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2013年8月17日 (土)

『日本サッカーに捧げた両足-真実のJリーグ創世記-』

『日本サッカーに捧げた両足-真実のJリーグ創世記-』木之本 興三 (ヨシモトブックス)
  サッカー日本代表の試合の観客動員や視聴率は高いが、その割に、Jリーグの観客動員や視聴率は低迷している。しかし、Jリーグの前身であるJSLリーグ時代、観客席は100人にも満たなかったという。この時代から、サッカーのプロ化を夢見て、実現しようとしていた人たちがいた。川淵三郎のようなカリスマ的な存在が今のJリーグを作り上げたことは世に知られているが、JSLの運営委員となり、Jリーグの創設に携わり、日韓ワールドカップ当時のJリーグ創設当時の専務理事であった木之元興三が語るリーグ創世の物語である。
 表があれば、裏があるのだが、この本は、それほど、暴露的ではない。
 日刊ゲンダイに連載された「木之本興三・Jリーグへの遺言」は、ネットで読めるのだが、もう少し、暴露的である。この連載をもとに、この本ができていると思うのだが、こころなしかトーンダウンしているようにみえる。この本が出るまで、自分からか、周辺の力からかは分からないが、いろいろな配慮が垣間見えるのも面白い。
 木之元は、東京教育大、古河電工と、サッカー選手として活躍し、これからという
26歳の時に、グッドパシチャー症候群という難病で腎臓を切除し、以来、透析を受けなければならない身体になり、日韓ワールドカップの最中の53歳で、バージャー病という難病で両足を切断した。そして、闘病生活を終えて、Jリーグの事務局に出勤したその日に、鈴木昌チェアマン(当時)に解雇を宣告され、川淵サッカー協会会長も解雇を支持し、結局、木之元はサッカー界を追放されてしまう。
 強固な川淵体制に、表だって異を唱えるものはなかった。
 そういう意味で、この本は、Jリーグ、日本サッカーの裏面史として貴重である。
 読売ヴェルディの名称問題、東京へのホーム移転問題、横浜フリューゲルの消滅、サガン鳥栖の誕生、そして、トルシェの解任問題等、知っているようで、知らない事情が垣間見えて面白いし、当時としては仕方がない超法規的な処置なのかもしれないが、今、話題のガバナンスの問題として見直してみるのも一興である。

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