2005年12月14日 (水)

『オラショとグレゴリオ聖歌』

○2005年12月14日(水)

『オラショとグレゴリオ聖歌』

 トイレに行きたくなって、目を覚ました。午前4時をまわったところである。二度寝をすべくベッドにもぐりこみ、ラジオをつけた。
 生月島(いきつきしま)の隠れ切支丹の話を立教大学の先生がしていた。生月島は、長崎の平戸島のさらに北西部に位置する島である。
 生月島には、時の権力に弾圧され、命懸けで信仰を守った「隠れ切支丹」の流れを守っている人達がおり、その人たちの話であった。彼らは、表向きは、神仏を祀っているのだが、納戸の奥に、マリアやキリストの像を祀り、祈りを捧げていた。そして、口承で、祈りや聖歌を伝えていたのだという。隠れ切支丹の祈りをオラショという。
 30年前に録音されたというオラショは、念仏やご詠歌のように聞こえるのだが、日本語ではなく、時折、サンタマリアなどのキリスト教にかかわる言葉がでてくる。
 グレゴリオ聖歌に魅せられ、ラテン語に精通しているその先生は、その歌詞はラテン語ではないかと考え、バチカンやスペイン、ポルトガルの聖歌の資料にあたり、その元となるものが、グレゴリオ聖歌であることをつきとめる。ただ、ひとつだけわからないものがあったのだが、それは、ポルトガルのある地方だけで歌われていた聖歌であったという。
グレゴリオ聖歌と30年前に生月島で録音されたそれらの歌が交互に流れてくる。
 400年間口伝えで伝えられた壱岐の隠れ切支丹の聖歌は、日本の旋律に変容しているが、それはまさしくグレゴリオ聖歌であった。
 ラテン語を解さない信者が口承で400年間営々と伝えてきたものの重さがじわっと伝わってくる。そして、それを自分たちのものにしていくなかで、ラテン語の信仰の世界がその地方の生活と一体となっていく。キリスト教を信じるものではなくても、そのすごさが感じられる。
 しかし、このように営々と400年にわたって続いてきた信仰が若い人につながらず、現在は、高齢者がかろうじて信仰がしているだけだという。
 400年間、営々と伝わってきたものが、ここ30年の時代の変転で呆気なく消えて行く。これもまた、人間の業のなしたものなのであろうか。この30年間の変転がもたらしたものの恐ろしさと、それに気付かない人たちの愚かさを思うと、今、この時代に生きていることが間違っているのではないかと感じつつ、ぬくぬくとしたベッドの中で、眠気が覚めていた。

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