2006年5月10日 (水)

『羽仁智治ジャズ・ライブ』

○2006年5月10日(水)

『羽仁智治ジャズ・ライブ』

 仕事の帰りに、吉祥寺の東急デパートのそばにあるライブハウス「チャチャ」に出掛けた。
 最近、知り合いになったジャズ・ピアニストの羽仁智治さんが出ている。http://www.tomoharuhani.com/

階段を降りると、ライブハウスとしては、意外に広い吹き抜けの空間があり、ピアノ、ギター、ドラムのトリオが演奏している。
 ソウル系のライブハウスにあわせてか、ソウル風のジャズである。キーボードに向かう羽仁さんは、物静かな風貌に、白の襟付きシャツ姿。白衣をきた理科の先生という雰囲気である。
 トリオをバックに女性のヴォーカルが歌う。正直いって、最初のステージにはこちらがついていけなかったが、最後に、今日が誕生日のカップルのために、ハッピバースディの歌を歌い出したあたりから、リラックスしてきた。セカンド・ステージはいいのりであった。ここで、曲名をあげて、印象を付け加えればいいのだろうが、いかんせん減退した記憶力では思い出せない。灰色の脳細胞は灰色ののままということであろうか。
 それでも、その場で感じた雰囲気はいまでも肌に感覚としてのこっている。
 たまには、このような夜の過ごしかたもいいものである。

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2005年12月 8日 (木)

『嵐が丘』

○2005年12月8日(木)

『嵐が丘』 川井郁子

 浦和の駅から、歩いて7ー8分のところに、大学時代の同級生が小さなレコードショップを経営している。
 次の約束まで、1時間程度、時間が空いたので、久しぶりに寄ってみた。
女性の手を模した真鍮製のドアの取っ手を引くと、彼はパソコンに向かっていた。
 顔を合わせると、開口一番、浦和のショップは、山野とここだけになったといい、店は閉店していると思っていたのでは?といってくる。
 まだ、やっているのかなと思いながら、訪ねてきたものも事実である。
 彼は、大学時代に、アマチュア・バンドで、ドラムスをたたいており、趣味が講じて、レコード・ショップのオヤジになった。
 その後、レコードを買わず、貸しレコードでヒット曲を録音するようになった。そして、携帯電話の登場により、子供達は小遣いの多くを電話代に費やして、CDを買わなくなった。さらに、最近ではネット配信でヒット曲を買うようになっている。
 大学生の頃であろうか、一つのコンセプトで1枚のアルバムを作るようになった。ジャケット・デザインも重要な要素であった。
 ネットで、好きな曲をダウンロードするということの手軽さは、アルバムを作るという世界を放逐していくとしか思えない。若い頃には、ヒット曲としてしか知らなかった曲が入っているアルバムを今聴いてみると、若いときには感じ取ることができなかった世界が見えてくることがある。ヒット曲の向こうにある豊饒な世界が次の文化を創っていき、次の世代にその想いを伝えていく。ネット時代では、手軽さのみがもてはやされるので、次の世代には手軽さのエッセンスしか、伝えることができないのではないだろうか。
 このようなことを話していると、彼は、最近、学生時代の仲間に誘われて、時折、親父バンドをしている。でも、結局、みんな昔流行った曲をワンパターンに演奏することになるのが、物足りないと思っているという。
 やらないより、やるのはいいのだろうが、やる以上は、プログレッシブにしたいとの彼の思いはよく分かる。でも、この年になって、プログレッシブで有り続けるのは大変だろうなと想いながらも、俺もプログレッシブであらねばと心の内に、言い聞かせていた。
 カウンターの上にある、「川井郁子の『嵐が丘』のCDが置いてあったので、スティーヴィー・ワンダーの「タイム・ツー・ラブ」を買うことにした。
 川井郁子の演奏を聴いたのは、確か、表参道にあるロシア料理店であった。スティヴィー・ワンダーを聴いたのは、高校生の時である。テンプテーションの来日ができず、チケット代を返還してくれた上に、スティヴィー・ワンダーとマーヴェラスのコンサートを無料で聴いた。その彼も、今や、58-9歳でになっている。

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2005年7月17日 (日)

