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2006年9月 2日 (土)

『イノセント』

○2006年9月2日(土)
  『イノセント』 ハーラン・コーベン ランダムハウス講談社文庫
 
 8月30日、板橋区で両親を殺害した17歳の少年に対し、検察側が15年の論告求刑をしたという新聞報道があった。
 6月23日にも、鹿児島市で、盗みに入って放火し、女性を死亡させた18歳の少年に対しても、15年の求刑がされている。前者は被害者が両親であるが、後者は赤の他人である。
 被害者側の報復感情からすれば、15年の求刑は軽いと思うであろう。
 近年の被害者救済の流れ、被害者の報復感情をメディアが報道することも多くなった。 そのせいもあって、最近、裁判官の判断する刑罰が重くなっている傾向にある。
 上記の事件で、裁判官が少年に対し、何年の刑を言い渡すかは分らないが(鹿児島の事件はすでに、判決が下されているはずであるが)、仮に、18歳の少年に15年の刑が科され、服役するとなると、出所するときには33歳になっている。
 33歳で社会にでた彼は、その後、どのような人生を送っていきであろうか。
 刑務所で、社会生活をしていくためのスキルを得ることができるとは思えない。社会に順応することを教えることができても、現実に前向きに生きていくためのスキルを教えることは難しい。
 普通に社会生活を送っている多くの若い人たちでさえスキルを得ることができないでいることを考えると、刑務所でどの程度教えることができるかとまじめに考えると暗澹たる気持ちになる。
 出所後のこともある。
 罪を犯した少年の出所後、センセーショナルな報道をするメディアもある。実名や所在を執拗に暴露しようとするネット社会もある。
 罪を犯した以上、その位のことをされても仕方がない、このような人間が我が身の近くにくるのは困るという風潮も蔓延してきている。

 『イノセント』は、法律事務所のパラ・リーガルをしているマット・ハンターが主人公である。マットは、大学3年生のとき、仲間のけんかに巻き込まれ、人を殺してしまい、4年の歳月を刑務所で送っている。
 ニュージャージー州のアッパーミドルの家庭に育ち、スポーツも勉学もトップではないが、その次に位置していたマットの前途洋々の人生はこの事件により大きく変わってしまう。
 出所後も、マットを許さない被害者の両親や近所には住まわせないとする幼なじみの刑事がマットをつけ回す。
 マットは弁護士となる資格を取得するが、前科を理由に、弁護士となることを拒まれる。マットは、兄の強力な口利きで、兄が所属する大手の弁護士事務所のパラリーガルとして働くようになるが、その兄も急死してしまう。
 それでも、理解のある妻や兄の妻たちに囲まれて、幸せな生活を送っていたマットだが、ある日、マットの携帯電話に妻のオリヴィアが男と密会している映像が送られてくる。
 この話と、平行して、女性刑事ローレンが、修道院の院長から修道院で死亡した修道女の正体を調べてほしいとと依頼される。ローレンは、修道女が殺害されていることをつきとめる。
 この2つの話がどのように結びついてくるのかが、このミステリの読みどころなのだが、罪を犯してしまったマットが自分と折り合いをつけようとしていく様子は切ないほど迫ってくる。

 マットは、毎週木曜日に、ニューアーク美術館に出かける。
 ”ソーニャはいつもホッパーの絵のそばで待っている。その絵は、『シェリダン・シアター』という題名で、映画館を描いた絵の中に純然たる荒廃と絶望が表現されている。”                            (上・p162)
 ソーニャは、マットが殺してしまった若者の母親である。
”こうして会うことがなぜ自分にとって重要な意味をもっているのか、マットにはどうしても説明できなかった。罪悪感からやっているのだ。ソーニャのために、贖罪か何かのためにやっているのだ、とほとんどの者は思うことだろう。しかし、じつはまったくちがっていた。二時間のあいだ、マットは奇妙な自由を感じていた。心を痛め、傷つき、哀れみに包まれるからだ。ソーニャが何を感じているのか、マットはわからなかったが、たぶん、同じような思いでいるのだろう。”               (上・p166)

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