« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月26日 (日)

「孤高のインディペンデント企業 ブラック・ミュージックで起業した男のメモワール」

2009年7月26日 「孤高のインディペンデント企業 
            ブラック・ミュージックで起業した男のメモワール」

 『マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか?』 の出版社「ブルース・インターアクションズ」の存在に気になりだしたのは、ウォルター・モズリーの『放たれた火炎のあとで―君と話したい戦争・テロ・平和』を読んだときである。黒人の立探偵イージー・ローリンズを主役にした異色ミステリ・シリーズの作者であるウォルター・モズリーが、9.11テロの報復論が声高に語られ、アメリカがイラク侵攻を開始したころ、虐げられていた黒人と中東の人々を重ね合わせて、当時のアメリカの風潮に異議を唱えたエッセイ風の本であった。内容的には、若干、物足りなさがあったが、イラク擁護の論調をすること自体が敵対行為とされるにもかかわらず、敢然とした立場を明らかにするすることは、モズリーの描く50年代、60年代という差別されていた黒人たちが差別に異を唱えだした時代を舞台にする哀しみに満ちあふれたハードボイルド・ミステリの主人公と重なりあっていた。CWA賞(英国推理作家協会賞)、PWA賞(アメリカ私立探偵作家クラブ賞)を受賞した『ブルードレスの女』は、まだ、早川文庫で手に入る。

 一部では話題になった本ではあったが、このような売れそうもない出版するというのは物好きな会社だなと思いながら、奥付をみると、発行元ブルース・インターアクションズ、発行者日暮泰文とある。
 懐かしい名前であった。大学時代、彼らが主宰していた「ブルース愛好会」の集まりに何回か、通ったことがある。三田のキャンパスで知り合ったのだから、学園闘争も一段落した頃のことだろう。アメリカのハードボイルド・ミステリを読む内に、ブルースに少し関心をもつようになっていたが、当時、ブルースといってもジャズ・フェスティバルのライブ・レコードにブルース・シンガーや奏者が奏でるブルースに心惹かれた程度の関心であった。喫茶店で、日暮らがブルースのレコード・コレクションをかけて聞かせるといった会なのだが、マニアックだなという印象が強く、いつしか、行かなくなった。
 
 大学も卒業して、暫くしてから、日暮泰文の名前を書店でみかけた。『ノイズ混じりアメリカ』という本を書いていた。ブルースの臭いを求めて、アメリカの南部を旅したときのエッセイである。まだ、頑張っているのだなと思い、自分も頑張って、ミステリを読み続けようと思った記憶がある。

 ネットで、日暮泰文と検索してみると、『孤高のインディペンデント企業 ブラック・ミュージックで起業した男のメモワール』というサイトが見つかった。
      http://www.sogotosho.daimokuroku.com/?index=kokou#pageTop

 大学を卒業後、就職した会社をスピンアウトし、ブルース関連の出版社を起こし、その後、ブルースのレーベルを作り、レコードを出していった軌跡を、ブルースへの思いとともに、書いている。今でこそ、起業という言葉がはやり、軽い気持ちで入っていく若者は多いが、まだ、生活すること自体、難しい時代のことである。
 かれに比べて、自分はと考えると、社会にコミットしようとあくせくして、無為の時間を過ごしていたなという思いが強い。
 その彼も、ブルース・インターアクションズの株式を売り、会社を離れた。そこでは、どのようなことが起きていたのかは分からないが、様々なことがあったに違いない。

 サイトの連載は、12回に亘るが会社を離れた経緯には触れていない。
 この続きを読んでみたいという気もするが、彼が、この後、何をしていくのかの方が気にかかる。枯れてしまうには、早すぎる!!
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月19日 (日)

『マイケル・ジャクソン裁判  あなたは彼を裁けますか?』

2009年7月20日 

『マイケル・ジャクソン裁判  あなたは彼を裁けますか?』

          アフロダイテ・ジョーンズ ブルース・インターアクションズ  

 この本が刊行されたのは、2009年5月21日である。私が購入した日は、やはり5月下旬のことである。まさか、この直後に、マイケル・ジャクソンが死んでしまうとは思っていなかった。 

