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2007年2月22日 (木)

『名作写真と歩く、昭和の東京』

  ○2007年2月22日(木) 

          『名作写真と歩く、昭和の東京』 川本三郎 平凡社  

昭和を懐かしくとらえる本が書店の棚に目立つ。退職し、時間をもつようになった団塊の世代が、懐古的になっているからであろうか。 戦争は知らないが、戦後の貧しかった時代を知っている。東京オリンピックとその後の高度経済成長も肌に感じて生きてきた。バブル崩壊のつらさも味わった。

 リタイアーを目前にすると、我が身を振り返ってみたくなるのであろう。。 川本三郎は、日本を代表する写真家たちが写した東京の風景を手がかりに、変わってしまった東京を語っている。川本は1944年生まれであるから、団塊の世代より少し上の世代である。昭和の風景に懐古的になっているのは、リタイアを目前にしている団塊の世代ではなく、リタイアをしてしまったその上の世代なのかもしれない。

 『名作写真と歩く、昭和の東京』は、荒木経惟、木村伊兵衛からロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソンまでと、52人の名だたる写真家の写真と川本の文章が、A5版の本の見開きの2ページに収まっている。このように、写真家をくくることが適切なかどうかは分らないが、いずれにしても、雑誌のグラビアや写真集で見た記憶のある写真もあるし、初めて見る写真もある。 大きさ、厚さ、重さと、持ち歩くのに手頃なので、外出時に持ち歩き、暇なときに眺めていた。

 1枚、1枚の写真に、いろいろな思いが湧いてくる。見る人によって、その思いは異なってくるだろう。 東京の23区内に通うということはあっても、住んだことのない。そんな私でも、これだけの思いを感じるのだから、長年生活をしていた人が、なじみ深い光景を捉えた写真を見ることにより、もっと様々な感慨が湧くのだろうな思う。  1954年4月、来日したロバート・キャパが東京駅で撮った写真、スーツ姿の若い男女が寄り添っている。笑みを浮かべている女とズボンのポケットに手を入れた男、何を話しているのであろうか。その幸せそうな光景もまた、今では見られなくなったさわやかな雰囲気をたたえている。      日本の平和な世界を撮り終えたキャパは、その1ヶ月後、仏領インドシナ戦争の戦場に戻り、地雷を踏み、命を失った。この写真を撮ったキャパは、何を考えていたのかということを考えるだけで、胸がつまってくる。  同じく1954年、石井実が撮った池袋駅東口の写真、西武デパートも、パルコの建物はない。小学生の頃、横浜から池袋を経て、祖父の家に遊びに行っていた。今の西武デパートの上に、カルピスを飲む男の子のネオンを見た記憶がある。左手前に見える工事中の建物が西武デパートになったのであろうか。

 1969年、江成常夫は、瓦礫のころがる荒れ地の向こうに、東京大学の安田講堂の写真を撮った。安田講堂の屋上に旗が数本はためき、数人の人影が見える。安田講堂に立て籠った全共闘の学生と機動隊の2日間の攻防が始まる日の早朝の写真である。 当時、「自己否定」という言葉が流行っていた。豊になりつつある社会に漠然とした不安が根底にあった。 安田講堂での全共闘の学生と機動隊の攻防を野次馬としてテレビで眺めていた。全共闘運動とは無縁なノン・ポリティカルな学生であった私も、いつしか、大学を出て、大きな会社に就職をするという生き方に懐疑的になっていた。                    

  現在の若い世代は、否定的なことを忌み嫌い、ひたすら「自己肯定」する。ちょっとした言葉にも過剰反応し、拒絶しようとする。 「自己否定」の世代が「自己肯定」の世代を生み出したのであろうか。  この本を眺めながら、自己否定の世代から自己肯定の世代までの間に、日本はというより、日本人は大きく変わってしまったと再確認した。

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2007年2月15日 (木)

『ヒート・アイランド』

○2007年2月15日(木)

