2013年9月 1日 (日)

『教場』 長岡弘樹

『教場』 長岡 弘樹 (著)  小学館  ¥ 1,575 

 「教場」とは文字通り、教える場、すなわち教室のことである。
 あまり、目にしない言葉だなと思いながら、ネットで検索すると、日本で最初の藩校とされる岡山藩の花畠教場の名前がでてきた。現在でも、弓馬術礼法の小笠原教場、茶の湯や珠算塾のように、伝統を誇示するような教室に使用されているようである。最も、スイミング・クラブや学習塾でも教場の名を謳っているものもあるが、歴史・伝統がありそううな語感を意識したネーミング思われる。
 長岡弘樹の『教場』は、警察官や警察職員を教育・訓練する警察学校のクラスのことである。警察学校に入学し、初任研修を受ける警察官たちの連作ミステリである。4月に入学し、9月に卒業するまでの全6話からなっている。
 1作ごとに、主人公が変わり、視点を変えていくが、登場人物は共通である。そして、探偵役とといっても、文字通りの探偵役といえるのかどうかは分からないが、キーパーソンとなるのが教官の風間公親である。
 教場では、成績が不良で、警察官に不適格とされる者は依願退職を迫られたり、脱走してしまったりと、容赦なく振り落とされる。そして、入校早々から、教官は、この方針を公言し、徹底する。些細なミスも許されす、ミスを犯したり、規則に違反すると、ビンタを受けたり、罰走などの罰を受ける。そして、クラスや班の全員が連帯責任で罰を受けたりする。
 冒頭の第1話から、このような強烈な話が展開するので、余りいい気分の小説ではない。教場の実態を取材して書かれたものかと思い、最後の頁に、参考文献が10冊以上あげられている。そして、その後に、「本作品はフィクションであり、登場する人物・団体・事件等はすべて架空のものです。」というおきまりのエクスキューズが記載されている。このエクスキューズは、一見、法的な責任を避けるための文言のようにみえるが、反面、「すべて架空のものではなく、実態を描いています。」との意図も垣間見えてくる。
 いずれにしても、警察官の教育の実態がこのようなことだから、警察官の不祥事がおきるのではないかなと、思いながらも、この程度の厳しさで教育しなければ、警察官の教育はできないのではないかなとの思いがないまぜになりながら、読んでいた。
 『教場』は、連作ミステリとして、1話ごとのメリハリがあり、6話全体の流れもうまくてきていて、面白かった。
 エピローグを読みながら、教官の風間自体が、良い警官、悪い警官、それぞれを演じきり、最後には、良い警官風になるのだが、ここを卒業し、実際の職務についた警察官が時を経るに従って、想像力がなく、自己保身に走っていくのは、このような教育を受けているからではないかという疑念がつきまとってしかたがなかった。
 現実の警察官の不祥事や、全柔連の一連の問題、そして、その昔の日本の軍隊教育を想起したのは私だけであろうか。

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2012年1月22日 (日)

『弁護士探偵物語 天使の分け前』

2012年1月21日『弁護士探偵物語 天使の分け前』 法坂 一広  宝島社

  ミステリ・マガジンに掲載する原稿『弁護士のミステリ』を書いた直後ということもあり、書店の棚に並んでいた『弁護士探偵物語 天使の分け前』を衝動買いしてしまった。
 2011年度第10回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作で、作者は、現役の弁護士である。ただし、法坂一広はペンネームである。
 福岡の弁護士「私」の一人称で物語が展開するハードボイルド・スタイルのミステリである。
 母子が殺害された現場で、血まみれな姿で発見された男の事件に「当番弁護士」として関わることになった「私」は、何かひっかかるものを感じる。被告人は、法廷で有罪であると認めるが、「私」は無罪を主張するが、「私」は国選弁護人を解任され、弁護士業務停止1年間の懲戒を受けてしまう。
 1年後、業務に復帰した「私」は、別居中の夫に生活費を請求したいという美女の依頼を受け、夫の「トマト缶男」に会った日に、母子を殺害された大柄な男の訪問を受ける。
 廃業中のジャズ喫茶を事務所とし、ロバート・ジョンソンのブルースを口ずさみ、「正義の実現のために、悪魔に魂を売ったんだよ」と軽口をたたき、ミッキー・スピレインの『裁くのは俺だ』を愛読書とのたまい、ジャズのスタンダード曲「ディア・オールド・ストックホルム」の口笛を吹いて町を歩く。
 完全に、B級ハードボイルドの世界である。
 ハードボイルド・ミステリと謳うミステリは売れないとされているのに、ロバート・ジョンソンやミッキ・スピレインに関する軽口をいっても、今ミステリを読んでいる読者がどれだけ理解できるのだろうか。
 オー、よくやるなと思いながらも、この本がうけるのだろうかとの心配もある。このような語りとその背景を理解できないものにとっては、ミステリとしての荒削りな部分だけが気になるだけかもしれない。
 1973年生まれの作者が、この時代錯誤的な世界をどう展開していくのか、次作を期待したいと思った。

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2011年5月28日 (土)

『 ムーンライト・マイル』

 2011年5月15日『 ムーンライト・マイル』デニス・レヘイン (角川文庫)

 デニス・レヘインの『ムーンライト・マイル』(2010年)は、探偵パトリック・ケンジーとそのパートナーであるアンジーを主人公とするミステリ・シリーズ。
 5作目の『雨に祈りを』(角川文庫)が発表されたのが1999年であるから、12年ぶりのシリーズ最新作ということになる。
 この間、レヘインは、『ミスティック・リバー』、『シャッター・アイランド』、『運命の日』などのノン・シリーズを出しており、映画化により話題となっいていたので、待望のシリーズ・最新作ともいえるし、なぜ、いまさらという感じもしないではない。

 12年前、パトリックとアンジーは、失踪した4歳の少女アマンダ・マックリーディの捜索の依頼を受け、アマンダを発見し、無事、母親のもとに取り戻した(シリーズ第4作『愛しき者はすべて去りゆく』角川文庫)。
  しかし、この事件が、パトリックとアンジーの2人の生活に微妙なわだかまりをもたらしていた。12年たった今も。