『WE WILL ROCK YOU』

○2005年7月17日(日)
 高1の娘と、『WE WILL ROCK YOU』を観にでかけた。70年代から、80年代にかけて活躍したロック・バンドのQUEENのヒット曲で構成されたミュージカルである。
 10代から20代にかけて、エルヴィスやビートルズ、それに、モータウン・サウンドなどは聴くことはあったが、ロック・ミュージックにそれほど関心はなかった。私が好むミステリや映画に登場する音楽もジャズが多かったということもあった。特に、ハード・ロックの系統のロックを聴くことはなかった。
 昨年、アイスホッケーを題材にしたテレビ・ドラマ「プライド」で、QUEENのヒット曲が使われていた。家では、テレビを観るのは時間の無駄と思い、DVDで映画を観たり、本を読むことが多いのだが、帰宅した時に、娘がよく観ていた。このところ、70年代前後のヒット曲がテレビ・ドラマに使われていることが多いのは、この頃に青春を過ごした世代がテレビ局やスポンサー・サイドの決定権をもつようになったからであろう。
 この状況について、新しいものを生み出すことができないとの閉塞状況を指摘する向きもあるが、世代を離れた親子にとっての共通の話題ができるといううれしさはかけがえのないことである。
 娘が通っているダンス・グループでも、QUEENのI WAS BORN TO LOVE'YOUでレッスンをしていた。娘の気を引こうということもあって、QUEENのヒット曲を集めたアルバム「ジュエルズ」を買い、聴いていた。
 このような経緯があって、娘に、このミュージカルを観に行くこと誘ったのである。
 コンセントレーションを高めるために、先週来、I-PODに入れた「ジュエルズ」「ジュエルズⅡ」を電車の中で聴いている。今日の午前中は、85年のライブ・エイドのDVDのQUEENが登場するDISC2を観ることにした。91年に死亡したフレディ・マーキュリーは、白いランニングシャツ姿で、ピアノを弾き、歌っていた。ウェンブリー・スタジアムを埋め尽くした観衆が両手を上げ、歓声をあげている。
 私も、衛星中継で流されたライブを観た記憶がある。全世界をつないで、WE ARE THE WORLDを歌い次いでいく様子には、音楽が世界を変えるのだという感動があった。               

 こんなことを思いながら、新宿の歌舞伎町にあるコマ劇場にでかけた。 新宿という雑踏の町ということもあるが、劇場の雰囲気は、いつものミュージカルを観るときとは違っていた。QUEENの往年のファンという中年も目につくが、若い人たちが圧倒的に多い。ただ、12,000円という高いチケット代ということもあるのだろうが、10代というよりも、20代からせいぜい30代前半の客層のように思えた。思えたとしかいいようがないのは、このところ、他人の年がよく分らないためである。
 ミュージカルの舞台は、数十年後の未来である。すべてが管理された社会では、音楽も管理され、精神的な自由を喚起するロック・ミュージックは禁止されている。ロックの音楽、イメージ、言葉の断片を心の片隅に持ち続ける若い男女の2人が支配者であるキラー・クイーンの追求から逃れ、真のロックを見つけるというお話で、ストーリーとしてはよくある話である。
 ストーリーといい、構成といい、QUEENの曲をうまく使っていて、出演者の歌も、バックのバンドの音も楽しかったが、このよくある話のラストに、ロックのもつエネルギーの爆発が表現し得たのかというと、どうなのだろうかという気がつきまとった。
 私のそんな気分をよそに、会場は総立ちとなり、舞台が見えなくなってしまった。スタンディング・オベーションをするほどの出来ではないのにと思いながらも、舞台が見えないので渋々立ち上がって観ることにした。観客は、手を振り、色とりどりのライトを振っており、楽しんでいるように見える。最近では、音楽を聴いて、総立ちになったり、アンコールを求める観客は、感動を受けたことによる感激からというよりは、音楽の出来は二の次で自分がそこにいて、皆と楽しんだということの確認をしているような気がしてならない。
 この劇場自体がシステマティックに運営されている。その中で、観客が楽しむ様子は、このミュージカルのテーマのロックとは異なる管理された中でのそれにしかない。金のかかる公演であればあるほど、そうなっていくのも仕方がないのかもしれない。
 もちろん、私自身もその中の一人であり、ただ、少しだけ、群衆の中の孤独を感じていただけであるが・・・
 それでも、劇の終わった後に始まるボヘミアン・ラプソディからの何曲かの演奏と歌は楽しかった。これぞ、出演者全員により、ロックするという楽しさが舞台いっぱいにはねていた。
 この公演は、オーストラリアでの公演をもってきたので、オーストラリア、ニュージーランドの俳優、ミュージッシャンのメンバー構成である。ミュージッシャンは、30代から40代の中年で、ロック世代の成熟を感じる反面、ノスタルジックになってしまったロックは若い世代に対抗し得るエネルギーを持ち得るのだろうか、若い世代がこれに対抗するカルチャーを作っているのだろうか、今、そこにあるのに、私自身の目につかないだけのだろうか、そんなことも感じての帰途であった。

  家に、戻って、フレディのWE WILL ROCK YOU、伝説のチャンピオンの映像を観ながら、この文章を書いている。
 85年のライブ・エイドの時の感覚が蘇ってくるような気がしている。

 いい休日であった。

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