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2006年10月22日 (日)

『ナイトフォール』

○2006年10月22日(日)                                                                                『ナイトフォール』 ネルソン・デミル 講談社文庫 ☆☆☆☆

 昨日は、早々と寝たので、朝の3時過ぎに目が覚めた。 ネルソン・デミルの『ナイトフォール』の最後100ページ余りを読んでしまおうと思い、起き出した。 ハードボイルド・ミステリと戦争は切っても切りは話せない関係にある。ハードボイルド・ミステリの系譜を、ダシール・ハメットから語ろうが、ヘミングウェイから始めようが、彼らの小説のもつハードボイルド特有の乾いた文章や社会に対して自己の規律を守ろうとする行動規範は紛れもなく、作家自身の戦争体験が色濃く反映している。 第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争そして、ヴェトナム戦争とイラク戦争と、アメリカは多くの戦争をアメリカという土地の外で体験してきた。 但し、ヴェトナム戦争までと、イラク戦争以後とは、戦争のスタイルそのものが異なってきている。多くの米兵がイラクに行き死亡しているが、その多くは巡視活動中に攻撃にあっているのであって、米兵の戦闘行動自体はハイテク兵器が用いられている。 ハイテク兵器による戦いは、テレビ・ゲームの世界のように、ディスプレーの映像上で、偵察し、ターゲットを狙って攻撃をする。そこでは、直接人を狙って、銃を撃つ行為とは明らかに異なっている。ディスプレーを介して行われる攻撃は、現実の戦闘行為という実感が伴なっていないような気がする。仮にあったとしても、現実の戦闘行為にさらされている場合とは明らかに質が違っている。 第一次大戦、第二次大戦、そして、朝鮮戦争の体験が、乾いた文体、己のコードを守ることにより社会と対峙するというスタイルのハードボイルド・ミステリを生み出していったののである。 ネオ・ハードボイルドといわれている作家たちの小説には、ヴェトナム戦争の体験が色濃く現われていた。彼らの過ごした青年時代は、ヴェトナム戦争に従軍したか否かを問わず、その生き方に大きな影響を与えている。とりわけ、ヴェトナム戦争は、アメリカが初めて敗戦を経験しただけに、徴兵を忌避した者も従軍した者にも、国や社会のあり方ということを再認識する機会となった。主人公の生き様を通して、自己を取り巻く世界を描こうとするハードボイルド・ミステリでは、作家自身のヴェトナム体験が様々な形で登場してくるのが興味深かった。 しかし、2001年9月11日の同時多発テロの発生により、ヴェトナム戦争の影が遠く彼方に消えてしまった。ミステリの世界も、イスラム対アメリカ・ヨーロッパの戦いのような図式のものが多くなってきた。 こちらの興味も、仕方なく、アメリカの作家が、9.11をどのように捉えているのかに移していかざるを得なくなった。 その中で、ネルソン・デミルは、ヴェトナム戦争を正面から見つめ直す『アップ・カントリー』を2002年に発表した。デミルは、ハードボイルド作家ではないし、このヴェトナム戦争を扱った意欲作は、9.11事件の以前から書かれていたことは想像に難くないし、発表前に、9.11事件が起きていないければ、もっと、話題になっていたに違いない小説であった。 1996年7月17日に起きたトランスワールド航空800便の墜落事故を題材にしたデミルの『ナイトフォール』は2004年の作品である。実際に起きた事故である。墜落の原因は、航空機器の故障とされていた。その5年後、連邦統合テロリスト対策翌別機動隊の捜査官のジョン・コーリーは、FBI捜査官である妻のケイトに誘われ、事故の犠牲者の追悼式にでかける。帰り道、ジョンは、ケイトから、航空機事故が海上から発射されたミサイルにより撃墜されたとする目撃者に引き合わされる。そして、事故の瞬間をビデオに収めたカップルがいた可能性もあった。しかし、FBIもCIAも、陰謀を否定し、捜査規範に逸脱したとして、ジョンに対し中東への配転を命じる。 FBIやCIAの証拠隠滅工作に不審を抱いたジョンは、謎のカップルの行方を追いかける。 上部機構の圧力にくじけず、カップルの行方を追うジョンの行動は、結構ハードボイルドで、アイロニカルで魅力的である。そして、カップルの行方の謎解きも面白い。 しかし、このミステリの面白さは、デミルが何故、今頃、1996年の航空機事故を題材としたのかである。 あざといとも思う結末であるし、消化不良気味の終わり方でもあるし、これこそ、デミルが現在のアメリカの状況について、指摘したかったことではないかと思う。 念のために、断っておくと、9.11陰謀説というような短絡的なことではなく、9.11がもたらしたアメリカの混迷、文明としてのアメリカの退行そのものを描こうとしていたのではないかということである。  最後に、デミルの謝辞が載っている。この小説に登場した10以上の人物の名前が、慈善事業に寄付をした人たちの名前であるという。デミルの小説に名を残すための寄付というのだから、寄付の金額も相当な額になったのではないだろうか。しかも、重要な登場人物ではあるが、敵役であったりするのが面白い。

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