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2010年4月16日 (金)

『プロ野球を殺すのはだれだ』

2010年4月16日 『プロ野球を殺すのはだれだ』 豊田 泰光 (ベースボール・マガジン社新書)   
 日経新聞は、経済記事よりも、スポーツ欄と経済欄が面白い。
 いつも、最終面から読み出す。「私の履歴書」欄は、人物によってのあたりはずれがあるが、今月の「有馬稲子」は面白い。錦之介と出会った頃、某映画監督と道ならぬ関係にあったというあたりは、抱腹絶倒である。誰しも、某とは誰かと思うのだが、その後に、監督は、彼女と別れた2年後に、赤ちゃんを主人公とした映画を作ったと書かれている。
赤ちゃんを主人公とした映画は、『私は二歳』のことであるから、その監督の名はすぐわかる。土曜の朝刊に連載している瀬戸内寂聴の『奇縁まんだら』も、すでに亡くなった人たちとの様々な交遊をネタに、おもしろおかしく書きつづっている。いずれにしても、長生きをした方が勝ちである。
 スポーツ欄では、野球、サッカー、相撲などをとりあげたコラムが面白い。とりわけ、豊田泰光のコラムは、辛口のきいた文章が面白い。
 豊田といえば、中西、稲尾らとともに3年連続日本一となった西鉄の黄金時代の遊撃手であるが、1956年から58年のことであるから、半世紀以上の前のことであるので、豊田が現役選手として活躍していたころを知る人も少ない。               
 豊田は、1935年生まれであるから、70代半ばとなっており、年寄りの繰り言とも思えるところもあるが、その主張に共感することもある。
 まずは、豊田が長年主張している応援団の出す騒音批判である。打球音やミットにボールが収まる音が聞こえる野球の楽しさを語り、グランド上の選手も騒音のために、打球音や声も聞こえないし、観客のヤジもかき消えてしまう。
 東京ドームにいくたびに、あの騒音にうんざりするのだが、私自身、東京ドームのグラウンドに立ったときに、観客席にいる以上の騒音を感じたことがある。もっとも、この時は、都市対抗野球の終了後に、グラウンドを借り切って草野球をしたときである。観客席では、後片付けのために、掃除機が何台か稼働していた。本当にうるさかった。球場の騒音が、野球を観戦する者や選手の身体にとって害がないのか、騒音計で測定してみる必要があると思っている。
 もっとも、応援団の出す音について、観る者の高揚感を奮い立たせるとして、擁護する人たちもいる。応援団の問題は、球場から締め出された一部の応援団に属する人たちから、球団などを相手に訴訟を起こされており、名古屋地裁で判決がで、現在、高裁で審理されている。
 この訴訟がどのような結末を迎えるかは、まだ分からないが、球団が応援団を締め出した理由は、応援団の出す音の問題ではなく、応援団員の中に、暴力団関係者がいることにあるか否かが争われている。ただ、応援団側の論理には、プロ野球を観る者の権利を憲法に定める幸福追求権の一つとしてとらえており、応援団の出す音についても、観る者の権利であるととらえているようである。観客には、投手の投げるボールがキャッチャーミットに収まる音や、打者が振るバットの打球音に耳を澄ましながら、野球を楽しむ権利もあると思うのだが、どうであろうか。
 豊田は、次のようにいっている。
 「すべてのファンが野球を楽しめるように、球場では次のことを守りましょう。
   ① 他人に応援を強制しない。
   ② 他人の耳をつんざくカネや太鼓を鳴らさない。
   ③ 他人の目を覆う大きな旗やのぼりを振らない。」(p127)

 最近、盛んに、野球において、プロとアマの接触を厳しくしていることを緩和して、プロ野球選手もしくはOBが学生野球の選手を指導できるようにすべきだとのことがいわれている。学生野球が、プロとの接触を厳しく禁じているのは、プロがアマチュア選手の勧誘に関し、節度ある行為をしてこなかったという長い歴史がある。数年前に起きた西武球団の裏金問題など、疑惑のある行為は数限りない。
 プロ出身の優秀な指導者が学生に野球を教えるということはあってもいいと思うのだが、プロ野球選手であれば、技術的にもいい指導ができるというような議論がまかり通っている。学生が、教育の場、学問の場である学校で野球をするということは、技術的なことだけを学ぶことではない。野球も、サッカーのように、指導者になるためのライセンス制度を設け、研修をし、指導者としての一定のレベルを確保する方策が必須であ。
 野球において、指導者のラインセンス制度ができないのは、野球の組織自体が、プロ、実業団、学生、少年野球と、バラバラで、一体として機能ししていないことにもその理由があると思われる。
 技術論に関して、豊田は、次のようにいっている。
  「野球は一人一理論」 -。これは私の20年来の持論ですが、あるレベルに達した野球人というのは、それぞれに「オレの野球はこうだ」「打撃術はこうだ」「投球術はこうだ」「守備のポイントはこうだ」などと、自分の野球能力を理論づけたいという要求を持っています。
   私はこれは野球人として当然の要求だと思います。
   ただし、その理論を他人に押しっけるとなると、これは面倒なことになります。
   この理論はあくまでも自分自身の体験から構築されたもので、そのまま他人にそっくり当てはまるなんてのはあり得ないのです。自分とまったく同じ人生体験、野球体験をした人はこの世にいないのですから。
   だから私は一人一理論といったのです。この、大げさにいえば、選手の数だけある理論からどれが一般性があり、一般性があっても説明が難しいものはどれか、といったセレクトと整理をやってはじめて、だれにでも共通でよくわかる野球の基本理論が出来上がるワケです。」(p152)
 
  「共通でよくわかる野球の基本理論」を身につけた指導者が、選手の個性にあったコーチングをするというシステムを作るためにも、指導者のライセンス制度が必要な所以です。
 
 この他にも、豊田は、地盤沈下しているプロ野球の人気を盛り上げ、メジャー・リーグに対抗していくためには、NPBの現在の12球団を増やすこと、さらには、韓国、台湾のプロ球団を加入したアジア・リーグの創設を提唱する。
 
 「 私は10年以上前に、日本のプロ野球は縮小するのではなく、むしろ16球団にエクスパンションして、日本を4チームずつの4地域に分け、それぞれの勝者でポストシーズンゲームを行えという提唱をしたことがありました。
     16チームは総当たり。だから、実質的には1リーグです。でも、ファンは楽しんでくれるハズです。巨人-阪神なんて日本シリーズも実現するワケですから。 二軍はなくす。1チーム40人で戦う。チーム編成については外国人枠をなくす。なくすどころか、外国人のみのチームがあったっていい。」(p230)
 
     先にいった、なんでもアリの16球団のバリエーションがアジア・リーグなのです。
    日本のチームを10球団韓国のチームを2、3球団。台湾からも1、2球団。これらのチームでアジア・リーグを作る。中国も力をつければ1球団加える。外国人はもちろん、何人でもOK。安い給料でもやりたいというアメリカ、中南米、オーストラリ アなどの力のある選手にはどんどん入ってもらう。」(p232)
   
   
    このような時代がきたら、楽しいと思っているのですが、どうでしょうか。

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