« ワイルド・ウェスト・ファン・ジュニア・ショー | トップページ | 『書店繁盛記』 »

2006年9月 9日 (土)

『大地の芸術祭・妻有トリエンナーレ』

○2006年9月9日(土)
    『大地の芸術祭・妻有トリエンナーレ』

 新潟で開かれている妻有トリエンナーレが明日までである。今日しか行く日はないと思い立ち、土曜日の朝、車で出かけることにした。
 北川フラム氏がプロデュースをする妻有トリエンナーレは、3年ごとに開催し、今回が第3回目である。                                  http://www.echigo-tsumari.jp/about/index.html
 一昨年、日大の芸術学部で、北川さんの話を聞く機会があり、今年は出かけて行こうと考えていた。息子の所属するサッカー・チームが高円宮杯を勝ち進み、応援に出かけたりしたこともあって、いつの間にか9月に入ってしまっていた。
 途中、小雨が降ったりしていたが、新潟に入ると、快晴となった。
 六日町インターで降り、まず、十日町の駅前にあうるセンターに行き、トリエンナーレのガイドマップを入手した。
 特に、事前チェックしていなかったのだが、日大の芸術学の有志で作業をしている空屋プロジェクト「脱皮する家」を見にいこうと思っていた。「脱皮する家」は、妻有地区の西端にある松代エリアのさらに西端の星峠エリア、そのすぐ西は上越市となってしまうところに位置している。
 とりあえず、星峠に向かう前に、十日町の東端の方にある下条地区の陶芸村プロジェクトを見にいった。係員の指示にしたがい、山道近くの道路際に、車を置いて、稲が黄金色になりつつある田んぼの中をのあぜ道を歩いていくと、池に浮かんだ板の上に、御神酒徳利を思わせる白い素焼きのような壷が立っている。2つ3つの壷が置かれ、水の動きにあわせて、ゆらゆら揺れる板ともに、壷も動いている。このような板が50枚近くであろうか、浮かんでいる。
 里山の池に、浮かんでいるそれば、お灯明のようにもみえてくる。
 そこから、10分程度歩いていくと、小さな山を掘り、通路状に切り開き、木の屋根がかけられ、縄文時代の竪穴式住居のようなものがあった。雨が降るとどうなるのかと思うと、住居として使用には耐えないであろうかと思いながらも、この作業をしているときは楽しいだろうなと、作業の様子を想像していた。
 やっきになって、展示会場を見ようとしても疲れるだけと思い、陶芸の展示をいくつか見て、星峠に向かうことにした。
 明日が最終日ということもあって、結構、人がきている。会場の近くで、車の整理をしている人の指示に従い、車を駐車し、坂を上って行った。会場の案内は、結構でているのだが、どういうわけか、道に迷い、山の上から、反対方向が見える場所に行ってしまった。そこからは、下の方に、棚田が見え、棚田の撮影ポイントとなっており、カメラをもった人たちが、撮影をしている。
 汗だくになりながらも、目的の場所に通じる脇道はないかと、棚田の景色を見ながら、山を上って行った。上に行っても、戻ることになるだろうと思いながらも、黄金色になる前の緑色がかすかにのこる稲が風に揺れる棚田の景色を楽しんでいた。
 暑さに、歩くのも限界と感じ、道を戻ろうと歩いていると、ワゴンに乗る夫婦連れに、乗りませんかと声をかけられた。十日町に住む老夫婦は、孫を連れてきたという。地元で行われているので、もう最後なので、見に来なければと思ったといい、これから「脱皮する家」に行くというので、乗せてもらうことにした。
 「脱皮する家」は、空屋を購入した東京に住む人と交渉をし、学生達が、家の再生を図ったものである。柱、梁、床板等に柿渋を塗り、それをのみで彫っている。彫ったところは木の地肌がでてくるのだが、それも、時間が経過し、作業をする人たちが触れることから、微妙に色が変わってきたという。
 高い天井に位置している梁を彫る作業も大変だったろうし、全部を彫っていく作業も途中では気の遠くなるような思いをしたに違いない。ちょっと、垣間見たキッチンは、真っ白で、洒落ていた。
 このプロジェクトが終わると、オーナーが住むのだという。
 このあたりは、豪雪地帯で、冬になると、家の周りを板囲いして、雪を防ぐという。その時は、この家の雰囲気もまた変わるのだろうと思いながら、この地を後にした。

 新潟県の南側の妻有地区で開催されている大地の芸術祭は、2000年に始まった。その後、3年毎に開催され、今回が3回目となる。
 当初は、30数カ国150人近くのアーティストが、十日町市、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町の6市町村にまたがる760平方キロメートルという広大な山間部に、作品を繰り広げられ話題になっていた。第1回、第2回と、結局、行く機会を逃してしまった。
 2005年4月の町村合併で、十日町市、川西町、中里村、松代町、松之山町が合併して、十日町市となり、津南町は合併には加わらなかったが、妻有地区という同じ地域で開かれているので、十日町市と津南町での開催となっている。
 ガイドマップには、330点の作品展示箇所が示されている。今回、初めて展示されたものから、第1回、第2回に展示された作品も残っている。
 津南町がどういう経緯で、合併に参加しなかったのかは知らないが、このような広大な地域の合併は、長年培われてきた地域の特色を奪っていくことは間違いない。
 会場は、十日町エリア、川西エリア、中里エリア、松代エリア、松之山エリア、そして、津南エリアと地域別に表示されており、外見からは、昔と変わっていない。
 第1回、第2回を見たわけではないし、今回も駆け足で見ただけなので、生意気なことはいえないが、合併をすることによって、地域がどのように変貌していくのかも興味のあるところである。
 夏の初め、北海道に遊びに行ったおり、合併協議に参加しなかった町村の関係者が集まるシンポジウムに参加した。国は、4000人、5000人程度の町では効率的ではないので、半強制的に、町村合併を推し進めている。しかし、合併することにより、その地域の中で、過疎化が進行する。役場の職員は、合併で統合された役所に通勤するために、役所を辞めるか、役所の近くに引っ越すことになる。こどもたちも、統廃合された学校に、遠距離通学するとなる。高校となると悲惨である統廃合の結果、地域に高校がなくなると、経済的に、高校に行くことすら難しくなる。過疎の地域の住民の意向を反映することが難しくなる。過疎の地域の中に、さらに過疎の地域が生じるという過疎の二重構造が生じていく。

 外から観にきた人には、車で押しかける観光客に顔をしかめる人がいるかもしれない。
 継続していくことによって、地域に何かが生まれていくということを北川さんは考えている。まさしく、アートが地域を変えていくことができるかの壮大な試みがここで行われている。
 トリエンナーレの開催期間だけではなく、1年を通して、見ることのできる展示物もある。
 最近、はやりの四国八十八ヶ所めぐりのように、妻有を歩き、いつでも、地元の人たちと交歓できるような文化が生まれてくるといいだろうなと思っている。
 3年後のトリエンナーレについて、億単位の金がかかることもあって、新潟県は応援をすることに消極的なようである。
 期間中の集客という観点ではなく、もっと、長期的に、地域の文化をどう育てていくのかという視点があるかどうかである。

|

« ワイルド・ウェスト・ファン・ジュニア・ショー | トップページ | 『書店繁盛記』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『大地の芸術祭・妻有トリエンナーレ』:

« ワイルド・ウェスト・ファン・ジュニア・ショー | トップページ | 『書店繁盛記』 »