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2011年1月18日 (火)

『報道再生 グーグルとメディア崩壊』 

2011年1月1日 『報道再生 グーグルとメディア崩壊』  河内 孝 , 金平 茂紀
                        (角川oneテーマ21)

 民放のテレビ、ラジオのニュース番組では、新聞報道の記事をそのまま取り上げることが多い。正確に数えたわけではないが、独自の取材記事が少なくなってきたように思われるがどうであろうか。
 大学生が新聞を読まなくなっているといわれるが、30代、40代の働き盛りの人たちでも新聞を購読していないとする人たちが身の回りにも結構いる。
 ネットでニュースを読んでいるので、わざわざ購読をする必要はないのだとしている。
 朝のテレビのワイドショーでも、新聞各紙を並べて、ゲストがそれを肴にお茶の間談義をしているという構図をとっている。
 漠然と、数年先には、新聞を読む人たちがいなくなるのではないかという気もしないではない。新聞の購読者がいなくなれば、現在の新聞報道の体制が崩壊していく。
  ”無料”という一見魅惑的な世界が、旧来型のマスコミが崩壊をもたらしていく。
 
  『報道再生 グーグルとメディア崩壊』は、新聞、テレビの報道に携わっていた河内孝と金平茂紀がアメリカで目にした既存メディア産業の経営危機を分析し、日本のメディア産業の将来を俯瞰しようとしている。
   アメリカの新聞の収入が広告80%、販売20%であるのに対し、日本の新聞の収入は広告30%、販売収入60%と収入構造が異なっている。日本の新聞が長期的不況による広告収入の激減にかかわらず、倒産せずに、何とか踏みとどまっているのは販売収入があることによる。
   ただ、若い人たちの新聞離れにより、長期的な販売収入の低落傾向は続いていることには、日本の新聞も気がついている。
   野球一辺倒であった新聞のスポーツ欄が拡大し、サッカー、バレーボール、バスケット、ラグビー等等と全体的に増えているし、コミック、ライトノベル等、若い層を意識した読書コーナーが目に付く、映画・音楽等の扱いも同様である。
 
   新聞を隅々まで、目を通すことが習慣としているものにとって、新聞の報道体制が崩壊することは、社会の構造自体を弱体化していくことに直結するのではないかとの危機意識がある。
   
   本書も、同様の意識から、日本の新聞の生き残る道を探ろうとしている。
   新聞各社がすでに手を付けている印刷体制の統合化、新聞の宅配体制の共同化もその例であるが、読売、朝日などが、全国に張り巡らせた新聞販売所の販売網も、都心は別として、地方は統合化により、生き残り競争が激しくなる。
   そして、新聞社は、印刷・販売の統合化により、取材・配信の通信社機能に特化せざるを得なくなるとしている。
   電子書籍の端末の普及は、この傾向を促進していくだろうということは想像するに難くないが、いい方向で進んでいくのかは分からない。
   
   本書で、気になったフレーズを以下にあげておく。目新しい議論ではないが、今年1年考えていかなければならないことが簡潔に整理された1冊である。
   
   * ネットの情報検索をする者にとって、検索履歴のデータ化により・・「結果にしてあなた好みにピッタリでしかも必要としている情報がタイムリーに提供されるニュースサイトにとどまる時間が長くなる」 p32
   * グーグル側からすれば、アフガニスタン情勢や議会の法案審議などの記事は、広告収入もあげられないとして、これらのニュース記事は(有料で提供されるだけの)情報価値はないとしている。」p26
   *「日本人はグーグルのプライバシー侵害や、知的所有権問題に関心が低い」p58
    * 「今後もニュース部門に働く人は減り続けるだろう。オールド・メディアのスタッフは去るが、そのあとを埋める人々は見当たらない」p106
    *「SNS、ブログなどには十分な裏付けなしに不正な情報が流れるケースもある」p103
    *「オンラインを主要な取材をツールとした場合に伴う「個室化」と「断片化」である」「確かに記事をつくるスピードや生産性はかつてよりも格段にあがったのかもしれない。だが、テキストを生産するあまり、自分たちが置かれているコンテクストが見えなくなっていることはないだろうか。」p126

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