたま芸術劇場は、埼京線の与野本町の駅から、徒歩8分の場所にある。冷たい雨がそぼ降る雨の中、住宅街の間の道を一人歩いていると遠く感じる。受付に置いてあるチケットを受け取るために、仕事を早めに終え、都心の事務所を5時頃に出た。思ったより、早く着いたので、チケットを受け取ってから、知人を待つまでの間、地下の空間で行われていたヴァイオリンとピアノの演奏を聴きにいった。円形の広場の中央近くで、2人が演奏をしていた。開場を待つ人たちが三々五々、広場の階段やベンチに座って、聴き入っている。荒川静香が滑った時の曲を弾いていた。音が空間全体に響き渡る。こうして、芝居の開演を待つというのもいものである。
 知人の到着を待ち、軽く腹ごしらえをして、劇場に入る。ロビーの入り口脇に、舞台で役者が着る衣装が衣紋掛けに掛けられている。白の綿入れで、歌舞伎で石川五右衛門が着ているような厚手のものである。
 劇場の内に入ると、開演前の舞台では、すでに、役者たちが思い思いに動き、話をしている。役者のウオーミング・アップなのであろう。蜷川は、パンフレットに、「アジアの人間がヨーロッパの人間を演じるには羞恥心というんでしょうか。どんなに体を大きく見せても、ヘアメイクしても、イギリス人やローマ人には見えないのはわかっています。でも、それに対する劣等感や卑屈さからではなく、文化の表面的な溝の深さに自覚的になって、違和感を埋めていこううとする行為なんです。」としている。
 
 ローマの皇帝の座を、サターナイナス(鶴見辰吾)とバシエイナス(横田栄司)の兄弟が争っている。ローマの武将タイタス・アンドロニカス(吉田鋼太郎)がゴート族との戦いに勝利して、ローマに凱旋する。戦いで息子たちを亡くしたタイタスは、弔いのため、捕虜としたゴート族の女王タモーラ(麻実れい)の息子を生け贄として殺してしまう。
 新皇帝に推挙されたタイタスは、皇帝はサターナイナスがなるべきとし、サターナイナスは娘ラヴィニア(真中瞳)を后にしたいとするが、ラヴィニアは、バシエイナスと愛する中であった。タモーラは、タイタスへの復讐を誓うサターナイナスの后となり、ムーア人の愛人エアロン(小栗旬)とタイタスへの復讐を謀る。
 切断された生首や、手首が登場したりと、血なまぐさい舞台である。流れる血を赤い布であらわしたり、せりふの言い回しなど、シェイクスピアの劇ではなく、歌舞伎の世界に通じる世界で、異人種の劇であるという違和感を感じなかった。歌舞伎が日本の伝統芸であるとしても、ほとんど馴染みのない私からすれば、異質の世界である。そういう意味では、蜷川シェイクスピアの方が身近に感じるものがあった。
 今回の公演は、イギリスでの公演を予定している。そのせいか、初演よりもドラマチックな構成となっていた。初演では、ローマの皇帝を選ぶ時に、護民官がローマ市民(実は観客席)に場面が省略されており、その分、劇の奥行き、深みが小さくなってしまったという気もする。
 途中、パパイヤ鈴木が、どういうわけか、どてら姿にん下駄ばきという珍妙な格好で笑いを誘う。初演のときも、同じ姿で登場した。真面目な向きには、顰蹙をかいそうな場面をわざわざ作る意図が分からなかったが、前掲の蜷川の言葉から、舞台を見る私達に、これを観るお前は、西欧人ではなく、このような日本人なのだよというメッセージと理解できた。
 モノクロの照明で、白い背景が様々に変化していく世界は秀逸であった。

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