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2007年5月 3日 (木)

『氷結の森』

○2007年5月3日(木)

                               『氷結の森』 熊谷達也 集英社
 札幌から名寄に向かう「スーパー宗谷」の車中で、熊谷達也の『氷結の森』を読了した。
 東北を舞台にしたマタギの小説を書いていた熊谷達也の『氷結の森』は、樺太の鰊(ニシン)場の漁の光景から始まる。
 主人公は、秋田から北の果ての土地に流れてきた柴田矢一郎である。矢一郎は、40間、およそ70メートルの距離から、熊を撃つ腕をもつマタギである。日露戦争から1年半ぶりに帰還した矢一郎を待っていたのは、出征10日まえに所帯をもった嫁と生後一月の子どもであった。子どもの父親が幼なじみの友であることを知った矢一郎は妻を幼なじみと一緒になるようにと離縁したところ、妻は、幼なじみと心中をしてしまう。

 矢一郎は、故郷を捨てるとき決意したとき、二度と銃は手にしないと誓った。
   ”前線に立たされた戦場では、銃剣を装着しての白兵戦にならない限り、自分が殺した敵が誰かは、ほとんどわからない。”
 だが、矢一郎の場合は、
   ”狙撃したロシヤ兵が倒れるさま、いやそればかりか、苦痛に歪む顔、あるいは驚きに見開かれる眼球、通常の人間ならば見えないだろうそうした映像が・・・いくつも焼きついている。”
                                                              (P74)

 故郷を捨てた矢一郎は妻の弟である辰治の追跡を逃れ、ニブヒ族のラムジーンの助けを借りて、シベリアに渡ろうとするが、辰治は、ラムジーンの娘のタイグークを連れ去ってしまう。
 タイグークを取り返そうと、矢一郎はシベリアのニコラエフスクにたどりつく。

 ニコラエフスは、ハバロフスクが約1000キロ離れた、アムール川沿いにある港湾都市である。かつては、清の領土であったが、19世紀半ばに、ロシア帝国の領地となった。
日本、この街を尼港と名付け、領事館も置かれていた。1920、赤軍パルチザンにより、多数の日本軍人、民間人が殺される事件が起きている。
 この小説の背景となっている尼港事件である。
 矢一郎は、パルチザンと日本軍の戦いに巻き込まれ、再び、銃を握ることになる。
 
 アイヌ民族のことは多少知っていたが、ニブヒやウィルタという名は知らなかった。ニブヒはギリヤークとも呼ばれていた民族で、樺太の中部に住み、中部・北部に住むウィルタ、南部に住むアイヌの先住民と共存し、狩猟・漁猟を営んでいたという。
 日本領であった南樺太に居住して日本国籍をもっていたため、日本の敗戦後に網走に強制送還され、北海道に住んでいるという。
 
 古来の伝統を守りながら狩猟を行うマタギと国家権力に翻弄される少数民族ニブヒ、ウィルタ、アイヌは似た運命を辿っている。この小説を読みながら、国家とは何であるか、民族とは何であるかを考えていた。
 
     ”遠いむかし、この樺太は、ロシア人のものでも日本人のものでもなかったはずだ。
        わたしのお祖父さんが子どもだったころまでは、ニブヒの暮らしはとても平和だった。ウィルタやアイヌとも土地を恵み分け合い、互いを尊敬しながら仲良く暮らしていた。けれども、サハリンやがロシア人の国になってから、すっかり変わってしまった。ロシア人たちは、ニブヒにもっともっと毛皮を獲れと命じた。・・・・結局ロシア人たちはニブヒを騙して沢山お金を儲けたけれど、ニブヒはさっぱり豊かにならなかった。”
                                 (p159)
       
   ”大陸に累々と重なる兵士たちの死体を踏み台にして、祖国である大日本帝国は樺太の南半分を手に入れた。かくいう自分も、最前線に立って何人ものロシア兵をこの手で殺した。そして同時に、ニブヒやウィルタの土地と心を真っ二つに引き裂いた。それだけではなく、奪えるものはことごとく彼らから奪っている。”
                                                         (p170)

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