 私にとって、マイケル・ジャクソンの記憶といえば、ジャクソン5のデビュー当時の姿であり、そのハイライトは、エチオピアの難民救済チャリティーを目的としたUSA for AFRICAで、世界中で同時中継をしながら唱った「We are the world」である。1985年のことであるから、30年以上前のことである。 マイケル・ジャクソン裁判といえば、子どもと一緒にベッドインしている写真とともに、マイケルが児童虐待の容疑で起訴されたというニュースが流れ、しばらくしてから無罪とする判決がでたとのニュース報道があった。

  この本の隣には、前妻を殺害した容疑で、起訴され、無罪となったアメリカン・フットボールのスターであったO.J.シンプソンの本、「O.J.シンプソンはなぜに無罪になったか 誤解されるアメリカ陪審制度」(現代人文社)がおいてある。 裁判員制度の話をするにあたり、買っておいた方がいいかなと思う程度で購入していたのだが、525頁という厚さにいささか読み出すのにはためらいがあった。 

 6月25日、そのマイケル・ジャクソンが死んだとの報道が流れた。薬物の過剰摂取ということだが、詳細はまだ、分かっていない。

 この本を読み終わった今日、テレビをつけるとBSハイビジョンで、マイケルのソロ30周年記念コンサートのライブ・コンサートを放映しており、奇しくも、エリザベス・テイラーが舞台に立っていた。 マイケルは1958年生まれであるに対し、エリザベスは1932年生まれだし、場違いの関係に見えるのだが、2人は共通点がある。

  『マイケルは、カルキンを理解していた。彼は子役スターの孤独を知っていたのだ。ま  た、マイケルはエリザべス・テイラーやライザ・ミネリ、シャーリー・テンプルといった子役出身のスターにも惹きつけられ、深い結びつきを感じていた。マイケルは彼女たちを崇拝し、敬愛していた。固定観念と戦い、注目を浴びながら大人へと成長し、一般大衆からは誤解される - マイケルはこういった共通項を、自分と子役スターに見出していた。』(p436)

 マコーレ・カルキンは、映画『ホーム・アローン』で一躍人気者となった子役スターである。エリザベス・テイラーも『緑園の天使』で脚光を浴びたのは10歳のtおきである。ライザ・ミネリもシャーリー・テンプルもしかりである。 子ども時代に名声を得てしまった者は、「真に子どもらしい生活」をしたことがないという喪失感がある。子どもらしさを追い求めることが、世間にとっては奇異に見えてくる。

 私設の遊園地「ネバーランド」を作り、たくさんの子ども達を招待し、自邸を開放する。「トイザらス」を借り切り、目につくあらゆるオモチャを買い取ろうとするマイケル、世間の目にさらされたその姿は、異様である。その中で、マイケルとベッドに入っている写真が晒される。

 金目当てに裁判を利用とする人たち、スキャンダルを追い求めるマスコミは、マイケルのおかれている真実から目をそらしていく。

  この本の著者は、マイケルの有罪を信じて報道をしていたという。無罪という判決を目の前にして、あらためて、裁判を振り返り、マイケルを起訴するに至ったのはマスコミの姿勢であると断罪する。 『バシールのインタビュー映像は、永遠に続くかのように思われた。それほど大量のカットシーンが、編集室に残されていたというわけだ。インタビューされるマイケルの姿を見ていた陪審は、その率直さと素直な心、さらには謙虚な振る舞いに心を動かされた様子だつた。また陪審は、マーティン・バシールの取材方法を不当だと感じているようだった。重要な箇所を省き、害のないインタビュー映像の中に自身の偏ったコメントを差し挟むことで、バシールは世界に向けて、公正さを欠いたマイケルの人物像を描き出したのである。』(p474)