「おたがいにずっと触れずにいた問題は、アマンダ・マックリーディが最初に姿を消した時にわたしたちが取った行動についてだった。法律か四歳児の幸福かの選択を迫られた時、アンジーの反応を要約すれば……法律なんて知ったことか。
  一方わたしは高潔な道を選んで、ネグレクトされていた子供をネグレクトする親の元へ戻そうというお上に手を貸した。わたしたちふたりの関係はそこで壊れた。1年近く言葉も交わさなかった。時間のたつのが遅く感じられる時があるものだが、その1年は15年ほどに感じられた。」(p125)

「12年前、わたしはまちがっていた。それ以降は毎日、およそ4400日ほどだが、それを痛感した。だが、12年前、わたしは正しかった。アマンダを誘拐犯とともに残すことは、彼らがどれだけアマソダを幸福にできるとしても、やはりアマソダを誘拐犯とともに残すことであった。彼女を取り戻した目から4400日間、これは真実であると確信していた。ならば、わたしはどこで真実から離れてしまったのだろう?わたしがひどい行いをしたといまだに固く信じている妻といっしょに。」
 
アマンダが再び失踪した。
パトリックとアンジーはアマンダの捜索をするべく、アマンダの12年間の生活を調べ出すというのが『 ムーンライト・マイル』のストーリー。
 アマンダのその後を追いかけていくあたりは、ミステリアスでいいのだが、ロシアン・マフィアが登場するあたりから、話しがいささか荒っぽく展開していき、それほど、いい出来の小説ではないが、パトリックとアンジーの関係がどうなっていくかの興味で最後まで一気に読んだ。

 ようやく見つけたアマンダは、パトリックの言葉に反応する。
「きみはこの子を誘拐した」
「あなたもわたしを誘拐したじゃない」
 
「わたしの家がどこかなんて、よくも言えたものね? ドーチェスクーはただ生まれた場所よ。わたしはヘリーンの血を引いているけれど、ジャックとトリシア・ドイルの子供よ。わたしが誘拐されたって言われていた時期、どんな生活をしていたか、覚えているわ。完壁に素晴らしい七ヵ月だった。緊張も不安もなく、悪夢にうなされることもなかった。病気にもかからなかった。ゴキブリとゴキブリのばい菌がうようよしていたり、台所の流しで食べ物が腐ったりしているような、母親が掃除したこともないような家を出たからね。」

「そこにあなたが来た。ドーチェスクーに帰されて二週間たち、社会保障局のケースワーカーが、ヘリーンにわたしを育てる資格があると認定したあと、7時になにがあったか分かるかしら?」(p366)

そして、アマンダの問いに対し、パトリックは応える。
「なぜ、あんなことをしたの?」
「きみを家に戻したことか?」
「連れ戻したこと」
「状況倫理と社会倫理が対立したケースだ。おれは社会倫理を優先した」
「ありがたいこと」(p368)

 何が正しいと判断することは難しい。正しいと判断したことが必ずしも正しいとは限らない。パトリックが抱える葛藤は、私たちも常に抱えている。ただ、私たちがそれに気がつかないだけかもしれない。
 パトリックが最後に選んだことがその答えなのだろうか。
 最終章のパトリックの選択は、最後まで読み終えた読者によって受け止め方が異なるだろう。
 パトリックが12年かけてたどり着いた世界は、レヘインが12年間かけてようやく得たものである。重いテーマを突き詰めようとしたこのシリーズをこの本でもって終わりにしたのは、パトリックとアンジーの2人のこれからを描いていくことの困難さ、次なるテーマを見いだすことの難しさをレヘインが自覚したからではないかとふと思った。

 『ムーンライト・マイル』は、ローリング・ストーンズのアルバム『スティッキー・フィンガーズ』に収録されている曲である。ジャケット・デザインはアンディ・ウォーホルで、確か、オリジナルは本物のジッパーが付いていた。

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2011年4月 4日 (月)

映画『森聞き』

2011年3月19日(土) 映画『森聞き』・・・聞くということ
 今日は、息子の高校の卒業式でしたが、他の用事があったため出席しませんでした。
 卒業式の時間には、光が丘のマクドナルドで、中学1年生の男の子と話しをしていました。
 現在、離婚調停をしている夫婦の息子です。昨年の夏、妻は子ども連れて、家をでました。私は夫側の代理人なのですが、夫とこどもの面接交渉がうまくいけば離婚は円満に成立するするのではないかと考えています。
 裁判所の調停委員にその旨を話したところ、その調停委員は、私を妙に信頼していて、私が子どもと会うことを勧め、妻を説得してくれました。

 妻側に代理人が付いているときは、弁護士倫理上、相手方弁護士を抜いて会うことはできませんし、同意を求めても、同意してくれないのではないかと思っています。
 私は、離婚事件を扱うといっても、せいぜい年に2-3件程度です。私自身の心が安定していないと依頼者に適切な対応できないし、依頼者との相性もあるので、手持ちの現在進行形の事件は1-2件を超えないようにしています。

 それでも、長いこと弁護士をしていると、担当した離婚事件は結構な数になりますが、今まで、依頼者と一緒に住む子どもとは会うことがあっても、相手方と一緒に住む子どもと会うということは初めての経験でした。

 調停委員が積極的に勧めてくれたのは、2-3年前に、私の調停事件を担当していたことがあり、依頼者一辺倒ではない、フェアな対応をしていたことに好感をもっていたようです。もっとも、私は、調停委員の顔を覚えていませんでしたし、私自身、裁判所の対応を直接批判することも多々あるので、この調停委員の対応は意外なことでした。

 職業上、子どもとの話の内容を口外することはできませんが、本質的な話しをしたのは10分もなかったと思います。後の4-50分は、彼が好きだというテニスと美術に関することを、私が一方的に話しをしていました。

 たまたま、私も長年テニスをしていることもあり、スポーツ法やスポーツ社会学に関心があったり、NPOの文化財保存修復機構に関与していたり、日大の芸術学部で、何回か、「アートと法」の話しをしていることもあって、話しの材料には事欠きませんでした。

