« 2011年1月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月27日 (水)

 『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン 

2011年4月19日 『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン 早川PMB

 「二流小説家」というタイトルは言い得て妙である。
 この本の帯や登場人物一欄では、主人公ハリー・ブロックのことを「売れない作家」とラベリングしている。
 ハリーは売れないながらも、20年近く小説を書いて糊口をしのいでいるのだから、売れないというよりもそそこ売れていたが一流の作家になれない作家という方が正確であろう。それでは、売れていれば一流なのかというと、必ずしも、そうではないというの世間一般のように思うがどうだろうか。

 ハリーは、詩を書くことから始まり、ポルノ小説、エロティックが売り物のSF小説、エチオピアとネイティブ・アメリカンの混血のユダヤ人が主人公の探偵小説を手がけ、最近ではヴァンパイア物などと、ありとあらゆる通俗小説を書いている日々を送っていた。
 ある日、ハリーは死刑を宣告されシンシン刑務所に収監されているダリアン・クレイから、告発本の執筆を依頼される。
 ダリアン・クレイは、写真撮影のモデルにした4人の女性を殺害し、遺体をバラバラに切断し、頭部を除く四肢と胴体をニューヨークの市内の大型ゴミ容器に捨てた連続殺人犯として、刑務所で死刑執行を待つ身である。ダリアンは明白な証拠があるのもかかわらず、犯行を認めず、また、頭部も発見されていない。
 ハリーは、連続殺人鬼の告白本を書けば、一流作家の道が開け、大金を手にするチャンスが転がり込んでくると、ダリアンに会いにいく。ダリアンがハリーに出した条件は、ダリアンに恋いこがれるファンレターを書いてきた女性たちを取材し、女性とダリアンとの情交を描くポルノ小説を書くことであった。
 ハリーはダリアンにファンレターを書いた女性に会いに行くのだが、ハリーに会った女性たちが次々と殺害されていく。
 猟奇的な殺害の手口は、ダリアンの犯したとされる殺人事件と類似している。ダリアンは無罪なのであろうか。殺人の容疑までかけられたハリーは、ダリアンに殺害された被害者の双子の妹のダニエラとともに被害者たちの周辺を調べていく。

 ここらあたりからは、いかにもミステリにありそうな展開で、最後は少々粗っぽいストーリーとなっていくのだが、ハリーが糊口をしのぐために書いているハードボイルドミステリ、ポルノがかったスペースオペラ風の小説、ヴァンパイヤ小説のシーンが各所に散りばめられており、この断片的な小説が結構面白いし、売れない小説家たちが売り込みのために朗読会を開いたり、チャンスがあれば殺人犯の告白に飛びつこうと虎視眈々している様子など興味深い。

 日本でも、最近、殺人などの重大な罪を犯した者などの告白録が目につくようになった。
 ネットで検索してみると2004年1月5日のAP通信が、米国全体で、数十人の死刑囚がインターネット上で手紙や絵などを公開していて、深い悲しみに暮れる被害者の友人や遺族は、こうした行為に苦しめられていると報じている。
 商業主義がまかり通っていることもあるのだろうが、好奇心に駆られて本を購入する人たちもいるのも事実である。たれ流しているテレビ報道をみている人たちも同罪なのであろうが。

 ミステリ・ファンにとって楽しいのは、ハリーを通して、ミステリに登場する探偵たちやテレビ番組を引き合いにだしながら、推理小説の蘊蓄を並べていることである。この作家の雅気がじわじわと伝わってくる。
 
 ハリーは、「小説は冒頭の一文が何より肝心だ。唯一の例外と言えるのは、結びの一文だろう。結びの文は、本を閉じても読者のなかで響きつづける。背後で扉が閉じたあと、廊下を進むあいだもこだまが背中を追ってくるように。だがもちろん、そのときには手遅れだ。読者はすでにすべてを読み終えてしまっている。」(p11)と冒頭で語っているのだが、最後のあたりでは、「きっとすばらしい作品になると思う。出だしの部分は決まったも同然だもの。そこがいちばん苦労する部分なんでしょう? 最初の書き出しというのが」という女友達の問いに対し、ハリーは「そうでもない」と答え、さらに「それじゃ、結びの部分ね」と問われると。「それもちがう。小説も人生と一緒でね。いちばんたいへんなのはまんなかの部分なんだ。」と答えている(p447)。

 ミステリ小説の作法からすると前者なのかもしれないが、最初と最初が肝心でも、まんなかを書き続けるという日々の行為がなければいい小説はできないともいえるし、この小説の中で、ハリーが小説家として成長してきたことを示唆しているのかもしれない。

 この後の成長が楽しみな作家の登場である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 4日 (月)

