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2013年11月 3日 (日)

『安部公房とわたし』 山口 果林

2013年11月3日 『安部公房とわたし』 山口 果林  講談社
  安部公房の小説を読んでいたのは、学生の頃で、以来、遠ざかっている。小説だけではなく、安部公房スタジオをつくり、演劇の活動をしていることもあって、気になる存在であった。といっても、年譜を見ると、1967年に発表された『燃えつきた地図』が最後に読んだ長編であるし、芝居もみていない。
 朝の連ドラも、ホテルに泊まった翌朝に観ることがある程度なので、『繭子ひとり』も観たことがなかったし、山口果林も、名前を知っている程度で、記憶に残っている女優ではなかった。最近こそ、奇抜な名前の俳優やタレントが多いが、昔は、「果林」という名前が変わっているなとは思っていた。安部公房がつけた名前である。
 山口は、桐朋学園大学の演劇科に入り、安部公房ゼミナールで、安部公房を知り、親しくなった。
 この本は、山口が、愛人であった安部公房との生活を語るという内容から、週刊誌等では、スキャンダラスに報じられているようであるが、そういう期待で読むと、肩すかしになる。
 もっとも、山口が全裸でベッドに横たわっている写真と安部公房のスナップ写真が並んでいるグラビアは気になるし、この本の惹きとなって、手に取るものも多いというのは想像に難くない。これらの写真は、安部と山口がお互いに撮りあったものである。
 ちなみに、グラビア以外の写真も、読後に、再度、眺めると違って見えてくる。

 山口は、安部との出会いからその死までのできごとを、淡々と描いている。
 安部の妻との確執も、家族との軋轢も、さらっと事実を描いている。手元に残された安部の手帳や自身の手帳をもとに、ことさら、感情表現を押さえ、周辺に起きた出来事を書いている。
 安部が好んだ物や嗜好についても、こういうものが好きだった、こういうことに熱中したと数行で語っていく。
 この語りにより、安部や山口を知る周辺の者は様々な感慨がかきたてられるであろうということは想像に難くないし、安部の熱心な読者は、その小説の背景をなす作者の別の側面を見いだすのではないだろうか。
 
 この文体はハードボイルドなのかなと思いながら、この本を読んでいた。ハードボイルドは、外界の出来事を書くことによって、人を描いていく文体を指す。
 先日、鳥栖で、原尞と話をした後、鮎川賞のパーティで、知人と、「原尞は、チャンドラーではなく、ロス・マクドナルドではないか」とハードボイルドの話をした影響が残っているのかなと、思いつつ読んでいると、最後、山口の次のような文章に出合った。

『私は生きなおそうと思い始めていた。
  昔、見た記憶のある舞台ウィリアム•ルース作「リリアン」の台本が欲しくて木村光一に連絡を入れた。リリアン.ヘルマンの自伝的著作をもとに構成したひとり芝居だ。
  リリアン.ヘルマンの作品は高校の演劇部で経験したことがある。ハ—ドボイルド作家•ダシール•ハメットの生涯の伴侶として連れ添った。死の床についているハメットの病室を抜け出して、リリアン•ヘルマンが自らの生い立ち、ハリゥッドの赤狩り、ハメットとの日々を語る芝居だ。木村光一が手書きのコピー台本を送ってくれた。』(p218)
 
 この文章に出会うために、この本を読み通していたのかなと、少しばかり、心が震えた。

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