 私には大学生と高校生の子どもがいるのですが、私が伝えたいと思うことも、こどもたちは聞く耳をもっていないということが現実です。
 彼だけではありませんが、自分の子どもより、他人の子どもの方が、話しをしても、聞いてもらえるし、相手も自分の親には話さないことを私と話しているということもあります。
 私は、正直に、彼に、「おじさんにも、高校生の子どもがいるけれど、このように話しを聞いてもらったことはない。もしかすると、他人だから聞いてもらえるのかもしれない。でも、お母さんだけと話しをするのではなく、お父さんと話をするという機会を拒絶して、無くしてしまうのはどうかな。」と伝え、「会う、会わないは、君の判断次第。強制はできないし、するつもりもない。時間をかけて、考えてほしい。」といって別れました。
 
 外に出ると、暖かい日差しに包まれていました。
 震災を忘れて、今日はのんびりとすごそうと考え、大江戸線に乗り、東中野にあるポレポレで、上映中の映画『森聞き』を観に行きました。
 何年か前に、「聞き書き甲子園」という活動があるということを知り、関心をもっていました。
 日本全国の高校生が森や海・川の名手・名人を訪ね、知恵や技術、人生そのものを「聞き書き」し、記録する活動です。( http://www.kyouzon.org/library/
  10年ほど続いている活動で、今では、第1回の活動に参加した高校生が中心となって活動しています。「森の名人」といわれる人たちが少なくなってきたので、訪ねる対象を「海や農の名人」に広げてきているようです。

 「聞き書き甲子園」をドキュメントした映画『森聞き』ができたことを知り、観に行こうと思っていました。
 観る前から、北海道の下川町の町役場の春日さんに、道東4町(下川町、滝の上町、美幌町、足寄町)で、この映画の上映会ができないかなと話していました。
 林業の映画『森聞き』だけに対し、農業の映画『恋するトマト』(俳優の大地康雄が企画・脚本・製作総指揮・主演した劇映画)も一緒にみるのもいいかと、個人的には思っているのですが、どうでしょうか。

 「聞き書き甲子園」という活動は、一見、森という環境を保護することを目的とする活動のようですが、第一の目的は、高校生が、森の名人(その多くは、70歳、80歳の高齢者です。)に一人で会いに行き、聞き書きをします。高校生は、名人とコミュニケーションをとり、話しを聞き、ひたすら書き取る作業をします。
 高校生たちは、森の名人に会うというプロジェクトに参加したのですが、彼らは、名人に、何をどう聞いたらいいのかという戸惑いがあります。

 ドキュメンタリー映画『森聞き』では、4人の高校生が森の名人を訪ね、尋ねていく様子を追っています。そして、高校生たちが抱く戸惑いを丁寧に描いていることに好感を抱きました。

 宮崎の女子高生は、山奥で焼畑をして暮らす85歳の椎葉クニ子さんを訪ねます。
 椎葉さんは、60年以上、焼き畑をしています。1年に4枚の畑をつくり、順番に、1年目はソバ、2年目はヒエ・アワ、3年目は小豆・大豆を育て、4年目は自然に返す。地力が低下するからです。
 女子高生生は、毎年、変わらぬ営みを続ける椎葉さんに、何が好きでしているのかを問い続けます。
 好きな仕事をしたいと勉強に励む女子高生に、椎葉さんは、「ばあちゃんの一生の仕事だから、好きでやっとるじゃない」と繰り返すだけ。女子高生は、無言で考えている。おそらく、理解できないでいない。

 三重の男子高生は、奈良の山で、杉の種を採る76歳の杉本充さんについていきます。 良い種は、良い木から採れる。杉本さんは、枝下の高い木を探し、ロープと4ー50cmの小さな丸木でつくった木登りの道具であるカルコを使って、するすると木を登り、種のついた枝をとります。高校生は、名人の技を呆然と見上げています。杉本さんの後継者はいません。

 東京の女子高生は、富山県の南栃市で、合掌造りの家の屋根の茅を葺く79歳の小林亀清さんを訪ねます。
 合掌造りの家は一人ではできない、職人技をもついろいろな人の協力が必要だと話す小林さん。五箇山の合掌造りが世界遺産になったこともあり、後継者となる若い人たちがくるようになったという。
 女子高生は、山間の急斜面で茅を刈る若者たちに、この仕事がおもしろいと思うことは何かと問おうとするが、若者たちは答えることなく、黙念としています。

 北海道の真狩で、家業のジャガイモ作りを手伝う男子高生は、山子をしていた84歳の長谷川力雄さんと山の中に入っていきます。山子とは、きこりや炭焼きなど、山で働く人のことです。
「木の行きたい方向を感じ取りながら、木を切る。間違えると木は裂けてしまって、価値がなくなる。」「山の中にいると、嫌なことも忘れてしまう。」「自由人なのだ。」といい続ける長谷川さんについて、男子高生は黙々と歩き続ける。

 好きな仕事をしたい。やりがいのあることをしたい。私自身、60歳をすぎても、未だ、迷い、彷徨っています。
 ただ、そこにある仕事をしてきている彼女たち、彼らたちの人生を見ることにより、自分の過ごしてきた人生をついつい振り返ってしまう映画でした。

 ここに登場する4人の高校生が、森の名人と会い、聞き書きという作業を通じて、何を感じ取ったのだろうか。
 たぶん、大人がここから読みとろうとすることは多々あるし、それぞれ、受け止めることも様々だと思う。
 しかし、高校生に同様のことを期待することも間違っているような気がする。教訓めいた言い方をする気もない。ただ、何十年か経過したときに、青春の一こまとして蘇ってくるだけでいいのではないだろうか。
 「聞き書き」で残るものがある上に、映像まで残る。でも、彼らに残るのは何なのだろうか。。

 映画は、高校生のその後を少し描いて終わる。
 彼らの人生は、まだ、終わらない。

 2011年3月11日の東北・太平洋沖大地震、それに続く福島の原発の事故をただ呆然と眺めている自分だが、このような状況で観た映画『森聞き』は、私の心の中に残るだろうし、私は書くことにより、何かを人に伝えるしかないと、改めて、考えるようになった。

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 映画を見終わったあと、1階にある喫茶室で、監督の柴田昌平さんと話しをしました。テレビでの放映も考えたが、企画を持ち込んでも、テレビ局からは『世界ウルルン滞在記』のような予定調和の物語であればという反応が多かったという。
 テレビって、そのようなものだというと、怒られるだろうか。
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 ポレポレの喫茶室の書棚に、公文健太郎さんの写真集の『大地の花』が置いてあった。喫茶室で働いている若い人に尋ねたら、ポレポレのオーナーである本橋成一さんのところで修行をしていたという。公文さんとは、我が家にあるギャラリーで、スポーツフォトグラファーの赤木真二さんのサッカー写真展を開いたときに、紹介を受けて、話したことがある。3人とも自由学園出身の写真家である。
 そういえば、本橋さんは、チェルノブイリ原発の被災地を撮影した写真集『ナージャの村』、ドキュメンタリー映画『ナージャの村』を作っている。