映画『森聞き』

2011年3月19日(土) 映画『森聞き』・・・聞くということ
 今日は、息子の高校の卒業式でしたが、他の用事があったため出席しませんでした。
 卒業式の時間には、光が丘のマクドナルドで、中学1年生の男の子と話しをしていました。
 現在、離婚調停をしている夫婦の息子です。昨年の夏、妻は子ども連れて、家をでました。私は夫側の代理人なのですが、夫とこどもの面接交渉がうまくいけば離婚は円満に成立するするのではないかと考えています。
 裁判所の調停委員にその旨を話したところ、その調停委員は、私を妙に信頼していて、私が子どもと会うことを勧め、妻を説得してくれました。

 妻側に代理人が付いているときは、弁護士倫理上、相手方弁護士を抜いて会うことはできませんし、同意を求めても、同意してくれないのではないかと思っています。
 私は、離婚事件を扱うといっても、せいぜい年に2-3件程度です。私自身の心が安定していないと依頼者に適切な対応できないし、依頼者との相性もあるので、手持ちの現在進行形の事件は1-2件を超えないようにしています。

 それでも、長いこと弁護士をしていると、担当した離婚事件は結構な数になりますが、今まで、依頼者と一緒に住む子どもとは会うことがあっても、相手方と一緒に住む子どもと会うということは初めての経験でした。

 調停委員が積極的に勧めてくれたのは、2-3年前に、私の調停事件を担当していたことがあり、依頼者一辺倒ではない、フェアな対応をしていたことに好感をもっていたようです。もっとも、私は、調停委員の顔を覚えていませんでしたし、私自身、裁判所の対応を直接批判することも多々あるので、この調停委員の対応は意外なことでした。

 職業上、子どもとの話の内容を口外することはできませんが、本質的な話しをしたのは10分もなかったと思います。後の4-50分は、彼が好きだというテニスと美術に関することを、私が一方的に話しをしていました。

 たまたま、私も長年テニスをしていることもあり、スポーツ法やスポーツ社会学に関心があったり、NPOの文化財保存修復機構に関与していたり、日大の芸術学部で、何回か、「アートと法」の話しをしていることもあって、話しの材料には事欠きませんでした。

 私には大学生と高校生の子どもがいるのですが、私が伝えたいと思うことも、こどもたちは聞く耳をもっていないということが現実です。
 彼だけではありませんが、自分の子どもより、他人の子どもの方が、話しをしても、聞いてもらえるし、相手も自分の親には話さないことを私と話しているということもあります。
 私は、正直に、彼に、「おじさんにも、高校生の子どもがいるけれど、このように話しを聞いてもらったことはない。もしかすると、他人だから聞いてもらえるのかもしれない。でも、お母さんだけと話しをするのではなく、お父さんと話をするという機会を拒絶して、無くしてしまうのはどうかな。」と伝え、「会う、会わないは、君の判断次第。強制はできないし、するつもりもない。時間をかけて、考えてほしい。」といって別れました。
 
 外に出ると、暖かい日差しに包まれていました。
 震災を忘れて、今日はのんびりとすごそうと考え、大江戸線に乗り、東中野にあるポレポレで、上映中の映画『森聞き』を観に行きました。
 何年か前に、「聞き書き甲子園」という活動があるということを知り、関心をもっていました。
 日本全国の高校生が森や海・川の名手・名人を訪ね、知恵や技術、人生そのものを「聞き書き」し、記録する活動です。( http://www.kyouzon.org/library/
  10年ほど続いている活動で、今では、第1回の活動に参加した高校生が中心となって活動しています。「森の名人」といわれる人たちが少なくなってきたので、訪ねる対象を「海や農の名人」に広げてきているようです。

 「聞き書き甲子園」をドキュメントした映画『森聞き』ができたことを知り、観に行こうと思っていました。
 観る前から、北海道の下川町の町役場の春日さんに、道東4町(下川町、滝の上町、美幌町、足寄町)で、この映画の上映会ができないかなと話していました。
 林業の映画『森聞き』だけに対し、農業の映画『恋するトマト』(俳優の大地康雄が企画・脚本・製作総指揮・主演した劇映画)も一緒にみるのもいいかと、個人的には思っているのですが、どうでしょうか。

 「聞き書き甲子園」という活動は、一見、森という環境を保護することを目的とする活動のようですが、第一の目的は、高校生が、森の名人(その多くは、70歳、80歳の高齢者です。)に一人で会いに行き、聞き書きをします。高校生は、名人とコミュニケーションをとり、話しを聞き、ひたすら書き取る作業をします。
 高校生たちは、森の名人に会うというプロジェクトに参加したのですが、彼らは、名人に、何をどう聞いたらいいのかという戸惑いがあります。

