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2006年9月23日 (土)

『書店繁盛記』

○2006年9月23日
  『書店繁盛記』  田口久美子 ポプラ社
 
 池袋を経由して家に帰るので、ジュンク堂池袋店には行くことが結構ある。 ただ、西武線の地下の改札の手前で左に曲がり、西武デパートの中を抜けていくと、リブロの前に出るで、まず、リブロの平台や新刊書に並ぶ書籍を一巡していくことになる。
 リブロの一般書籍がおいてある地下1階は、真ん中の通路の左右に売り場がある。右側の平台と新刊書籍をみてから、左側の文芸書のコーナーに向かう。 右側のコーナーに並んでいる書籍と左側のコーナーの書籍とは同じものも多いのだが、棚の印象は微妙に異なる。並べ方やこだわり方が違っているからである。それでも、その昔のリブロを知るものはつまらなくなったというかもしれないが、今、何を売りたいのかということが伝わってくる。
 ジュンク堂にいくには、奥のほうにあるコミック売り場のそばにあるエスカレーターで上がり、1階の出入り口から外に出て、信号のある明治通りを渡らなければならない。
 そういう意味では、バリアがいくつかある。リブロで気になった本をその場で買ってしまうと荷物になる。リブロの閉店時間は午後9時であり、ジュンク堂は午後10時まで開いている。ジュンク堂でのんびりしていると、リブロは閉店となってしまう。帰りは、西武池袋線の1番ホームのはずれにある改札を利用するのが便利なので、再度、リブロに行くのが億劫となる。
 ましてや、雨が降っていると、2つの信号がある横断歩道を渡っていくことが遠く感じてしまう。
 そういうわけで、体調のよくないときや、リブロで買いたい本が5ー6冊みつかると、ジュンク堂まで行く気力がなくなってしまう。
 探している本があるときは、ジュンク堂に出かける。アマゾンで、書籍をチェックしてから、ジュンク堂に電話をかけ、本の有無を確認し、帰りに取りに行くので、1階にあるレジにもってきてもらうように頼んでおく。閉店時間が午後10痔までとなったので、取りにいくのもさほど負担ではない。
 目的の本はあるので、1階に寄るのは後回しにして、好きな棚を一巡することになる。
 本を受け取り、帰りの電車でぱらぱら眺めているのも楽しい一時である。

 ジュンク堂の1階には、故瀬戸川猛史が主宰していたトパーズプレス(雑誌ブックマンや双葉十三郎の「ぼくの採点表」を出していた。)で、編集をしていたO君が働いている。
 忙しくなさそうなときには、カウンターごしに、一言二言、話をする。お互いに、お薦めの本の題名を伝え合う。私がレジ台に載せた本をみて、仕事の本ですかと、面白くなさそうにいってきたりする。

 『書店繁盛記』の著者の田口久美子は、往年のセゾン文化の一翼を担っていたリブロから、ジュンク堂に転職し、現在、池袋店の副店長をしている。
 田口が書いた『書店風雲録』は、セゾン文化の全盛期のあだ花ともいえる書店リブロの内幕を描いていて、話題になった。
 『書店繁盛記』は、ジュンク堂という書店の内側から、書店という仕事や仕事を通しての田口の思いに溢れている。
 のっけから、現在、日本最大の書店となったアマゾンのサイトで、『拒否できない日本』(関岡英之)が売り切れとされていた事件のことが書かれている。この本は、日本の規制緩和策(独占禁止法、郵政民営化、会社法などの制度改革)は、米国の要望書に書かれた通りのものであることを暴露したことで話題になったのだが、アマゾンは、米国の国益上の判断から、売り切れと表示することによって、事実上販売を拒否しているのではないかというのである。
 その他にも、部落差別を扱った『水平記』(高山文彦)も、新刊があるにもかかわらず、高い価格を表示した古本の表示しか出ていない例があるという。

 書店の棚が、どのように作られるのか。リブロとジュンク堂では、どう違うのか、それは何故かということを、田口は手を替え、品を替えて披露している。書店の現在、未来、客の生態、そして、書き手に関する忌憚のない評価も登場する。書店の責任者がここまで言っていいのという腹のすわった書きっぷりに、田口の生年が気になり、奥書を開くと、私よりひとつ上の団塊の世代であることが分かった。
 この本は、本好きな高校生に読ませたいな思いながら読んでいた。大学生を
連れての書店ツアーをしている先生の話がでてくる。池袋には、大型書店(リブロ、旭屋、ジュンク堂、三省堂)もあるし、まんがの森やとらのあななどのコミック専門の書店まである。これらの書店が、どのようない棲み分けているのが、仕事ということも見えてくるし、出版の世界も見えてくる。
 
 『書店繁盛記』の表紙を開くと、綺麗なスリップが挟まったままになっていると思いきや、スリップがそのまま印刷されている。一瞬、どきっとする。
この印刷されたスリップだけでも、この本を手放すのが惜しくなる。

 売り上げた本のスリップを整理し、次に取次に注文をする作業が、書店員の一番大変な仕事であったが、今では、POSシステムにより、コンピューターが販売状況を把握し、自動発注をする。書店員の仕事は飛躍的に楽になり、アルバイトでもできるようになったのだが、それだけ、書店員自身が本の動きを体感することができなくなるという。
 客からの取り寄せ依頼を受けた本を取り次ぎに注文をしても、他の本と混載した箱に入ってくるので、客注とは知らずに、他の店員が棚に入れてしまっために、売れてしまい、客からクレームを受け、往生するので、取り寄せ依頼を受けることを敬遠しがちになるという。
 取り次ぎの方で、客注の本に、色違いのスリップのようなものをはさんおけばこのようなことは起きないはずだが・・・

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