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2010年6月14日 (月)

『初陣 隠蔽捜査〈3.5〉』 

2010年6月13日 『初陣 隠蔽捜査〈3.5〉』 今野 敏 新潮社
  『果断―隠蔽捜査〈2〉』で、 山本周五郎賞・日本推理作家協会賞を受賞した今野敏の「隠蔽捜査」シリーズは、息子の不祥事により、長警察庁長官官房の広報室長から大森署署長に左遷された竜崎伸也が主人公の警察小説である。現在、『疑心ー隠蔽捜査〈3〉』まで刊行されている。
   〈3.5〉とあるのは、「隠蔽捜査」シリーズに、脇役として登場する伊丹俊太郎を主人公とする番外編だからである。
   警察の幹部になるのは、国家公務員の上級職試験に合格したキャリア組である。しかも、東大卒でなければならない。私大卒のキャリアは、東大卒のキャリアを乗り越えることは至難である。
   私大卒の伊丹と東大出身の竜崎は、小学校が同級生の幼なじみであるが、警察庁内では立場が異なる。伊丹は、私大卒であることを意識し、竜崎は気になる存在である。
  伊丹は、福島県警の刑事部長から、警視庁の刑事部長となり、息子の不祥事により、大森署長に降格された竜崎を指揮命令する立場となる。
   
   福島県警から警視庁への異動の内示を受けた伊丹は、県警の管轄内でおきた殺人事件の捜査本部で陣頭指揮をとるべきか悩み、竜崎に電話をかける『指揮』から、大森署管内でおきた事件をめぐる『静観』までの8つの短編からなっている。
 
   会社勤めでも、同期入社の幼なじみが上司となるということには微妙な綾がある。
   東大出のキャリアの強みは、少数のエリートを形成し、警察内部だけではなく、官僚、政界、財界と、長年培われたネットワークがあるということである。大学を出て、官僚になった頃には、原理原則から物事を考え、青雲の志をもっていても、次第に、ネットワークに取り込まれていくのだが、伊丹の目からは、竜崎は原理原則を曲げようとしないことがまぶしくみえる。
   一方の伊丹は、私大出のキャリアの生きる道として、殺人事件の捜査本部で陣頭指揮をとることを自己に課し、メディアに対しても、積極的に対応することを心がけている。
   「隠蔽捜査」シリーズは、この2人の生き方の対比が物語に深みを与えている。
   ミステリ的要素は薄いが、隠蔽捜査シリーズの番外編、裏話として面白く読んだ。

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2010年5月16日 (日)

『余波』

2010年5月14日『余波』 ピーター・ロビンスン (講談社文庫)

 翻訳ミステリを読むときに、最初にとまどうのは、登場人物の名前と地名である。登場人物が多く、また、紛らわしい人名が複数登場すると、頭の中がこんがらかってきて、冒頭の頁の前に印刷されている登場人物の一覧表をみて確認することになる。講談社文庫には、本に挟まれているしおりに印刷されているので便利である。
 もっとも、小説に登場する人物の描き方がうまいと、一覧表をみなくとも、人物のイメージになじんで一覧表に頼る必要もなくなる。
 ところが、地名となるとやっかいである。その場所の描写がうまくても、国の中のどのあたりにあるのかがイメージができない。部屋に、大きな地図を貼り付けて眺めながら読むのもいいのだが、ミステリによく登場するロンドン、ニューヨーク、ロサンジェルスのような大都市であればまだいいとしても、イギリスのヨークシャーの地図を買うのも面倒である。
 
 ” 大急ぎでシャワーを浴び、手早くそこらの服を着て、愛車のルノーに飛び乗った。道々、ゼレンカのトリオ・ソナタのCDを流していて、それで気持ちに抑えがきき、Al号線をむちゃくちゃにすっ飛ばしたりしなくてすんだ。現場まで八〇マイル。およそ一時間半のドラ√ヴだった。心にかかることばかりあれもこれもなかったなら、走り出してしばらくは、ヨークシャー渓谷に昇る陽に、うっとり見とれたかもしれない。この春にほめずらしく、美しい五月の夜明けだったから。が、実際には、目は路面にほぼはりついていて、トリオ・ソナタの調べですらろくに聞こえていなかつた。リーズ環状道路にようやくやってきたころには、もう、月曜朝のラッシュアワーが始まっていた。”(上・p32)
 
  ヨークシャー渓谷(デイル)を手がかりに、グーグルマップを検索するとYorkshire Dales national parc付近の地図がでてきた。東にA1号線があり、南の方にリーズという地名がでてくる。ヨークシャーは、イングランドの北部の中央に位置しており、私たちになじみ深いマンチェスターやリバプールの北側である。
 さらに北にいくと、次に読み始めたイアン・ランキンのリーバス警部シリーズの『死者の名を読み上げよ』の舞台となるスコットランドのエジンバラがある。

