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2007年8月 8日 (水)

 『大延長』

○2007年8月8日(水)
       『大延長』 堂場瞬一 実業之日本社

”俺は全てをコントロールしたかった。選手の動きも、一つ一つのプレーも、最終的には試合の流れさえも。しかしこの試合はいつもと違う。何百試合も指揮を取ってきた俺にとっても、こんな流れは初めてだ。試合そのものが生命を持ち、勝手に動き始めている。俺がちょっとばかり先を読んで選手を動かしても、出てくる結果は常に予想を超えたものだ。”                                                            (p289)

 中学生の息子がサッカー部に入ったこともあるのだが、このところ、野球よりもサッカーの方が面白いと思うようになった。
 といっても、私のサッカー経験は、遠い昔の小学校のころ、雪が降り、野球ができないので、雪上でサッカーをしたという経験がある程度で、もっぱら野球をしていた。
 夏休みが終わり、学校が始まると、すぐに、野球大会があった。小学校の4年生から6年生までの生徒が、地域別のチームで対抗戦を行うのである。5年生、6年生の上級生に混じって、小学校4年生が試合にでるのは至難であった。練習するグランドは、夏には、一般に開放されるプールのある施設のすぐ近くにあった。プールの方からは、子どもたちの楽しげな嬌声が聞こえてくる中、毎日、練習をした。ライトで、9番であったが、先発メンバーに選ばれたときは嬉しかった。
 甲子園で、早稲田実業高校の王貞治が投手として投げた試合も観たことがある。西宮球場で開かれたオールスター戦で、大毎オリオンズの山内一弘がホームランを打ったのも観ているし、贔屓にしていたオリオンズの試合を観に、東京球場や駒沢球場に出かけたこともある。社会人になってからも、草野球のチームに入って、荒川の土手で試合をしていた。
 
 監督やコーチが選手に一球ごとに指示を出す光景が目につくようになったのは、いつごろからであろうか。バッターボックスに立つ打者がダッグアウトの方を振り向いて指示を仰いでいる。投手へのサインもベンチから出していることも多い。ダイヤモンドの中で行われているはずの野球という行為がベンチを中心に動いていることに違和感を感じ出すとともに、野球への関心が薄れていった。
 サッカーの場合も、監督やコーチによってチームが変貌していく。しかし、その指示や指導も試合が始まるまでのことである。一端、試合が始まると、試合は選手だけのものとなり、試合が生き物のように動き出す。監督やコーチがいくら檄をとばし、指示をだしても、選手に届くことは少ない。他のゲームスポーツのように、タイムアウトをとることもできず、ハーフタイムを待つしかない。選手の交代も難しい。交代した選手が、他の選手の動きやリズムをとらえ、スムースにかみ合っていくには時間を要し、その隙に点をとられてしまうこともある。日本代表の試合だけではなく、中学や高校の試合でも、レベルは違っても、同じようなシーンに出くわす。それだけに、サッカーの試合は、一瞬の間に、展開し、いつ、何が起きるか、わからないという緊張感がある。

 野球も、元来は、緊張感のあったスポーツである。高校野球が面白いのは、負けたら終わりというトーナメント制で行われていることにあるともいえる。
 堂場瞬一の『大延長』の舞台は、夏の甲子園の決勝戦である。しかも、15回の延長戦の末、引き分け再試合となる。戦うのは、新潟県内の公立高校でも5本の指に入る進学校で、選手が自分の手で民主的に運営することを伝統とする初出場の新潟海浜高校と全国有数の激戦地である西東京地区から、5年連続の甲子園出場となる強豪の私立の恒正学園である。
 海浜の監督の羽場祐一郎は、延長15回を投げ抜いた牛木晃を翌日の再試合に登板させることに悩んでいる。牛木は右膝の半月板損傷という古傷があり、牛木に投げさせることは、将来の選手生命を奪う可能性があると羽場は考えていた。
 恒正の監督白井直人は、投手であった羽場と同じ大学の野球部でバッテリーを組んでいた。白井は、最初に指揮を取った公立高校を29歳で甲子園に連れていき、スカウトされて移籍した恒正を甲子園の常連に仕立てあげた。この実績をもとに、白井は、多額の移籍金を支払うという私立校と移籍話を進めている。多額の移籍金を受け取れば、経営が苦しいという白井の弟が跡を継いだ家業を支援することができる。

”久保がプロ入りすれば、白井の元で育ち、プロ入りをした十二人目の選手ということになる。当面の目標は二十人だ。高校野球の監督の評価は何よりも勝つことで高まるが、もう一つ、選手をどれだけ成長させたかも注目される。その簡単なバロメーターが、プロ野球選手を何人育てたか、ということなのだ。キックバック欲しさに選手をプロ入りさせたがる監督もいるそうだが、俺はそんなことは考えたこともない。実績を積み重ねれば、綺麗な金は幾らでも懐に入ってくる。」
                               (p28)
 
 新潟で牛木たちと一緒に野球をしていたが、牛木たちとは別に、甲子園を目指して東京の強豪の私立高に行くことを選んだ恒正の四番バッターの久保は、牛木との対決を切望している。久保は、牛木の携帯電話に「明日は打つ」とメールをしてきた。久保は、牛木の投球に打ち勝たなければ、優勝しても意味がないと考えているのである。
 バッテリーを組んでいた羽場と白井の大学時代のチームの監督であった滝本は、決勝戦のテレビ解説者として放送席に座っている。ガンの宣告を受けている滝本は、入院と手術を先延ばしし、かつての教え子同士の率いるチームの決勝の放送席こそ、自分の野球生活の最高のフィナーレだと感じている。
 海浜の主将の春名は、チームをまとめ、ひっぱてきたが、県大会の途中で、交通事故で怪我を負い、バットを振れないである、白木は、チームメートに、再試合の決勝戦で、春名を打席に立たせようと言い出す。
 白木の将来を考え、再試合の登板をさせないでおこうと考える監督に、圧力をかける海浜の後援会の会長、大会中の宿舎のそばで、週刊誌に喫煙の現場の写真をとられてしまったという。

 夏の甲子園を舞台に、いかにもありそうな話がてんこ盛りという感もなくもないが、特待生問題に揺れている高校野球の舞台裏の一端を垣間見せてくれる楽しいエンターテイメント小説となっている。
 エピローグを読んだ後、プロローグをもう一度読んでほしい。この小説の面白さが心の内に染みこんでくる。

  

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