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2010年5月 7日 (金)

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』

2010年5月7日 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』 岩崎 夏海 ダイヤモンド社

 高野連は、1996年まで、女子マネージャーが甲子園のベンチに入ることを認めていなかった。また、女子選手の登録は認めていないので、高校の野球部に所属していても、試合にでることはできない。
 ちなみに、財団法人日本学生野球協会の所属団体は、財団法人全日本大学野球連盟と財団法人日本高等学校野球連盟であるが、大学野球連盟は女子選手の登録を認めており、実際に、東京六大学の試合に登板して女子選手も何人かいる。女子選手が参加しても、実力的にレギュラー選手として出場することは難しいのだが、今年、米独立リーグに参加するナックル姫こと吉田えりのように、ナックルというような特殊な一芸をもてば、フル出場は無理にしても、男子選手に対抗できる可能性もあるのではないだろうか。
 高野連の方も女子選手を認める方向で検討をしているようであるが、高校野球の現場からの反対論が強く、当分、女子選手の参加を認めることはないと思われる。現場の反対は、力不足の女子選手の参加は危険であるということが表向きの理由であるが、、女子選手に打たれた、抑えられたということでは、男子選手が傷つく、また、女子選手が混じっていると気が散るというあたりが本音ではないかと思うのだが、どうであろうか。

 学校の運動部活動では、運動部に所属するが競技には参加せず、試合や練習の準備・進行、試合結果の記録、競技者の世話など、クラブ活動にかかわる庶務全般を担当するメンバーをマネージャーと呼んでいる。男子部員に接する機会が多いことから、かつては中学校や高等学校において、野球部やサッカー部など人気の男子運動部の女子マネージャーになりたいとする女子学生が多くいたが、今はどうであろうか。
 特に、野球漫画『タッチ』に登場する女子マネージャー浅倉南に憧れて、女子マネージャーの志望者が増えたといわれている。

 運動部の女子マネージャーがしていることの多くは、男子選手のユニフォームの洗濯や食事の準備など、社会における性別役割分業を反映しており、学校という公の場で女子マネージャーの存在を認めることは、社会における女性差別を助長するとする批判がある。
 日本では、マネージャーというと、レギュラー選手になれなかった部員の裏方的役割を指し、女子マネージャーといえば、男子選手のために、お手伝いをする役割というイメージである。
 しかし、マネージャー (manager) は、本来、マネジメントを行う人、もしくは機構、特に部門管理者や支配人などを指す用語であり、アメリカ大リーグでいえば、マネージャーといえば監督のことである。マネージャーという仕事には、運動部にあっても、組織の部門管理者として、積極的な役割を果たすべきではないかと考えていた。運動部の女子マネージャーを男女の役割分担を固定化するものではなく、男女の固定的役割分担を乗り越えていく道があるのではないかと・・・。

 そのようなことを考えながら、「女子マネージャー」というキーワードで、ネット検索をしていたら、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら」と題するブログに出会った。

”はじまり
もし高校野球の女子マネージャー(名前は仮にみなみちゃんとしよう)が、ドラッカーの「マネジメント」を読んだら、彼女はきっと驚くだろうな。なぜなら、そこには彼女が所属する野球部と、彼女自身のことが書いてあるからだ。
「マネジメントなしに組織はない」
「マネジメントは企業だけのものではない」
「マネジャーをしてマネジャーたらしめるものは、成果への貢献という責務である」
「所属する野球部に何とか成果を出させたい。そのためには自分に何かできることをしたい」
そう考えていたみなみちゃんは、この本が「自分のために書かれたもの」であることを確信する。だから以降、そこに書かれていることを脇目も振らず実践するようになる。”
                                                      (岩崎夏海のブログより)

 本書は、後書きにあるように、このブログを見たダイヤモンド社の編集者が、ブログを書いている岩崎夏海に、小説にするように勧め、本書になったというのである。
 高校野球の女子マネージャーと「現代経営学」あるいは「マネジメント」(management)を世に広めたピーター・ドラッカーという組み合わせは、意表をついており、ドラッカーの著作を生かじりしている程度の知識しかない者にとって、気になるブログであった。

  ”野球部におけるマネジメントの役割
  みなみちゃんは、「マネジメント」を読み進める。するとドラッカーは、マネジメントには三つの役割があると説く。そこでみなみちゃんは、それらについて一つ一つ自分に当てはめて解釈していく。
  1.「自らの組織に特有の使命を果たすこと」
                   みなみちゃんはこれを、「甲子園に行くこと」と解釈する。
  2.「仕事を通じて働く人を生かす」
                   みなみちゃんはこれを、野球部に関わる全ての人――部員一人一人、監督やコーチ、そして自分を含めたマネージャーに至るまで――を生かすことだろうと解釈する。
  3.「自らが社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題について貢献する」
                   みなみちゃんはこれを、野球部を含めた野球部に関わる全ての人――学校関係者や父兄、あるいは地域の人々――に「夢と希望と勇気を与えること」だろうと解釈する。
                   彼らに感動を与え、それを彼らの生きる力に変えてもらうことこそが、ドラッカーの言う「社会の問題について貢献する」ことだろうと確信する。 ”
                                                    (岩崎夏海のブログより)

 本書は、ブログの内容を、東京都立程久保高校野球部の女子マネージャーとなった川島みなみが、ドラッカーの名著『マネジメント』を読み、野球部の中で、実践しようとする青春小説である。
 ドラッカーの言葉をかみしめるようにして、野球部の選手たちと、甲子園を目指していく形で、話は進むのだが、小説としてみると、今一、物足りないようにも感じるのだが、「ドラッカーのマネジメント」を分かりやすくノヴェライズした小説、ドラッカーの入門書としてみると、ドラマチックな小説仕立てでないことが、かえってよかったのではないかというのが、読後の最初の感想である。
 事実、この本の版元のダイヤモンド社は、ドラッカーの著書を400万部以上販売しており、今もまた、書店の平台には、この本の隣に、同社からでている『マネジメント - 基本と原則 [エッセンシャル版] P・F. ドラッカー (著), 上田 惇生 (著) 』や関連本が並んでおり、売れているようである。この本の小説化を勧めた編集者の狙いが見事にあたったのだろうというのが次の感想である。
 この本の装幀は、少女マンガ風の絵が描かれており、おじさんには手に取りにくい体裁になっている。でも、30代というよりも、40代以上のおじさんが面白がりそうな本で、果たして、高校生や中学生は読もうとするのであろうか、読んで、何かを感じるのだろうか、ドラッカーの「マネジメント」に関心をもつのだろうかというのが3つめの感想である。
 そして、みなみちゃんが、サッカー部のマネージャーになったら、どのようにマネジメントするのだろうかというのが最後の感想である。
「高校野球」という存在が、このような発想の小説やマネジメントが生み出すことができたとしても、野球に比して、管理しづらいサッカーの場合はどうであろうか。このように考えると興味がつきない。『エッセンシャル版』を買って、考えてみようかな??

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