« 『装丁物語』 | トップページ |  『笑う警官』  »

2007年6月24日 (日)

『七夕しぐれ』

○2007年6月24日(日) 

                          『七夕しぐれ』 熊谷達也 光文社 

   転校を一度だけ、経験している。 兵庫県の生野町という中国山脈の東端に位置する山奥にある小さな町から、横浜の郊外にある町に転居をした。いかにも新興住宅地という名前をもつ町であった。  生野は山奥の小さな町であるが、銀山として古くから栄えていた町である。通っていた小学校には、体育館のほかに、入学式や学芸会などの行事に使用する講堂があった。実験器具がたくさん並んでいる理科室もあったし、裁縫室とよばれる広い和室の部屋もあった。昭和の30年代の半ばのことである。

  小学校5年の3学期の始業の日に、転校先の小学校にでかけた。 冬休み中に、母親に連れられて学校に行き、担任との面談もして、転校の手続きは済んでいた。その学校では、人口の急増に学校の施設が追いつかず、数年前までは複式授業が行われてとのことで、建物も設備も前にいた田舎の学校よりも貧弱であった。 担任に連れられて教室に行き、教壇の上からあいさつをすませ決められた席についた。ここまでは予想していた通りであったが、その後、思いがけないことがおきた。

 三学期の委員選びが始まり、学級委員長と副委員長の選挙が行われ、私が学級委員長に選ばれてしまったのである。担任も、名前も知らない同級生たちもにやにやして、私の方をみていたという記憶だけが鮮明に残っている。同級生に対するよりも、担任に対する不信感がつのり、その思いは、小学校を卒業するまで続いた。 この日、私は、誰に投票をしたかという記憶はない。というよりも、投票をしたのかどうかも記憶は定かではないだが・・・。

 熊谷達也の『七夕しぐれ』は、仙台市から60キロほど離れたTという町から仙台市にある小学校に転校してきた5年生の岩渕和也が主人公である。

 学校が始まって2日目、学級委員選びの投票が行われる。引っ越し先の家の近所に住み、知り合ったユキヒロとナオミ以外の名前を知らない和也は、2人の名前を投票用紙に書いてしまう。2人に投票した者がいることを知った同級生の反応は冷ややかであった。 和也は、同級生からユキヒロやナオミから、2人たちと一緒に遊んでいることを内証にしたほうがいいといわれる。

 和也は、引っ越してきた家のある地区がエタ町と呼ばれて差別されてきたことを知る。ユキヒロやナオミたちも、表だっていじめられたり嫌がらせを受けたりすることはなくても、学校でのふたりの立場は微妙で、浮いた存在となっていた。  ”そこに見知らぬ土地から、私という転校生がやってきた。事情をまったく知らない私なら普通に仲良くなれると思い、ユキヒロはああして私の誘いを受け、キャッチボールをしたのだが、それを見ていたナオミが、ユキヒロに待ったをかけた。ナオミの考えでは、たとえ最初は仲良くなれても、そのうち私も事情を知ることになる。そうしたら、絶対に自分たちから離れていくはずだから、よけい嫌な思いをすることになる。だから、最初から仲良くなどしないほうがいい・・・・。”(p108) この小説の面白さは、部落問題という重いテーマを微妙な距離感覚をもって、私たちの内にもつ差別意識のもつメカニズムを語りかけてくるところにある。 思春期の甘酸っぱい重いというオブラートに包まれている語り口も何ともいえずいいのだが、   その反面、重い問題もまた、霞のかなたにおぼろのように消えていくような気もしないではない。

こどもたちに、読ませてみたいと思う1冊である。 

|

« 『装丁物語』 | トップページ |  『笑う警官』  »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『七夕しぐれ』:

« 『装丁物語』 | トップページ |  『笑う警官』  »