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2006年11月18日 (土)

『黄泉の犬』

○2006年11月18日(土)
    『黄泉の犬』 藤原新也 文藝春秋社

 少年が父親を金属バットで撲殺した「金属バット事件」といってももう覚えている人は少ないかもしれないし、それ以上に、20数年前にこの事件が起きたこと自体知らない人も多い。金属バット事件を契機に、世の中に警鐘というよりも、刃を突きつけた藤原新也の「東京漂流」を読んだときの衝撃は今でも忘れられない。
 藤原の新刊『黄泉の国』の帯をはずすと、カバーのモノクロームの写真が見えてくる。犬が人の足を食らう写真である。裏表紙は、富士を遠景に、日本庭園でツツジをバックに記念写真におさまろうと腰をかがめて並んでいる人たちや庭園を散策している人たちののどかな光景の写真となっている。
 表表紙の「人の死体をくらう犬」の写真は、本の帯に隠れているので、書店の平台におかれていても、この本のジャケットがもつメッセージに気がつく人はいないであろう。
 定かではないのだが、この写真が掲載されたのは、雑誌「DAYS JAPAN」であったとの記憶である。もしかすると、この写真の掲載を拒絶されたために、藤原が連載を中断し、結局、雑誌には掲載されなかったのかもしれない。いずれにしても、この藤原の「人をくらう犬の写真」は物議をかもした。その物議の後に、『東京漂流』という本が生まれた。だから、私にとっては、『東京漂流』に出会わなければ、「人の死体をくらう犬」の写真が意味するものにも気がつかなかったかもしれない。

 『黄泉の犬』では、藤原がこの写真を撮ったときのことが書かれている。インドでは、人の死体は、川辺で焼かれ、川に流される。藤原は、インドを放浪し、死体を焼く作業を手伝っていた。犬の声に惹かれて、舟で、川洲にわたった藤原が目にしたのは、人の死体に食らいつく犬の群れであった。写真を撮る藤原を襲ってくる野犬の群れから、逃げ、対峙しようとする藤原の心象が描かれている。そこで、藤原が撮った写真が、この本のジャケットに使われている「人を食らう犬」の写真である。

 『黄泉の犬』は、オウム真理教の麻原彰晃が地下鉄サリン事件のような事件を引き起こしていった真相を解明しようとする。真相というより、深層といったほうがいいのかもしれない。藤原の関心は、オウム事件の真相というより、さらに、現代の多くの若者たちが宗教にひかれていく深層に通底するものを明らかにすることにあるからである。

”この九〇年代の一カルト宗教に所属する青年の内向的傾向は、あるいはそれ以降今日の青年に一般的に見られるひきこもり的現象の先取りをしていたと言えばそのように言えなくもない。ひきこもり、というものが今日の社会や外界に対する期待や希望を失った結果において対人恐怖症の様相を呈した一病理であるとするなら、今日的社会を極端に否定し、自らの領域と外部との間に堅牢なバリアーを設け、独自の内向的世界観の中に閉じこもったオウムの青年たちは、それ以降、今日の青年層が強弱の差こそあれ共通に抱く孤独感と同種の情操を表現していたように思うのである。”(p14)

 藤原は、麻原が「ひたすら外界を遮断して瞑想や誇大妄想的なオカルティズムといった抽象的志向に走った一因」は、彼の目が不自由であることに原因があるのではないかと考え、麻原の生まれ故郷である熊本県の八代に出かける。
 八代のすぐそばにメチル水銀公害の水俣がある。サリンによる被害者は視野狭窄という症状をもたらす。視野狭窄は、麻原の眼の疾患でもあり、水俣病もまた、視野狭窄の症状をきたす。このことから、麻原の眼の疾患は水俣の海の魚介類を食べたことによるものではないか。仮に、麻原が水俣病ではないとしても、麻原自身は自己の眼の疾患が水俣病によるものではないと信じていたことに、麻原の誇大妄想的被害妄想の遠因があるとのではないか。
 藤原は、麻原の兄と会いある結論に至るが、彼のことを書かないとの約束をしていたことから、週刊誌の連載は、中途半端に終わってしまい、様々な憶測をよんでいたらしい。
 『黄泉の犬』では、麻原の兄が亡くなったことから、麻原の兄とのやりとりが明らかにされ、藤原の推測が裏付けられている。
 麻原の裁判では、オウム真理教が一連の事件を引き起こしたメカニズムは何ら明らかにされなかった。
 裁判が刑罰を科す場である以上、罪を犯したのか否かについては立証しなければならないが、罪をおかした事情・理由について、真実を明らかにすることには限界があるし、裁判の目的でもない。また、検察側が、麻原と水俣の関係について調べてみようという契機・想像力があったのか、それとも、犯罪の構図を複雑化することによって、社会や裁判を混迷させることを意図的に排除した結果なのかは分らない。
 真実に近づくことができるのは、マスコミ等のメディアであるが、メディアが気がついたとしても、麻原の眼の疾患という身体障害や水俣病との関係については、マスコミにとってもタブーであり、触れること自体に怖れがあるだろうということも、想像に難くない。 マスコミ関係者の多くは、藤原が『黄泉の犬』に書いたことについては多大な関心をもっていると思われるが、マスメディアでは大きく取り上げられることはないであろう。

 もっとも、藤原自身も、このことをセンセーショナルに取り上げられることは望んでいいないようでもある。
 藤原の関心は、宗教に走っていく青年たちの深層にあり、人間を過大視する日本の風潮にある。
 「死や死体という人間の負の姿がさもタブーであるかのように人々の目から隠蔽」するという日本人の日常が人をして、生きているという実感を奪っているのだとし、オウム事件は、その一例にすぎないと藤原は伝えようとしているのである。
 藤原は、『東京漂流』で、父親を金属バットで撲殺した事件をモチーフに、現代日本の精神病理を強烈に暴き出そうとした。
 『黄泉の犬』は、その後も漂流しつづけ、黄泉に向かう日本の姿を浮き彫りしている。

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