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2009年6月25日 (木)

『フェイク・ゲーム』

『フェイク・ゲーム』 阿川 大樹  徳間書店
○2009年6月25日

 野望のために中国人になったリーメイ、生きるために日本人になりすましたシャメイ、中国人になった日本人の女と日本人になりすました中国の女が、歌舞伎町という小さな街で交錯する。
 阿川大樹の『フェイク・ゲーム』は、新宿歌舞伎町のアンダーグラウンドの世界で生き抜こうとする2人の女を描いたノンストップ・サスペンスだが、閉塞した日本や中国の社会から脱出するためには、彼女たちの生き方もあり得るし、現実にもありそうと思わせるところが、この小説のミソとなっている。
 水商売についている中国人女性はあちこちにいて、非常に身近な存在となっているし、日本を脱出して、上海で働いている日本女性も多いという。
 国際化ということは、こういうことかと思うと妙に納得してしまうし、歌舞伎町の浄化作戦も、風俗営業が都心から郊外に拡散していき、これもまた、国際化の一つとの思いつつ、読んでいた。

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2009年6月22日 (月)

『ミレニアム2 火と戯れる女』 スティーグ・ラーソン  早川書房

『ミレニアム2  火と戯れる女』 スティーグ・ラーソン  早川書房
2009年6月22日

 前作『ミレニアム1』の副題が『ドラゴン・タトゥーの女』となっていたが、前作では、背中にドラゴンのタトゥーを入れた女性調査員リスベットは、脇役的存在であった。
 2作目の『ミレニアム2』では、ミカエルと恋仲になったリスベットの2人の話を中心に展開すると思っていたが、予想が外れた。ただし、本作では、リスベットが話の中心となっている。
 
 冒頭、リスベットは、ミカエルの前から、姿を隠し、海外の旅にでかけてしまう。
 一方、月刊誌『ミレニアム』の発行責任者に戻ったミカエルとエリカは、ジャーナリストのダグとその恋人ミアが進める人身売買と強制売春の調査をもとに、特集号を刊行し、書籍を出版することを計画していた。ダグは、背後にいる謎の人物ザラを追いかけていた。
 旅行から帰ってきたリスベットも、ダグの調査を知り、独自にザラを追い始めるのだが、その矢先、何者かが、リスベットを拉致しようとした。
 そして、ダグとミアが殺害され、現場には、リスベットの指紋がついた拳銃が発見され、リスベットは殺人犯として指名手配される。

 というように、前作とは、趣の異なる活劇風に仕上がっている。
 ミカエルが書いた記事で、裁判沙汰になり、雑誌『ミレニアム』の存亡の危機に陥るというジャーナリストとしての矜恃がじっくり描かれていたが、本作ではそうした硬派の雰囲気が薄れている。
 それにしても、リスベットが役所のデータベースに入り込んだり、ミカエルたちのパソコンに潜入するなど、お手並みあざやかといったところだが、こうも簡単に入り込めるとなると、ミステリとしては安易ともいえるのだが、現実はこうなのだといわれてしまうと、どうなのだろうか・・・。
 いずれにしても、終章近くのリスベットの描き方は、アンフェアといっていいのではないだろうか。
 『ミレニアム3』では、ミレニアムの編集者から、大手誌に転身する決意をしたエリカとミレニアムのその後ということに、興味がそそられるところである。

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2009年6月18日 (木)

『てのひらのメモ』  夏樹 静子

『てのひらのメモ』   夏樹 静子  文藝春秋
2009年6月18日
 5月から裁判員制度が始まった。
 裁判制度のための法廷や評議のための部屋を用意するため、各地の裁判所の建物が、大がかりにリニューアルされたり、新築されている。
 先日、行った千葉地裁のガラス張りのロビーに、グリーンのソファが並んでいた。建物からして、市民にとって、敷居の高い裁判所の雰囲気が一変した。金額を確認したわけではないが、裁判所の新しい建物や備品に要した金も半端ではないことがよくわかる。

