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2013年5月 5日 (日)

レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史 

2013年5月5日レッドアローとスターハウス: もうひとつの戦後思想史 原 武史 新潮社

 
 原武史の『レッドアローとスターハウス』(新潮社)は、ひばりヶ丘や滝山などにつくられた巨大な団地を通して、西武線の成り立ちからその文化的な背景を解き明かす、興味深い書籍です。
 西武池袋線の沿線に住む者にとって、この本に何を感じ取るのかというと難しいところです。
 中央線の沿線の多様な文化的土壌に比して、西武新宿線や西武池袋線の沿線には、文化的な魅力に欠けているというのが実感でした。私の住む町も、ひばりヶ丘団地ができたときに、最寄りの駅名も「田無町」から「ひばりヶ丘」と、いかにも新興住宅地風の名前に変わってしまった。
 原は、西武線沿線に、ひばりヶ丘や滝山など巨大な公団の団地が数多くつくられたことにより、買い物、電車・バス等の公共機関、保育所の不足などの不便を改善するために、団地住民による自治意識が育まれ、共産党などの革新勢力が浸透していった様子を実証的に解き明かしていく。
 同一時期に、団地に入居した者たちは、同質性を持ちやすいが、異質的なものに対する排除につながっていく。原は、『滝山コンミューン』で、自身が過ごした滝山団地の小学校時代の経験を語っているが、『レッドアローとスターハウス』でも、しばしば、『滝山コンミューン』の内容に言及している。
 団地には、分譲と賃貸があったが、賃貸の方が多かった。賃貸の団地に住む者は、定住意識が薄い上に、大量に画一的につくられた団地に入居してきた者は団地内の生活はあっても、地域につながるバックボーンは希薄である。西武線沿線の文化的背景が貧弱なことの理由のように思われる。
 この本には、東久留米市の市長となった稲葉三千男に触れていない。東大の新聞研究所長の経歴をもつ稲葉は、1990年、社会党と共産党の統一候補として、市長に当選した。2期目の選挙であるから、1994年かその前年のことだと思うが、稲葉市長がわが家にやってきたことがあった。当時、子どもを通して知りあった子の父親たちが、月に1回、わが家で飲み会をしていた。あいさつをしたいので、少しだけといっていたのだが、結局、2-3時間いた。何を話したのか、記憶にないが、古い建物の市役所であるのがいいといったら、今、新しい市役所を建築中だと自慢げにいったことと、議論したあげく、平行線であったことに対し、私たちの仲間の一人が稲葉に対し、「あなたには、愛がない。」と告げたことを鮮明に覚えている。
 いろいろな話しをしても、彼の話から、自分たちが住んでいる地域に対する愛が感じられないということで、要するに生活感が感じられなかったということであった。
 原が、この本で言わんとしていることに、相通じるような気がしてしようがない。

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