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2010年4月10日 (土)

『いつか白球は海へ』

2010年4月10日 『いつか白球は海へ』  堂場 瞬一 集英社文庫

 東京駅から、鹿島まで行くには、直行バスで90分かかる。
 持っていた小説を読み終わってしまったので、八重洲の地下街の栄松堂に入る。
時間がなかったので、このところ贔屓にしている堂場瞬一の小説を買うことにした。刑事物を若干、食傷気味ということもあって、『いつか白球は海へ』にした。帯には、「野球を愛する男たちの直球勝負が熱く心地よいスポーツ小説」とある。
 六大学野球のヒーローであった海藤敏は、間島水産の社長の懇願で、潮灘市にある間島水産の野球部に入ったのだが、間島水産の社長は急死してしまい、会社から、フィリピンに建設した工場の閉鎖を理由に、野球部の存続も1年限りと通告されてしまう。
 間島水産野球部は、全国制覇をしたこともある名門チーム、海藤は、小学5年生のときに、後楽園球場の決勝戦で、4番の三浦のさよならホームランを観て以来のあこがれのチームであったが、チームの練習には三浦はあらわれず、やる気のない選手たちの姿であった。
 海藤たちが通う喫茶店の名前が「ロコモーション」で、店のラジオからは、アニマルズの「朝日があたる家」やロイ・オービソンの「オー・プリティ・ウーマン」が流れている。「ロコモーション」の曲は、最近、テレビで流れているのを耳にしていたし、企業の野球部の廃止という話などから、何となく、現在の物語として読み始めていたのだが、プロ野球の開幕戦の巨人ー中日戦で、国松がホームランを打ち、国鉄から移籍してきた金田が完投勝利をしたとある。ということは、昭和40年頃の話ではないかと気がついた。
 ロコモーションを歌っていたのはリトル・エヴァだが、ネットで調べてみると、1962年に全米で大ヒットしたとある。アメリカでヒットした曲が、同時期に、ラジオで流れるようになったころである。社会人野球も全盛で、後楽園球場もにぎわっていた。
 文庫の初版は2009年である。堂場が書いたのは何時かと思い、調べてみると、2004年に集英社で単行本で出ている。
 長島の現役時代を見た世代にとっては懐かしい時代を背景として最後まで、面白く読んだが、若い世代はこれを読んでどう感じるだろうか。
 ラスト・シーンの終わらせ方も、さわやかでいい余韻をもつ好編。
 

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