 裁判員制度による裁判自体が実際に始まるのは、これからであるが、ミステリの世界でも、裁判員制度を題材とした小説やテレビドラマが目につくようになった。
 夏樹静子の『手のひらのメモ』もその1冊である。懐かしい作者の名前である。ミステリチャンネルで豊崎女史が薦めていたので、久しぶりに手にとる気になった。

 広告代理店の有能なクリエイティブ ・ディレクターである種本千晶が喘息に苦しむ5歳の息子を死なせた事件を、裁判員に選ばれた主婦折川福美の視点で描かれている。罪名は、保護責任者遺棄致死、有罪となれば3年以上20年以下の懲役刑となる。
 裁判員となった折川福美が裁判員となることを受け入れていく様子は、最高裁の裁判員制度の広報用DVDと似ている。DVDでは、酒井法子の演じた役である。平凡な家庭の幸せを感じている主婦である。
 将来を嘱望されている千晶は、夫を亡くし、5歳の息子を一人で育てていたが、息子は喘息の持病を抱えていた。担当していたスポンサーを迎えて、CMの最終試写を会議を行う日、千晶は、保育園から、息子が38度2分の熱を出したので、迎えにきてほしいとの電話を受ける。
 千晶は、息子を迎えに行き、自宅に戻り、医者の指示を電話で受けていたが、息子の様子を落ち着いていたので、会社に戻り、午後5時の会議にでた。スポンサーから、思いがけないクレームがでたために、その対処に時間をとられてしまった。その後、千晶は再婚も考えていた制作会社の社長と会う約束をしていたので、連絡をとると、男の自宅から車で送るということであったので、男の自宅に向かった。その間、千晶は、息子の様子が気になり、何度か電話をかけるが、電話にでないので、寝ていると思っていた。
 午後10時過ぎに、自宅に戻った千晶は、息子が意識を失っているところを発見し、救急車呼ぶが、死亡していた。
 千晶は、保護責任者遺棄致死の罪で起訴され、裁判員たちによって、裁かれることになったのである。

 刑法は、「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。」とし、これによって「人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」としており、傷害致死の場合には、3年以上の有期懲役の刑に処すると定めている。
 有期懲役の最大は20年であるから、千晶が有罪となれば、3年から20年の懲役の刑に処せられることになる。ちなみに、3年の刑であれば、執行猶予付きの判決も可能となる。

 過去の裁判例では、保護責任者遺棄致死罪の場合、「幼者など、保護を必要とする者に対し、必要な保護をしないという認識があれば足り、その生命身体に対し危害を加えるという認識は必要ではない」としている。
 裁判員制度のもとでは、同様の解釈を前提とするのであろうか、異なる解釈をすることも可能ということであろうか。もっとも、ここらあたりになると、裁判官が審理をリードして、法の解釈を進めてしまうであろう。
 上記の判例に従えば、千晶に「必要な保護をしないという認識」があったか否かが、争点となり、審理が進められていく。

 喘息を持病とする息子が熱を出し、保育園に迎えにいき、様子が落ち着いたのを確認して、仕事に戻った母親をどうみるかである。
 小説としては、平板な筋立てであるが、千晶を男に置き換えたらどうなるであろうと思いながら読んでいると、ハラハラときどきしてきた。
 千晶の立場を、妻を亡くし、息子を育てながら、仕事をする男に置き換えると、様相が変わってくる。子どもが心配でも、男としては、仕事をすることが第一、息子が死にそうあってもというと問題かもしれないが、このケース程度の病状であれば、仕事に戻るのは当然だと思うし、読み手である私がその立場にあっても、千晶と同様の行動を取っていると思う。
 そもそも、千晶が男であれば、世間の同情を買い、起訴するされない事案だと思う。
 
 そういった意味で、是非、千晶を男に読みかえて、読んでほしい小説である。

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