 ドキュメンタリー映画『森聞き』では、4人の高校生が森の名人を訪ね、尋ねていく様子を追っています。そして、高校生たちが抱く戸惑いを丁寧に描いていることに好感を抱きました。

 宮崎の女子高生は、山奥で焼畑をして暮らす85歳の椎葉クニ子さんを訪ねます。
 椎葉さんは、60年以上、焼き畑をしています。1年に4枚の畑をつくり、順番に、1年目はソバ、2年目はヒエ・アワ、3年目は小豆・大豆を育て、4年目は自然に返す。地力が低下するからです。
 女子高生生は、毎年、変わらぬ営みを続ける椎葉さんに、何が好きでしているのかを問い続けます。
 好きな仕事をしたいと勉強に励む女子高生に、椎葉さんは、「ばあちゃんの一生の仕事だから、好きでやっとるじゃない」と繰り返すだけ。女子高生は、無言で考えている。おそらく、理解できないでいない。

 三重の男子高生は、奈良の山で、杉の種を採る76歳の杉本充さんについていきます。 良い種は、良い木から採れる。杉本さんは、枝下の高い木を探し、ロープと4ー50cmの小さな丸木でつくった木登りの道具であるカルコを使って、するすると木を登り、種のついた枝をとります。高校生は、名人の技を呆然と見上げています。杉本さんの後継者はいません。

 東京の女子高生は、富山県の南栃市で、合掌造りの家の屋根の茅を葺く79歳の小林亀清さんを訪ねます。
 合掌造りの家は一人ではできない、職人技をもついろいろな人の協力が必要だと話す小林さん。五箇山の合掌造りが世界遺産になったこともあり、後継者となる若い人たちがくるようになったという。
 女子高生は、山間の急斜面で茅を刈る若者たちに、この仕事がおもしろいと思うことは何かと問おうとするが、若者たちは答えることなく、黙念としています。

 北海道の真狩で、家業のジャガイモ作りを手伝う男子高生は、山子をしていた84歳の長谷川力雄さんと山の中に入っていきます。山子とは、きこりや炭焼きなど、山で働く人のことです。
「木の行きたい方向を感じ取りながら、木を切る。間違えると木は裂けてしまって、価値がなくなる。」「山の中にいると、嫌なことも忘れてしまう。」「自由人なのだ。」といい続ける長谷川さんについて、男子高生は黙々と歩き続ける。

 好きな仕事をしたい。やりがいのあることをしたい。私自身、60歳をすぎても、未だ、迷い、彷徨っています。
 ただ、そこにある仕事をしてきている彼女たち、彼らたちの人生を見ることにより、自分の過ごしてきた人生をついつい振り返ってしまう映画でした。

 ここに登場する4人の高校生が、森の名人と会い、聞き書きという作業を通じて、何を感じ取ったのだろうか。
 たぶん、大人がここから読みとろうとすることは多々あるし、それぞれ、受け止めることも様々だと思う。
 しかし、高校生に同様のことを期待することも間違っているような気がする。教訓めいた言い方をする気もない。ただ、何十年か経過したときに、青春の一こまとして蘇ってくるだけでいいのではないだろうか。
 「聞き書き」で残るものがある上に、映像まで残る。でも、彼らに残るのは何なのだろうか。。

 映画は、高校生のその後を少し描いて終わる。
 彼らの人生は、まだ、終わらない。

 2011年3月11日の東北・太平洋沖大地震、それに続く福島の原発の事故をただ呆然と眺めている自分だが、このような状況で観た映画『森聞き』は、私の心の中に残るだろうし、私は書くことにより、何かを人に伝えるしかないと、改めて、考えるようになった。

 ****
 映画を見終わったあと、1階にある喫茶室で、監督の柴田昌平さんと話しをしました。テレビでの放映も考えたが、企画を持ち込んでも、テレビ局からは『世界ウルルン滞在記』のような予定調和の物語であればという反応が多かったという。
 テレビって、そのようなものだというと、怒られるだろうか。
 ****
 ポレポレの喫茶室の書棚に、公文健太郎さんの写真集の『大地の花』が置いてあった。喫茶室で働いている若い人に尋ねたら、ポレポレのオーナーである本橋成一さんのところで修行をしていたという。公文さんとは、我が家にあるギャラリーで、スポーツフォトグラファーの赤木真二さんのサッカー写真展を開いたときに、紹介を受けて、話したことがある。3人とも自由学園出身の写真家である。
 そういえば、本橋さんは、チェルノブイリ原発の被災地を撮影した写真集『ナージャの村』、ドキュメンタリー映画『ナージャの村』を作っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年5月 »