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2006年7月15日 (土)

『新得・共働学舎』

○2006年7月15日(土)
     『新得・共働学舎』

 上富良野から新得に向かう途中、占冠(シムカップ)のはずれにある1軒家に寄った。住居の横に、小さな店がある。入り口には、不在のときは、下の川にいますので、電話をくださいという張り紙がしてある。その下には、タイル敷きに木枠が施された台風のものが置いてある。ストーブの台として使われていたものらしい。どのような家で使われていたものかは分らないが、いま、作ろうと思ってもできない味わいがある。
 店の中に、エゾフクロウやエゾリスなど北の大地に生きる動物たちの写真が飾ってある。シムカップに住む門間敬行という写真家が撮ったものだという。荷物になるので小さめの写真を1枚購入した。今度、来たときに、この写真家に会ってみよう。

 新得の駅から、車で10分程、町並から少し入ったところに共働学舎があった。正面の円形の建物が、共働学舎で作るチーズなどを売る売店と軽食をだすレストランがある。
 宮島さんのいる事務所はどこだろうかとうろうろしていると、すぐ目の前の窪地で働いている宮島さんがいるに気がついた。
 窪地の向こう側には、城壁のような石積みの壁があり、壁の後ろ側がチーズの熟成庫となっている。熟成庫の温度が高くなっているので、温度を下げるための工事をしているという。
 作業が終わるまでの間、店で働く若い人に、農場を案内してもらうことにした。
 チーズの原料となる牛乳を搾乳する牛舎とチーズを製造する工場が隣接していて、緩やかに傾斜している。よいチーズを作るためには、できるだけ、牛乳に振動を与えず、静かにしておくことが大切なのだという。ここでは、牛舎と工場が隣接し、自然の重力で牛乳が流れるようにしている。
 牛舎と工場が近いと、チーズの製造過程に衛生上の問題が生じる。ここでは、牛舎の床の下に炭を敷いている。この上に敷いた土壌の微生物の作用によって、衛生状態が保たれているのだという。牛舎の近くに行っても、牧場に特有の腐いがしてこない。
 作業が終わった宮島さんとレストランで話をしていると、北海道でチーズ作りをしたいとする若いカップルが訪ねてきた。
 宮島さんの彼らへの話しを聴きながら、出来上がってきたピザを食べた。ここのピザは、柔らかめだが、チーズだけが載ったシンプルさ加減がほどよくおいしい。
 宮島さんは、チーズ作りは、仕事のかたわらとしてなのか、本業としてなのかによって、取り組み方が違ってくるという。彼らは、当然、本業としてしたいとしているのだが、本業を目指すのであれば、それなりの覚悟もいるし、金もかかるのだということを伝えたいのだろう。
 北海道に通っていると、時折、このような若者達に会う。彼らは、農場で働いていたりして、現実の世界を知っていて、すべてにバラ色の世界を夢見ているわけではないのだが、夢があるからこそ、苦難の道を1歩踏み出したいと思っているのである。
 自分が、若い時に、このような夢を見ることができれば、別の人生があったかもしれないと夢想しながら、彼らの話に聴き入っている自分がそこにいた。

 宮島さんの東京の実家と、我が家とはすぐ近くということもあって、近所のレストランで何度か話す機会があった。私と同行しているというより、今回、車を運転しているKさんは、仕事の関係で、宮島さんとは何度もあっており、つい、最近も、下川にきてもらったという。そんな縁もあって、今回、新得に行ってみようということになったのである

 雪もなく、緑豊かな中にある新しいログハウス風の店や住居を見ていると、このような環境で仕事をするのも悪くないなとつい思ってしまうのだが、厳寒のときの生活、ましてや、共働学舎の創設時の大変さは想像もできない。
 現在、ここでは60人ほどが働いているという。その中には、働くこともままならない人たちもいるし、田舎の生活にあこがれてきた人たちもいる。ただ、いえるのは、今の環境は、冬は寒いとはいえ、家の中は快適な環境にある。環境がよくなってくればくるほど、それが、当たり前の世界になってくる。
 昔から働いている人と、若い人たちの意識の格差がでてくるのは、都会と同じなのかもしれない。

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