   『ヒート・アイランド』垣根涼介 文春文庫  

 早稲田大学の学生であった大藪春彦の『野獣死すべし』が江戸川乱歩の推薦により、雑誌「宝石」に掲載されたのは1958年のことである。「ハードボイルドの野心作と喧伝された『野獣死すべし』は、その面白さは1950年代という時代とは隔絶した異質ものであったし、スピレーン風の銃と暴力に満ちた小説がハードボイルドであるという誤解を世間に振りまいたという意味では、功罪をもつ小説であった。 2004年、『ワイルド・ソウル』で、第5回大藪春彦賞を受賞した垣根の『ヒート・アイランド』を読み、垣根が大藪春彦賞を受賞するにふさわしい作家なのだということを再確認した。 更に、21世紀という日本の社会が、ようやくというか、ついに大藪春彦の世界に追いついてしまったのだという複雑な感慨も湧いてきた。  アキとカオルは、渋谷のストリート・ギャングを組織して、月に3回、ファイト・パーティを開いて、稼いでいる。ルールはワンラウンド無制限。寝技、立ち技にともにオーケイ。目潰しと睾丸打ち以外は何でもありだ。相手が失神、またはギブアップした時点で試合は終了する。 柿沢、桃井、折田は、表に出すことができない金を強奪することを仕事としており、大阪の広域暴力団『松谷組』が経営する六本木の非合法カジノバーを襲い、8936万円を強奪する。折田は、この仕事を最後にしたいとして、2人と別れる。 六本木通り沿いに、南青山7丁目から六本木6丁目までの渋谷以南を仕切っている『麻川組』は、以北を根城とする『全関東青龍会』と互いに牽制しあっていた。関東進出を狙っていた『松谷組』は、地場の利権を温存してやるとして博徒系暴力団『麻川組』を傘下に収め、『麻川組』のシマ内の六本木にカジノバーを開いていたのであった。 折田は、仕事の帰りに寄ったバーで、狼藉をはたらく若者を力で押さえたことから、分け前の3200万円を入れたボストンバッグを奪われてしまう。 ボストンバッグの中をみたアキは、暴力団か非合法組織のブラックマネーであると直感する。 金を取り戻そうと動く松谷組と柿沢達、築いた組織を守ろうとするアキたち、それに、松谷組と対立する全関東青龍会が、それぞれの思惑をもって、渋谷の街中を探り回り、策をめぐらす。  垣根は、アキとカオル、それに、柿沢と桃井たちの生き方をストイックに、丁寧に、魅力的に描いているので、どちらにも肩入れをしたくなり、結末をどう締めくくるのかが気になって、一気に読んでしまった。  おりしも、2月14日、指定暴力団住吉会小林会系幹部が白昼に射殺されたのに端を発した都心の連続発砲事件の記事が掲載されていた。 東京・六本木周辺を縄張りとしてしていた国粋からから利権を借り受け、賃料を払っていた小林組に対し、山口組の傘下に入った国粋会が縄張りの返還や賃料の値上げを要求するなど対立し、抗争に至ったのという。  この抗争は和解で沈静化したというのだが、『ヒートアイランド』が、東京進出を図る関西系暴力団と対立する東京の暴力団という構図を、一見、荒唐無稽な活劇小説に仕立てているようにみえながらも、リアルさをもつのは、垣根の社会を見る目の確かさからであり、『ワイルド・ソウル』の面白さに通じている。

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2007年2月11日 (日)

『トリック+トラップ』閉店

○2007年2月11日(日)
       『トリック+トラップ』閉店
 
 吉祥寺にあるミステリ専門店『トリック+トラップ』がこの連休で閉店することになった。
小林まり子さんが開いた書店を、東京創元社の編集者をしていた戸川安宣さんが臨時店員と称して、店番をしていた。
 私より1歳上の戸川さんと知り合ったのは大学生の時である。立教大学にミステリクラブを作った戸川さんが、私の属していた大学の推理小説同好会の会合に遊びにきたときが初対面である、それから、かれこれ35年以上になる。
 
 トリック+トラップは、吉祥寺の駅から歩いて5分程度のところにある4畳半程度の小さな書店である。
 入り口のドアをあけると、正面と右側の棚に文庫本が並び、ハードカバーを並べた書棚が左右を分ける間仕切りとなっている。
 週末、のんびりとした気分になると、トリック+トラップに出かけていた。客がいないときは、戸川さんとは、ミステリ談義をしたり、ミステリ仲間の消息を聞いたりしていた。たまに、学生の客とも話をしたりしたが、彼らが好きだとする日本の作家の多くは、名前もしらなかったりと、我ながらの世間知らずを思い知らされることもしばしばあった。
 戸川さんは、出版社のパーティとなると、本を入れた紙袋をぶらさげてきて、著者からサインをもらうのだと会場をうろうろしていた。そして、サイン入りの書籍がトリック+トラップの平台におかれ、それを目当ての客もくるようになっていた。また、作家が突然店に現れ、たまたま居合わせた客のためにサインをすることなどもあったらしい。
 小さな書店なので、採算がどうなっていたのかはよく分からないが、独特の存在感のある店になりつつあったので、閉店するは非常に残念でならない。
 
