«  『三十三間堂』『CASA BRUTUS日本建築、デザインの基礎知識』 | トップページ | 『殺人マジック』 »

2006年8月15日 (火)

『血と肉を分けた者』

○2006年8月15日

    『血と肉を分けた者』ジョン・ハーヴェイ 講談社文庫

 妻に裏切られ、ノッティンガムシャーの警察を辞め、コーンウオールに一人で住むエルダーは、14年前に失踪し、行方不明の少女スーザンの悪夢に悩まされている。
 エルダーは、少女の失踪直後に、16歳の少女ルーシーを強姦して殺した少年2人がスーザンの失踪に関わっていると逮捕したが、立証できなかったのである。
 少年の一人ドナルドが釈放されたのを機に、スーザンの事件を調べ直そうとノッティンガムに戻りる。
 事件の後、ルーシーの両親は、殺人犯全員を終身刑にする法律の制定を求めているという。スーザンの両親は離婚をしていた。父親は再婚をし、事件のことに触れてほしくないとする。母親のヘレンは、エルダーに対し、壊れ物のように扱ってほしくないという。
 妻と一緒に住む16歳の娘ケイトは、陸上競技に励んでいる。ケイトは時折、エルダーの家を訪れ、エルダーは陸上競技に出るケイトの姿を見に行ったりしている。
 おりしも、更正施設に入ったドナルドが姿を隠し、失踪した16歳の少女エマが惨殺されて発見される。エマを殺したのは姿を消したドナルドであろうか。そして、今度は犯人を追うエルダーの娘ケイトが誘拐される。
 
 ”ルーシー・バドモアの両親は数千人分の署名を集め、殺人犯全員を終身刑にする法律の制定を求めているという。奪った命は命で償え、というわけだ。”p138

 ”彼は知っていた。崖っぷちや公園の茂みで殺害されるなどということは、めったにないのだ。実際、子供が虐待を受けた場合、加害者のほとんどはその子供の家族なのだった。だが、あまりこのことにたいていの人はその事実を受け入れることも、理解できずにいる。”p324

 ”彼は適切な答えを返してきたんです。彼は、わたしが聞きたがっている言葉、つまり、ひどく後悔しているとか、自分の犯した罪の深刻さを思い知っているとか、そういうことをちゃんと言っていたんです。”p408

 この小説のストーリーから切り離しても、これらの言葉自体から、様々なことを感じ取り、考えさせられることが多々ある。
 それだけ、少女の失踪、誘拐、殺人という世界が、欧米の映画やミステリという対岸の世界ではなく、最近の日本でテレビや新聞で報じられている事象と大差がない。
 といっても、それは、テレビや新聞などのメディアによって作り上げられた過剰な幻想の世界という気もしないではないが、悲惨な事件が起きたときの市民の反応も共通のものになってきている。

 ”エルダーは、駐車場を突っ切りながら考えた。近くにいすぎると、かえって見えないこともある。近すぎるが故に、目の前にあるものを見落としてしまうのだ。そして、人の言葉が、自分の見たつもりでいることを、いとも簡単に信じ込んでいまう・”p94

 テレビの映像を見て、真実を見たつもりになってしまう。活字の報道の字面をみて、簡単に自分の意見を作ってしまう。そして、数ヶ月前には大事件であっても、僅かな時間の経過が忘却の彼方のものとなってしまう。
 大量の情報を享受しているように見えながら、結局、私達が体得する情報は、紋切り型の一言でまとめられた貧弱なものにすぎないことに気付くこともない。
 ハーヴェイの描くエルダーという主人公は、社会正義を声高に叫ぶことはない。ただ、犯人を捕まえたいとする一途な想いが、人々の愚かな姿をあぶり出していく。とりわけ、最期に明かされる真実は切ない。
 ハーヴェイのチャーリー・レズニック警部シリーズは社会思想社からでているがそれほど話題にならなかった。2004年CWA(英国推理作家協会)のシルバー・ダガー賞を受賞したこのエルダー・シリーズはちょっと要注意のミステリ・シリーズになる予感がしている。

|

«  『三十三間堂』『CASA BRUTUS日本建築、デザインの基礎知識』 | トップページ | 『殺人マジック』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『血と肉を分けた者』:

«  『三十三間堂』『CASA BRUTUS日本建築、デザインの基礎知識』 | トップページ | 『殺人マジック』 »