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2013年5月18日 (土)

『書林逍遙』 久世 光彦 

2013年5月15日 『書林逍遙』 久世 光彦 講談社 (2006/6/15) 

 古書店の棚で、久世光彦の『書林逍遥』は異彩を放っていた。
 何という紙かは分からないが、薄茶色の紙の背表紙に、手描きの文字で「書林逍遥」、そして活字体であ「久世光彦」とある。
 表紙にも、「書林逍遥」とあり、『章二』の印影が押されている。この味のある書体が山藤章二の手による文字なのだと納得する。
「書林逍遥」の文字に触ると、凹凸がある。活字で押したのかなと思いながら、表紙を開くと、太宰治の「お伽草子」、江戸川乱歩の「人間椅子」から、向田邦子の「あ・うん」武田泰淳の「秋風秋雨人を愁殺す」まで、24冊の初版本のカラーの写真で並んでいる。 表紙のカバーをとると、うぐいす色のきれいな堅表紙が現れる。
 端正な本である。瑞々しい本という表現がふさわしい。
 2006年3月に急逝した久世の遺作であるが、編集者や装幀家の久世に対するリスペクトがこの本をつくらせたのだなと感じさせる。
 24冊の1冊ずつに、久世は、幼いころの背伸びした読書遍歴をある意味の赤裸々さをみせながら、本に対する思いや作家の内に入っていく。
 「私たちの世代の多くは、〈少年探偵団物〉で江戸川乱歩の国に入っていく。それから遡って、大正時代の短編に辿り着く。ところが、私は、裏口から迷い込んでしまったのだ。」と、幼少時に読んだ乱歩の『人間椅子』や『屋根裏の散歩者』が、久世の一生を決めたんだという。
 残念ながら、表玄関から入り、裏口を通って、ミステリの世界に彷徨ってしまった私からすると、入り口を間違えてしまったと少し後悔しながら読んでいた。

 舟橋聖一の『雪夫人絵図』について
 「雪夫人の木暮実千代の流し目と、弛んだ口元の虜囚にな」り、「あの映画を見なければ、私は『雪夫人絵図』を読まなかったとだろうし、目を血走らせながらノートに写し取ることもしなかっただろう。」
 幸田文の『おとうと』について
 ドラマ化を、「私が断念したのは、昭和35年に市川崑さんが撮った「おとうと」があったからだ。どうしても崑さんの滲むように美しい淡彩画さながらの映像が思い浮かんで、それを凌ぐものを撮る自信が脆くも崩れてしまう。」

 溝口健二の『雪夫人絵図』、市川崑の『おとうと』のDVDを手に入れて、観ようと思う。

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