 今回の閉店は、戸川さんの体調が不良となったためである。昨年末に会ったときは、本当に体調が悪そうだったので、心配していたところに、閉店のお知らせがHPに掲載された。

 午後2時過ぎに、ドアを開けると店の中は、多数の客がいて、文字どおり立錐の余地のない状況であった。開口一番、昨年、預けていた大学のクラブの55周年記念誌『推理小説論叢』(トパーズプレス刊)が売り切れたと、戸川さんからいわれた。閉店セールなのに、在庫となるものを持ち込んだら悪いと思っていたなどと、話をしていたら、クラブの後輩の小山正がパートナーの若竹七海さんと同伴で現れ、そのすぐ後に、やはり、エドワード・ゴーリーのファンで、研究家でもある濱中利信が現れた。彼も大学のクラブの後輩である。
 あまりの混雑に、先の3人と作家の霞流一さんとと、ばかミスのSNSの管理人をしているという佐藤さんの6人で、近くに喫茶店で時間をつぶすことにした。
 若竹さんは、戸川さんのリクエストで、吉祥寺のミステリ専門書店〈マーダー・ベア・ブックショップ〉を舞台にした私家版の短編「信じたければ」を今日届けにきたとのことであった。夫婦で手作りをしたという洒落た小冊子で、40部作るための作業の一部始終?を楽しく聞かせてもらった。こんな本の作り方もあるのだと、真似をしたくなる話であった。この冊子の奥付にはTRICK+TRAP叢書のNo.1とあり、副題も「殺人熊書店の事件簿1」とあるので、すぐに、次号はどうなるという話になった。
 店に戻ると、有栖川有栖さんが奥の方で、サインをしていた。

 作家と読者が、自然に知り合える場所がこうしてできてくるのだと思った。閉店を惜しみながらも、一時の楽しみの場を創り出してもらい、楽しみを共有させてもらった小林さんと戸川さんに感謝である。

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2007年2月 2日 (金)

『オフィサー・ダウン』

2007年2月2日(金) 
  『オフィサー・ダウン』 テリーザ・シュヴィーゲル 早川文庫

 ミステリ・マガジンの「私のベスト3」アンケートに、ローリー・リン・ドラモントの
『あなたに不利な証拠として』を2006年のベスト3の一つにあげ、次のようなことを書いた。

  ”小鷹信光の『私のハードボイルド 固ゆで玉子の戦後史』(早川書房)を読みながら、ハードボイルドという言葉自体が通用しない時代になったのだと痛感した。
   そういう意味で、久しぶりに再登場したリューインの私立探偵アルバート・サムスンが家族愛に目覚め、やわになったのも時代の流れともいえる。
   これに対し、ドラモントの描く、生きていくために、幾重もの敵と対峙しなければならない女たちのなかにハードボイルドな世界がかすかに息づいていると感じた。」
 
  昨年の11月に出たテリーザ・シュヴィーゲルの『オフィサー・ダウン』もかなりハードな警官小説である。
  主人公は、シカゴ市警二十三分署の巡査サマンサ・マックである。同僚の刑事メイスンと不倫の関係にあるサマンサは、ある日、前の恋人であったフレッドとのパトカー乗務を命じられる。
 
  ”しばらくして彼を見ると、彼も私を見ていた。急に彼が仕事よりも恋愛を優先させるような軟弱警官ではなくなる。以前のように・・・”
                                                                (p34)
                                                               
 フレッドとサマンサは、保釈中に逃亡したトロヴィックを捉えるために踏み込みんだ家で、暗闇での銃撃戦に巻き込まれる。撃たれたフレッドを介抱しようとしたサマンサは、何者かに殴られ、気を失ってしまい、フレディも死亡する。フレディを射殺した銃弾は、サマンサの銃から発射されたものであった。
 サマンサは第三の人物がいたと主張するのだが、サマンサの誤射によるものであると断定される。納得しないサマンサは単独の調査を開始する。スキャンダルとなることを恐れる市警の上層部はサマンサを休職にする。内部調査部のオコナーと真相解明に協力する愛人メイスンとの確執もあり、事態は二転三転する。

 フレッドの家を弔問に訪れたサマンサは、フレッドの妻やメイスンの妻と会い、短いやりとりなど、複雑な感情をないまぜた緊張感に溢れていて、スリリングな展開である。荒削りなところもあるが、女性でなければ書けないハードボイルドな警官小説となっている。
 
 
 

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