 ピーター・ロビンスンのミステリは、結構、買い込んでいるのだが、何となく、読みそびれていた。しばらく、事務所の本棚に置きっぱなしにしていた『余波』を、帰りの電車で読みだした。
 檻の中に、素っ裸で閉じこめられた少女と少年のプロローグからして、自分の好みではないなと思い、最初の1章からして、隣人マギーの通報で、駆けつけた警官のデニスとジャネットは、家の中で倒れているルースを発見し、さらに、地下室に全裸で縛られた少女をみつけ、地下室に下りていったところ、デニスはルースの夫テリーに鉈で襲われる。
 ジャネットが警棒でようやく反撃し、テリーを逮捕するのだが、地下室と庭から、5人の少女の遺体がみつかる。
 この状況からして、テリーが犯人であることは明らかであり、そのテリーも、警棒による受傷がもとで死亡してしまう。
 最初の2-3章でここまで話が進んでしまうと、下巻もあわせると後700頁もある。どうやって、最後までひっぱていくのかなという好奇心が生じたこともあるのだが、一気に読んでしまった。
 夫のDVを逃れるためにカナダから逃げてきた隣人マギーは、ルースがテリーから暴力をふるわれていることを知り、ルースを何とかして守ろうとする。
 一連の連続失踪事件の失踪者の一人と目されていたリアンは、発見された遺体の中にいなかった。
 テリーを逮捕したジャネットは、テリーの死亡に関し、警察の苦情処理機関の調査を受けることになる。調査を担当するのは、主人公アラン・バンクス警部と深いつきあいのあるアニー・カボット警部である。
 一方、バンクス警部は、娘から、長く別居しているサンドラが妊娠していることを聞き、動揺する。
 これらの話が重層的に進行していき、ロックやクラッシック音楽を効果的に使いながら、バンクス警部や登場人物の心象風景がさりげなく描かれている。
 バッハの無伴奏チェロ組曲、シューベルトの後期ピアノソナタ集、エルガーの「エニグマ変奏曲」、デューク・エリントンの「ブラック、ブラウン・アンド・ベージュ」、トマス・タリスの主題による幻想曲、歌劇タイスの瞑想曲などである。 
 個人的な趣味としては、カム・サンデーを歌うマヘリア・ジャクソンが登場するエリントンのカーネギー・ホールコンサートのアルバム「ブラック、ブラウン・アンド・ベージュ」が気に入っているのだが、ヴァン・モリソンが、「つかみ取って、捕まえて」と歌う「バレリーナ」の曲は、バンクスの複雑な気持ちにシンクロしていて印象的である。
  ”アニーは手をのばしてきてバンクスの頬を撫でた。「気の毒なアラン」さざやきながら肌をぴたりと寄せてくる。「ほんのしばらく、忘れましょうよ。頭も心もからっぽにして、いまこのときを思えばいい。わたしと音楽、それだけ思ってくれればいい」 ヴアン・モリソンはいま、「バレリーナ」を歌っている。うねるような節回しが感覚を刺激してくる。バンクスは、しつとりとしたやわらかなくちびるが胸から腹へとゆっくりゆつくり降りてゆくのを感じていた。やがてアニーは目的の地へ。バンクスは、言われたとおり、いまこのときの官能に身をゆだねた。が、死んだ赤ん坊をなおも思い、一瞬であれ、忘れることはできなかった。” (p236)

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2010年5月14日 (金)

harappa映画館「映画だ!マキノだ!山中だ!」

NPO法人 harappa 代表
      三 上 雅 通 様

            2010年05月14日
                                    白 井 久 明

 ゴールデンウィークになり、漸く、好い天気に恵まれ、春や初夏を飛び越え、一気に夏というこの頃ですが、弘前はどうでしょうか。
 GW前、東京駅の構内には、桜が満開の弘前のポスターが貼られていました。この写真は、何時、撮ったものなのだろうかと考えながら、その前を通り過ぎていました。
 その弘前の桜も、そろそろ散り、緑になりかかったいえるでしょう。
  と、書き出して、1週間以上経ってしまいました。

 GW中に、三上さんが代表をされているNPO法人HARAPPAから、冊子が届きました。小冊子と呼ぶには大きな立派なもので、harappaは、ずいぶん映画祭のパンフレットにずいぶん金をかけてるのだなと思いながら、中を確認せずに出かけました。
 夕方、家に帰り、くつろきながら冊子を開いて、2006年に、harappaが主催した「奈良美智展」の写真集であることに気がつきました。
 展覧会の写真集といっても、よくあるカタログ的なものではないのです。
 この展覧会の会場は、大正年代に建てられた「吉井酒造煉瓦倉庫」を地元の人たち自らの手で、資金を集め、清掃をし、ペンキを塗るなどして、倉庫のリノベーションをしたという。
 会場の清掃をする人、壁にペンキを塗る子ども、緑の木陰で、休息をとるひとたち、奈良美智の作品を眺めるたちと、ゆったりと時間が流れ、手作りの雰囲気が漂う写真集です。奈良美智というと、5-6年前に、旭川の郊外にある旭岡の自然の中にあるギャラリーで、展覧会を見た記憶があります。
 ただ、このときは、それほど強い印象を受けませんでしたが、写真集でみる作品は、人の息づかいが伝わってくるようです。大正時代の建物が持つ力なのでしょうか。
 写真集の写真の写し方、処理の仕方、レイアウト、デザインも、その意図がよく伝わってきます。
 我が家の窓越しに新緑を眺めなら、そんな思いにふけっていました。

 この写真集だけではなく、harappaのHPからも、スタッフにいい人材が揃っていて、うらやましい限りです。数年前に、終焉した浪岡映画祭もそうですが、長い年月をかけて、地道に活動していることにより、いい人材だ集まり、その活動が人材を育てているのでしょう。
   http://harappa-h.org/modules/news/

 ここから、ようやく本題。
 奈良美智の展覧会などharappaの活動は、知っていましたが、映画祭の活動を再開しているのは、三上さんからの案内の手紙で知り、少しばかりのエールを送ったところ、この写真集をお送っていただき、エビで鯛を釣ったような気分です。

 あまり熱心ではない映画ファンですが、harappa映画館「映画だ!マキノだ!山中だ!」
のラインナップをみて行ってみようかなと思いつつ、前後に、予定が入っていて、早めに仕事を終わらせることができるかどうかにかかっています。

 京橋に事務所を構えて、3年ほどになりますが、すぐそばにあるフィルムセンターにも入っていません。ラインナップにある映画も数本DVDで持っていますが、一度、さっと観た程度です。
 つい最近、事務所の向かいのビルに、映画美学校が引っ越してきました。目抜きの中央通りに沿ったビルの1階の証券会社が出た後が、長いこと空いていたのですが、いつの間にか、映画美学校の看板がでていたのです。どうやら、前に入居していた京橋のビルが再開発で取り壊しになり、移ってきたようです。
 このような場所に、映画関係の会社が構えるいい時代になったということなのでしょうか。興味津々です。
 一方、私の本業?の翻訳ミステリの方は未曾有に売れないという状況のようです。
 マイケル・コナリーの『エコー・パーク』の後書きに、訳者が、すでに出版されている次作が翻訳されないかもしれないと書いています。

 来週からの映画祭に向けて、本業?の方も、NPOの方も、頑張ってください

開催日時:2010年 5月22日(土)・23日(日)
     6月19日(土)・20日(日)
    7月17日(土)・18日(日)・19日(月・祝)
会場:弘前中三8F スペース・アストロ(036-8182 弘前市土手町49-1)
主催:NPO法人 harappa
共催:コミュニティシネマ支援センター/ 東京国立近代美術館フィルムセンター
 
 
【5月22日・23日 タイムテーブル】
5月22日(土)
10:30『鴛鴦歌合戦』
13:00『續清水港』
15:00『阿波の踊子』
16:30『血煙高田馬場』

5月23日(日)
10:30『續清水港』
13:00『阿波の踊子』
14:30『血煙高田馬場』
16:00『鴛鴦歌合戦』

【6月19日・20日 タイムテーブル】
6月19日(土)
10:30『日本残初a伝』
13:00『ハナ子さん』
14:15 山根貞男口演「マキノ・山中!ああ底抜けの面白さ!」※入場無料
15:30『彌太郎笠 前篇』
17:00『彌太郎笠 後篇』

6月20日(日)
10:30『ハナ子さん』
13:00『彌太郎笠 前篇』
14:30『彌太郎笠 後篇』
16:30『日本残初a伝』

【7月17日・18日・19日 タイムテーブル】
7月17日(土)
10:30『玄海遊残初a伝 破れかぶれ』
13:00『すっ飛び駕』
15:00『河内山宗俊』
17:00『人情紙風船』

7月18日(日)
10:30『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』
13:00『江戸の悪太郎』
15:00『すっ飛び駕』
17:00『河内山宗俊』

7月19日(月・祝)
10:30『江戸の悪太郎』
13:00『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』
15:00『人情紙風船』
17:00『玄海遊残初a伝 破れかぶれ』

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2010年4月30日 (金)

『クリント・イーストウッド―ハリウッド最後の伝説』

2010年4月30日 『クリント・イーストウッド―ハリウッド最後の伝説』
        マーク エリオット 、笹森 みわこ・ 早川 麻百合訳

 日比谷の映画館で、クリント・イーストウッドの『ダーティ・ハリー』(1971年)を見たときの衝撃を今でも覚えている。司法試験に合格した年である。試験が終わって、合格発表の前のときであった。
 
 クリント演じるサンフランシスコ警察のハリー・キャラハンが、のんびりと立ち寄った店で、強盗に遭遇し、向かってくる強盗の車に、マグナム弾を装填した大型拳銃を発砲し、横転させる冒頭のシーン。静から動への転換の鮮やかさは、今、DVDで見ても、惹きつけられる。
 だが、衝撃を受けたのは、中盤、ようやく捉えた犯人が釈放をされてしまうシーンであった。
 さそりと名乗る連続殺人は、14歳の少女を誘拐して生き埋めにし、少量の酸素を送り込んでいる。すぐ20万ドルの身代金をよこさないと殺すとする脅迫状を警察に送ってきた。ハリーは20万ドルを持って、犯人の指定したマリーナに向かい、犯人に襲われてしまうのだが、重傷を負いながらも、スタジアムで犯人を追いつめ、傷を負った男を拷問にかけ、少女を助けるのだが、犯人は、ハリーの逮捕手続が法に従ったものではないとして、釈放されてしまう。

 刑事ドラマで、犯人を逮捕する際に、刑事が犯人に対し、小さな紙切れをみながら、「黙秘権がある。供述は法廷で不利な証拠として用いられることがある。弁護士の立ち会いを求める権利がある。弁護士を依頼する金がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある。」告げている場面をよくみかける。
 アリゾナ州でのメキシコ移民アーネスト・ミランダによるとされた誘拐・婦女暴行事件(ミランダ対アリゾナ州事件)について、連邦最高裁は1966年、訴訟手続が違法であったとして、原審の有罪判決を破棄して、無罪判決を出した。このときの被告人の名にちなんで、Miranda warning(ミランダ警告)とよばれている。

 凶悪犯であっても、司法の適正手続に反した逮捕であれば釈放される。日本では、このようなことはありえない、犯人は犯人で、手続がどうであろうと、処罰されるべきであるというのが、国民の多くの意識であり、裁判所でも同様である。
 
 司法試験を受けたばかりの私は、その余韻を持ち続けていたこともあって、アメリカではこのような娯楽映画でも、司法の適正手続が浸透しているのだと感じ入ってしまったのである。
 ただ、この映画をこのように理解したのは間違いであった。映画『ダーティ・ハリー』は、銃にものをいわせて、自ら、法を超えた正義を執行するハリー・キャラハンに世間は快哉を叫んだにすぎず、「司法の適正手続」という法の裁きに異を唱えるもので、ちんぴらに妻を殺された男が、夜ごと街にでかけ、無法な男たちに正義の鉄槌をくだすというチャールズ・ブロンソンの映画『狼よさらば』(1974年)と軌を一にする。

 この点について、この本の著者マーク・エリオットは、もう少し、複雑な分析をする。

  ” たしかに、この作品には社会的要素も含まれ、当時の混乱した政治状況を背景にしている。製作が進められたのは、アメリカがベトナム戦争に本格的に介入するきっかけになったトンキン湾事件から十年が経ち、戦争がいよいよ激しさを増したころだった。このころまでにアメリカ国民は戟争に飽き飽きし、「世界の警察官」として君臨するアメリカというライオンのうなりが、切羽詰まって恐怖にかられた悲鳴、あるいは、こけおどしのむなしい叫びに変わることを恐れていた。ベトナム戦争がハリウッド映画で直接描かれるのはこれより何年もあとのことになる。マイケル・チミノの「ディア・ハンター」 (一九七八年)、ハル・アシェピーの「帰郷」 (一九七八年)、フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」 (一九七九年)はすべて、この戦争を振り返る内容だ。しかし、まだ一九七一年の段階で、「ダーティハリー」はアメリカ人の一部に見られる過剰な反公民権勢力、ベトナム戦争支持勢力、そして世界中の反米感情と真正面から向き合っている。記憶に残る「今日のおまえはツイてるか? どうだ、役立たず?」のシーンは、キャラハンが特大の四十四口径マグナムを黒人強盗の顔に突きつけ、正義と法と秩序を守る白人の絶対的権威に対して運と勇気を試すようにおどしつけるものだ。
   このシーンを見て、このセリフを聞いた者は、たとえ歴史的な背景を失ったとしても、その鮮やかな印象を忘れることはない。キャラハン (とアメリカ) の陰湿なサディズムを象徴する、時代を超越した名シーンになった。”(p211)
 
  深読みかなと思いながらも、今、見るとそう思えなくもない。
  しかし、結果として、映画から読めるのにすぎず、この映画に主演したクリント・イーストウッドや監督のドン・シーゲルがここまで考えて作ったとは思えない。面白い映画を作ろうとしてできあがったものが、時代の意識を反映するというエンターテイメント映画のもつ奥深さというほうが正しいであろう。
 
  クリント・イーストウッドは、テレビで放映されていた『ローハイド』から、黒沢明の映画のリメイク『荒野の用心棒』、マカロニ・ウェスタンの白眉ともいえる『夕陽のガンマン』から、最近作の『インビクタス』まで、同時並行で、観てきた俳優であり、監督である。
  『クリント・イーストウッド―ハリウッド最後の伝説』は、クリントの生い立ちから、最近作までのクリント、先妻マギーとの間に1男1女、現在の妻ルイスとの間の1女のほかに、4人の子どものこと、2度にわたり子どもを堕ろさせた愛人ソンドラ・ブロックのことなどのスキャンダルめいた話を、嫌みなく、描いており、クリント・イーストウッドの全体像を俯瞰させてくれる。
 
  ”おそらく、クリント・イーストウッドほど演じる役柄と実像が重なり合うハリウッドスターはいないだろう。DNAの二重らせんを構成する二本の鎖のごとく、スクリーンの中のクリントと実生活のクリントを切り離すことは不可能に近い。あまりに完壁に役におさまるために、どこまでが映画のなかの登場人物で、どこからがそれを演じるひとりの俳優の素顔なのか、境界線はあいまいになる。
   これまで出演、製作、監督のいずれか、あるいはその二つ以上の役割を兼ねてつくり上げてきた作品のなかで、クリント・イーストウッドは三種類の代表的キャラクターを生み出し、繰り返しスクリーンに登場させてきた。第一はセルジオ・レオーネ監督の西部劇三部作、「荒野の用心棒」 「夕陽のガンマン」 「続・夕陽のガンマン 地獄の決斗」 に登場する、秘められた過去をもつミステリアスで寡黙な”名無しの男”だ。それうぃわずかに変化させたキャラクターが「奴らを高く吊るせ」 「アウトロ」にも姿を現わし、少しずつバリエーションを変えながら、「許されざる者」の老ガンマンへと至る。第二の顔は、「ダーティハリー」シリーズのハリー・キャラハン刑事。ニヒルさが持ち味のこの個性的な人物像も、最近の「グラン・トリノ」まで繰り返し描かれている。第三のキャラクターは腕っ節が強く無骨な、いわゆる”レッドネック”タイプの男で、ほかの者なら言葉を使うところで、こぶしに物を言わせる。「ダーティファイター」のファイロ・ベドーがその原型となり、いくつかの作品を経て「ピンク・キャデラック」へと引き継がれていった。
   わずかずつ姿を変えながら変えながらスクリーンに戻ってくるこの三つのキャラクターは、本質的な部分で生身のクリントと結びついている。いずれも究極の一匹狼で、アメリカ映画の伝統的なヒーロー像にはあてはまらない。それまでの映画で”孤高ののヒーロー”としてすぐに思い浮かぶ主人公は、実際には孤独とはいえなかった。(p26)
 
  ”クリント・イーストウッドが演じる映画の中の主人公は、自分以外の何ものも必要としない。相手にするのが残忍な殺し屋であろうと、男を手玉にとる女であろうと(両方が重なる場合も多い)、”名無しの男”に対して顔の見えない敵であろうと、しつこい賞金稼ぎ(最後にはもっとあくどい誰かに倒される)であろうと、相棒のオランウータンであろうと”名無しの男”ダーティハリー、ファイロ・ベドーはつねにひとりで姿を現わし、ひとりで去っていく。女の尻を追いかけることはほとんどないので、ロマンスが生まれることもめったにない。クリント演じるキャラクターが、気が進まないながらも女性とかかわることになる数少ない状況では、その関係は距離を保ち、皮肉に満ち、ロマンチックさのかけらもなく、たいていは親密さが感じられない。
   いわゆるラブストーリーがクリント・イーストウッド映画で重要な要素になることはない。彼の演じる孤独な男は、男女を問わず彼のそばにいたいという者たちの期待に応えはしない。しかし、その姿を見て彼のようになりたいと思う観客の期待は十分に満足させてくれる。そうした役柄を通して、クリントはアメリカ映画の常識に挑み、独自の世界を築き上げてきた。(p28)
 
確かに、クリント・イーストウッドの演じてきた役柄は、孤高のヒーローというよりは、他者からの共感に距離を置き、拒絶している。
孤独であるからこそ、絶えず、手許に女性を置こうとする、そこに愛があるかどうかは分からないのだが・・・
 それゆえにだろうか、クリントは、監督・主演した『許されざる者』で、アカデミー賞監督賞、作品賞を受賞し、『ミリオンダラー・ベイビー』で、2度目のアカデミー作品賞、監督賞を受賞をしたが、未だ、手にすることができないアカデミー主演賞を渇望しているようにみえる。孤独故に、俳優としての自分を確認したいとしているのであろう。

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2010年4月23日 (金)

『エコー・パーク』

⑤2010年4月23日 『エコー・パーク』(上・下) マイクル・コナリー (講談社文庫)

 音楽が効果的に使われている小説は珍しくないが、マイクル・コナリーの新作『エコー・パーク』での使い方のうまさには感嘆した。

 「おれはこれを”箱のなかの奇跡”と呼んでいる。カーネギー・ホールでのジョン・コルトレーンとセロニアス・モンクの共演だ。このコンサートは、一九五七年に録音され、そのテープは保管庫のなんの印もついていない箱のなかに五十年近くほったらかしにされていた。箱のなかにただ入っていて、忘れられていたんだ。その後、議会図書館のある職員が、すべての保管箱とパフォーマンスを録音したテープを調べていて、なにが録音されたのか、ちゃんと認識したんだ。この録音はついに去年発売された。」                            (上・p245)
 ロス市警に復帰したハリー・ボッシュがFBI捜査官のレイチェルと食事をしながらの会話でである。

