« 『蜷川幸雄の子連れ狼・伝説』蜷川 幸雄 | トップページ | 『弁護士探偵物語 天使の分け前』 »

2012年1月21日 (土)

『銀色の絆』

2012年1月18日『銀色の絆』 雫井 脩介 PHP研究所

 このところ、毎週のように、バレーボールやフィギュアスケートの国際試合がテレビで放映されている。家に帰ると、居間で、妻と娘が見入っているのだが、私は、フィギュア・スケートの試合を観るのは、痛々しい気持ちにかられてしまう。
  試技中に、転倒してしまう姿を観るのも苦手なのだが、試技を終えた少女たちが、コーチと採点結果の発表を待つ姿をテレビ・カメラが捉える。発表を待っている場所は、リンク脇の小さなスペースであるが、「キス&クライ」という。高得点を得たときは、選手とコーチが喜びのキスを交わし、失敗の試技で低得点であったり、優勝を逃したときは、悲しみや悔しさの涙を流したりするのがこの名称の由来であり、メディアにとって絶好の見せ場となり、観客もこれを見て、一喜一憂する。
  頂点に立つ少女、いまひとつ手がとどかなった少女、無残な失敗で終わってしまう少女たちがいる。そのうらには、1人ひとりの物語があるはずなのだが、観る者はその多くを知ることはない。少女たちは、どのような気持ちでこの場を迎え、去っていくのだろうか。
  観客は、残酷である。敗者の健闘を祝福しても、そこには哀れみが秘められている。
 テレビ・カメラが映し出すリンクで試技を披露する選手の姿は、古代ローマのコロシアムで戦う剣闘士と二重写しとなる。
  剣闘士は競技場で観衆の喝采を浴びる対象ではあり、多額の報酬を受けることはあったが、剣闘士の多くは戦争で捕獲された捕虜や奴隷であった。
  フィギュア・スケートを滑る選手を奴隷というつもりはないが、低年齢化し、幼い少女が目立つ選手を駆り立てるものは何なのだろうか考ええてしまう。

 雫井脩介の『銀色の絆』は、頂点に届かなかった藤里小織とその母梨津子の物語である。
フィギュア・スケートの物語というと、栄光を勝ち取るための選手や親のライバル心や熾烈な戦いの物語を想像してしまうが、田舎の公立大学に進んだ小織が、アパートに遊びにきた同級生に、スケートをしていた頃を回想する形で物語が始まる。
 小織が栄光を手にすることができなかったなのだろうかなと知ることにより、小織と梨津子が辿るはずの紆余曲折の道はちょっと予測できなくなり、その興味で最後まで読ませてしまう。作者の雫井脩介は、『栄光一途』で新潮ミステリー倶楽部賞、『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞を受賞しているが、『銀色の絆』はミステリではなく、ストレートなフィギュアスケート小説となっている。
 小織は、田園都市線沿線にある私立中学に通い、新横浜にあるスケートリンクでスケートのレッスンを受けている。母親の梨津子は、小織について、同年代の中では悪くはないが、特別な才能をもっているとは思っておらず、習い事の一つをさせているという感覚でいたのだが、夫の不倫により、離婚することになり、実家のある名古屋に帰ることになる。
名古屋は、優秀なコーチの下に、複数のクラブが複数のリンクで活動し、多くの有名選手を輩出しているフィギュアスケートのメッカである。
 小織は、オリンピックでメダルをとることを目指す平松希和のいる上村美濤先生の教えを受けることになる。小織と梨津子は、小織に内に秘めた気持ちを野心として表に出すこと求める。梨津子は、美濤の言葉に好感をいだけなかったのだが、美濤から「あなたが一生懸命になれば、必ずあの子に伝わるでしょう。どうですか? できますか?」といわれ、うなずいてしまう。
 スポーツでも、音楽でも、よくあるステージ・ママの世界となるのかなと思わせながらも、オリンピックを目指すようになる小織と梨津子の成長していく姿を等身大に描く、好感のもてる小説であった。
 ライバルの同世代の少女と母親たちの熾烈な戦いの裏には、嫉妬・競争心が渦巻く、ドラマがあるのではないかとも思うのだが、そうはならない。
 後書きによれば、作者は、スケート関係者を丁寧に取材している。スキャンダラスな話しにすると登場するクラブ、コーチ、選手たちがモデルとされ、関係者に迷惑をかけると考えたのかもしれない。
 フィギュア・スケートを観る手引きとして、是非読んでほしい小説である。

|

« 『蜷川幸雄の子連れ狼・伝説』蜷川 幸雄 | トップページ | 『弁護士探偵物語 天使の分け前』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『銀色の絆』:

« 『蜷川幸雄の子連れ狼・伝説』蜷川 幸雄 | トップページ | 『弁護士探偵物語 天使の分け前』 »