  裁判員制度の導入、ヴァラエイティ風のニュース一辺倒の日本のテレビ報道、その中で、裁判が公正に行われるのだろうかと思わざるを得ない。 バシールのインタービュー映像が、マイケル逮捕のきっかけとなっている。カット・シーンが残されていたから、判断できることがある。そして、マイケル側もまた、場シールのインタービューの様子を記録に取っていた。その映像の全貌をみることにより、放映された映像がもつ意味が見えてくる。

  報道だけではなく、日本でも、裁判員制度の導入とともに、捜査過程すなわち被疑者の取り調べの様子を全部、ビデオ取りすることが議論されている。検察側は、自白している場面をビデオ化することには進めようとしているが、取り調べの状況を全部ビデオ取りすることは、捜査に支障がきたすことを理由として反対している。

 この本を読んでいると、被疑者が自白しているビデオを観れば、誰しも有罪を確信するであろうが、真の様子を写していると誰が断言できるのであろうかという思いにかられる。マイケル・ジャクソン裁判では、陪審員は、14の起訴事実すべてに無罪と判断した。日本で裁判が行われていたとしたら、どうであろうか。

 『あなたは彼を裁けますか?』という副題がずしっと、重くのしかかる1冊である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年7月12日 (日)

『眩暈』

2009年7月12日 『眩暈』  東 直己    角川春樹事務所

 気にはなっているが、読みそびれているミステリがある。札幌を舞台とする私立探偵小説を書き続けている東直己もその一人である。
 ススキのの酒場をめぐるエッセイは何冊か読んだ記憶があるが、小説は『眩暈』が初めてである。
 主人公である畝原は、「道内新聞の中では最大手の『北海道日報』で、社会部の記者だった。そして、罠にはめられて、幼児強姦者の汚名を着せられ、北日を追われた」(p19)という過去をもつ。畝原という姓は、ウネハラとよぶのだが、読み間違い、聞き間違いからウメハラとなり、主人公はあえて読み方の訂正もしないので途中、混乱しなくはないが、これもまた作者の意図であろう。
 妻は、娘の冴香を置いて出て行った。畝原は、札幌から消えようかとも思ったが、歯をくいしばって札幌に残り、調査事務所という探偵仕事を始めた。
 畝原は、仕事がきっかけで知り合った明美と再婚し、冴香、明美の娘真由、段ボール箱の中で虐待されて育ち、発育が遅れている幸恵を養女にし、小さな幸せを確保しつつある。
 畝原は、深夜、タクシーの中から、小学校低学年と思しい幼い女の子が、マンションの壁に背中を押し付け、壁の端から向こうを見つめている姿を見かける。気になった、畝原は、タクシーを戻し、少女を探すが、見つからなかった。
 翌日、鴨鴨川の橋のなかほどで、裸の女の子の遺体が発見される。
 鴨鴨川は、中島公園からススキの付近を通り、札幌の市街を東西に分ける創世川に続いている川だなと、思いながら読み続ける。
 殺された少女の河波綺麗麗は、ヒップホップのダンス・コンテストでチャンピオンとなった有名人だという。
 昨夜、少女を見つけていれば、殺されることはなかったという思いから、畝原は、少女の周辺の調査を始めるのだが、やはり、少女のことを気にしていたタクシーの運転手も殺されてしまう。
 おりしも、少女が住む家の近くのマンションに、こども何人か殺してから、運動会に乱入した大分連続児童殺傷事件の犯人、少年Aが住んでいるというネットへの書き込みが氾濫していた。
 
 携帯メールを駆使し、ネットで調べる調査方法や、いくつかのサブ・ストーリーも、今の時代を反映している。
 高校生を狙った恐喝、出会い系喫茶、万引き、引きこもり気味の少年たちとてんこ盛りであるが、軽くもなく、かといって深刻でもない。
 畝原の対峙の仕方も、片意地をはって正義を貫く風ではない。矜恃をたもちながらも、揺れ動く自分をぎこちなく貫こうとする。時に、荒んでいきそうな心を踏み留めるのは、疑似家族ともいえる家族の生活に、小さな幸せ、心のやすらぎを感じる主人公の姿に、風化しつつあるハードボイルド・ミステリも捨てがたいと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »