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2006年7月21日 (金)

『黒澤明VS.ハリウッド』

○2006年7月21日(金)
    『黒澤明VS.ハリウッド』 田草川弘 文藝春秋

 1967年4月、映画『虎 虎 虎』の製作発表会が開かれた。
 「赤ひげ」の後、ハリウッドで取るはずであった「暴走機関車」の製作を突然延期していた黒澤は、二十世紀フォックスと提携し、真珠湾攻撃を日米双方から描くとして、意欲満々であった。
 この時、黒澤は57歳、油が乗り切った時である、と書き出したが、今の私と同年である。57歳を油が乗り切った時といってよいのであろうか。
 「姿三四郎」で監督デビューをしたのが33歳、ヴェネチア映画祭でグランプリを獲得した「羅生門」は40歳の時である。そして、「七人の侍」(44歳)、「用心棒」(51歳)、「天国と地獄」(52歳)と続く。「天国と地獄」では、モノクロの映画であったが、煙突からでる煙の色をカラーにして話題になった。ミステリ、とりわけ、ハードボイルド・ジャンルのミステリが好きであった私は、「用心棒」、「椿三十郎」「天国と地獄」のあたりを同時代的に封切りを待ちわびて観ていたが、カラーとなった「赤ひげ」以降は、熱心に観ることもなくなっていた。
 アメリカを舞台にする「暴走機関車」は、黒澤がアメリカに乗り込むにふさわしいアクション映画となるのではないかと期待していたが、いつの間にか、「虎 虎 虎」という合作映画の発表となり、1968年12月に至り、黒澤は、二十世紀フォックスから解任を言い渡されてしまった。
 解任の理由はあれこれ取りざたされていたが、はっきりしていなかったが、”挫折に終わった『暴走機関車』と『トラ・トラ・トラ!』を合わせて、黒澤監督の芸術至上主義がハリウッドの合理主義に翻弄された「失われた五年間」などとも言われてきた。この五年間は黒澤明の五十五歳から六十歳までに相当する。”(p22)
 この本は、映画人ではなかったにもかかわらず、恩師のドナルド・リチーから手伝うように言われ、『暴走機関車』や『虎 虎 虎』の脚本の英語訳に関わることのあった著者がアメリカで見つけたシナリオ稿や契約書などの資料を駆使して、黒澤が二十世紀フォックスから解任された事情を解き明かそうとする。
 空前のヒットとなった『史上最大の作戦』の成功に、二十世紀フォックスのダリル・ザナックが、二匹目のドジョウを狙って企画したのが、日米双方から、真珠湾攻撃を描く『虎 虎 虎』『トラ・トラ・トラ!』の映画であった。
 黒澤は、この映画を通じて、「運命に翻弄された山本五十六という一人の武人(いくさびと)の悲劇」であったが、プロデューサーのエルモ・ウィリアムズは、「七〇ミリの大スクリーンに超立体音響で、真珠湾攻撃の戦闘シーンを観客の度肝を抜く迫力のある大スペクタクル」であった。(p167)
 明らかにされた契約では、日米両者の側から描くこの映画にあって、黒澤は日本側の監督に過ぎず、アメリカ側の監督は別にあり、編集の最終決定権はアメリカにあった。これに対し、黒澤は監督だけではなく製作の総指揮をとるのは自分であると考えていたようである。
 製作を引き受けた黒澤プロダクションの代表者であった黒澤が契約内容を知らなかった。任せていた者にだまされたとしていたようであるが、製作プロの代表者であれば、契約の内容を知らなかったということではすまされないし、真珠湾攻撃を描くアメリカ映画で、日本の軍人の悲劇を正面から描くということが可能であると考えた黒澤の思いこみもどこからでてきたのか不思議である。周囲から巨匠として奉られていたことにより、状況が見えなくなっていたのであろうか。
 山本五十六という武人の悲劇を壮大に描いていこうとする黒澤の脚本が、ハリウッド側によって手直しされようとする様は痛々しい。黒澤の意図とハリウッドの意図との相違が根底にあり、その比較対照が興味深い。
 黒澤自身のスケッチが施された黒澤の脚本は、黒澤の描かんとする映像と音までが聞こえてくるように迫りくるものがある。黒澤の描く山本五十六を観てみたかったという気になる。しかし、アメリカ資本では到底作るには無理があっただろうし、物量的にいえば、アメリカ資本でしか作ることのできない規模のものであった。
 しかし、監督解任に至った理由が、そこにあったとも言いきれない。京都の撮影所で撮影に入った黒澤の行動は奇矯であった。アメリカ側のスタッフのみならず、日本側のスタッフがついていけない事態が続いた。法的には、撮影の遅れが解任の理由となったようであり、そこにはハリウッド側の解任もやむを得ないとする正当な理由もある。
 黒澤が、したたかに、日本側の撮影を完了していれば、編集に際して対立が生じても、何とかなったかもしれないし、黒澤のディレクターズ・カット版ができたりしたら、面白かったかもしれない。
 
 

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