 麻薬と飲酒に溺れていたジョン・コルトレーンは、1957年、セロニアス・モンクとマンハッタンのライブハウス「5スポット」で共演し、半年近く、ライブ演奏を行った。 当時、スタジオ録音されたレコードは何枚かあったが、ライブ演奏を録音したものはなかったし、オリジナルのカルテットの演奏は数曲程度しか残っていなかった。
 ワシントンDCの国会図書館で、ヴォイス・オブ・アメリカ(アメリカの国営放送)が残していた録音テープをデジタル化する作業をしていた職員が、1957年のカーネギーのコンサートの録音を発見したというのだ。このニュースが報道されたのが2005年4月、その年の9月にはCD”Thelonious Monk Quartet with John Coltrane - At Carnegie Hall ”が発売された。

 コナリーの『エコー・パーク』がアメリカで刊行されたのが2006年であるから、ボッシュの冒頭の会話が現在進行形であることがわかる。
 この会話は、さらに、次のように続く。

 「すてきな話ね」
 「すてきなんてものじゃない。ずっとそこにあったことを考えれば奇跡だ。それを見つけるには、しかるべき人間が必要だった。その価値を認識できる人間が」
                            (上・p246)

 ボッシュは、市警本部強盗殺人課の未解決事件班の刑事である。ボッシュの仕事は、コールド・ケース(迷宮入り凶悪事件)の再捜査であるが、ハリウッド署に勤務していた13年前に起きた少女マリー・ゲストの失踪事件を個人的な思い入れをもって調べていた。 ボッシュと同僚のエドガーは、最後に目撃されたマリーの洋服が丁寧に折りたたまれ、アパートの車庫に駐車されていたゲストの車の助手席に置かれているの発見したが、犯人を捕まえることができなかった。ボッシュは、富豪の息子アンソニー・ガーランドが犯人であると確信し、何度か取り調べにかかるが、証拠を見つけることができないでいた。
 2人の女性の切断した遺体を車に載せていたところを警官に捕まったレイナード・ウェイツが、死刑免除と引き換えに、過去に犯した9件の殺人を自供する司法取引を申し出、9件の内、1件がゲストの件だという。

 ボッシュは、この事態に直面して、次のように語る。
 「わからん。自分がとんでもない過ちを犯したことを受け入れる心構えができていないのは、おれのエゴかもしれない。13年間もひとりの男に目をつけ、その判断が間違っていたということを。そんなことをはだれも直視したくない。」(上・p243)

 そして、冒頭のモンクとコルトレーンの録音テープの話になるのである。
 ボッシュは、犯人がそこにいたにもかかわらず、見逃してしまったことを悔いる。
 ここまでの話だけでも、結構、読ませるのだが、まだ、上巻である。この後、ウェイツは、遺体を埋めた場所を案内しているときに、警官を殺し、逃走する。
 マイクル・コナリーらしく、話は二転三転し、スリリングに続く。

 ハリー・ボッシュを主人公とするこのミステリ・シリーズの面白さは、娼婦であった母と客の間に生まれたボッシュ、母によって同姓の中世の画家にちなんでつけられたヒエロニムスという本名(ヒエロニムスとはanoymous=匿名の、誰もいない、と韻を踏んでいる)、18歳まで養護施設・里親の間を転々とし、ヴェトナム戦争では、地下のトンネルに潜むヴェトコン兵との戦いなどの過去がボッシュの内面に絡み合い、ボッシュの生き方に複雑な影をもたらしていくところにある。
 このように解説すると、重苦しい小説と思われてしまう向きもあるかもしれないが、スリリングに謎が展開していく面白いエンターテイメント・シリーズであるし、シリーズ12作目である『エコー・パーク』から読み始めても十分に面白い。

 ヒエロニムス・ボッシュ(ボスともいう。)の絵は、聖書に基づく寓話を題材にしたものが多く、16世紀の宗教改革運動の際にその多くが破壊されてしまい、残っているのは30枚程度だという。
 プラド美術館に展示されている「快楽の園」という三連の祭壇画は、左に、キリストの姿を取った神がアダムにイブを娶わせている「エデンの園」、右のパネルに、胴体が卵の殻になっている男、人間を丸呑みにしている怪鳥などがいる「地獄」、中央の一番大きなパネルには、無数の裸の男女が様々な快楽に耽っている「快楽の園」が描かれている。
 コナリーが、ハリー・ボッシュを通じて描こうとしている現代は、まさしく、このような異様な「快楽の園」である。

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2010年1月14日 (木)

『鉄の骨』

2010年1月14日『鉄の骨』 池井戸 潤  講談社

 直木賞の発表前に、候補作となった池井戸潤の『鉄の骨』を読んでしまおうと思っていたが、読み終わる頃に、受賞作は、佐々木譲の『廃墟に乞う』と白石一文の『ほかならぬ人へ』と発表されていた。
 池井戸は、乱歩賞受賞作『果つる底なき』(1998年)でデビューし、『空飛ぶタイヤ』(2006年)が直木賞候補作となった。『鉄の骨』で、2回目の候補なので、もしかすると読み始めたのだが、ちょっと難しいなという印象であった。
 大学のクラブの後輩ということで、池井戸とは何回か話したことがある。折り目正しい、まじめな印象であった。池井戸は、乱歩賞を受賞する前から、ビジネス書を書いており、今も、小説と並行してビジネス書を書いている。
 どう頭の中を切り分けているのか、分からないが、『空飛ぶタイヤ』がタイヤ脱落事故と大手自動車メーカーのリコール隠しの事件を下敷きにしているように、『鉄の骨』は大手ゼネコンの談合事件を参考にしている。
 もっとも、談合の方は、全国各地で、様々な事件が起きているので、具体的事件を想起することはないのだが、それだけに、談合の仕組み、談合をする者たちの思いもまた、類型的といえば類型的である。談合の世界に取り込まれていく中堅ゼネコンの若きサラリーマンの富島平太と建設業界の天皇とされる三橋の交流、平太の恋人萌との仲が微妙に動いていくさまなど、ところどころ、光っているところがあるのだが、これで、直木賞というと、まだだなと思う。
 エンディングのさわやかさは、いい。次作に期待したい。

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