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2006年12月 4日 (月)

『エッシャーに魅せられた男たち』

○2006年12月4日(月)
   『エッシャーに魅せられた男たち』野地秩嘉 知恵の森文庫

 現在、渋谷のthe Bunkamura ザ・ミュージアムで、『スーパー・エッシャー展』が開かれている。
 この本は、無名の画家であったエッシャーに魅かれた3人の男たちの物語である。

 デザイナーの松田光弘とともに、1970年代一世を風靡したファッションブランド「二コル」を立ち上げた甲賀は、まだ、評価の確立していないエッシャーのコレクションを7億円買い、日本でエッシャー展を開き、今日のエッシャー人気の源を作った。甲賀にエッシャー・コレクションの購入を持ちかけた新藤信は無名であったエッシャー展を日本で開くことに奔走した。
 
 日本のメディアで初めてエッシャーを紹介したのは少年マガジンであった。
 エッシャーという名前を聞けば、だまし絵と連想する。名前を知らなくても、絵を見たことがあるとする人も多いであろうが、1968年の8月から12月にかけて、少年マガジンの扉ページにエッシャーの絵が登場したということを知るものがどれだけいるであろうか。
 この頃に、エッシャーの絵を知る者は少なかった。美術の専門家も、こどもだましの絵といった程度の認識しかなかった。エッシャーに目をつけ、少年マガジンのグラビアに掲載したのが大伴昌治である。
 少年マガジンの表紙や特集ページのグラビアの構成、編集をしていたフリーランスの編集者の大伴は、子供には難しいとお蔵入りとなっていた「ウルトラQ」を世に出し、「怪獣大図解」を作るなど、今でも、マニアには伝説的な存在として大伴の名前が登場している。
 私は大伴に会ったことはないが、私の大学の推理小説同好会に所属していたので、OBから、大伴の話をしばしば聞かされている。
 大伴は、1973年、日本推理作家協会の新年会の席で倒れ、急逝する。36歳であった。大伴の思いで話しに、必ず登場するのが、墓参りをかかさないというご母堂のことである。この本の後書きに、94歳のご母堂が健在であると記されている。
 この本を書いた野地秩嘉もまた、エッシャーに魅せられていた男の一人であることが、この後書きからも読みとることができる。

 エッシャーという名前からふと手にしたこの本であるが、思いもかけず、大伴も名前を見つけたことも嬉しかったが、エッシャーという一人の画家をめぐっての3人の日本人の人生を共有できたという感興にひたった。

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